帰仏する機内で見た映画
帰仏する時に使ったのはエール・フランス機だったので、前に触れた 1.La Conquête の他、 2.Omar m’a tuer 3.L’élève Ducobu 4.La femme du 6e étage などのフランス映画を観ることができた。 2.La Conquêteでサルコジ役の俳優が、Omar m’a tuerでオマールの復権に駆け回る作家役で出ているのが不思議な感じだった。 Omar役の俳優はオードリー・タトゥ相手のラブコメディvrais mensonges ttp://spinou.exblog.jp/15681851/ で、勝ち組のインテリ青年を演っていた人なので、フランス語もうまく話せない移民の犠牲者役をこなすうまさに驚いた。 「文法の誤りを含む血まみれのダイイング・メッセージ」というこの事件は当時すごくうわさになったので私もよく覚えているのだが、文法が間違っているのだから書いた方も「フランス語弱者」なのかもという印象を持っていた。実は被害者はインテリだった。 けれども、確かにちょっと考えてみたら、まだ死んでないのに「オマールが私を殺した」なんていう長い文を必死で壁に書くなんて変だ。たとえ名前だけを書いたとしても、何かの遺恨があったり、残った家族に警告したかったりするならともかく、たかが庭師である「オマール」の名を自分の血で残すような切実さは理解できない。変なところがありすぎる。 先日はアメリカのジョージア州で、20年前に白人の景観を殺したとされる黒人男性が死刑を執行された。物的証拠がなく、当時の証人の9人のうち7人が撤回したと言うのに。 州の判断に連邦大統領は口出しできないらしい。 フランスでは、死刑がないから、ともかく無実の罪で殺されることは避けられるし、大統領恩赦(オマールはこれで解放された)もある。それでもオマールと支援者らは完全な「復権」を求めている。 3.次の小学校が舞台のものは、まあマンガのようなものなのだが、メガネの優等生の女の子や、デブの劣等転校生など、日本なら、マンガの笑いよりいじめの対象にならないかと思うようなカリカチュアで、これも「お国柄」の違いを感じさせられた。 4.La femme du 6e étage は、思いがけない人気で話題になった映画だ。 考えてみると、イタリア移民やポーランド移民、ポルトガル移民に比べて、スペイン移民というのははっきりした「顔」がない。この国のフランコ政権の時代が、独特の影を落としていたのだとあらためて分かる。 アメリカ映画では、ジョディ・フォスター監督でメル・ギブソンと共演している 5.The Beaver があり、軽い気持ちで見たらブラック・コメディなので驚いた。 主人公が「鬱」になった理由がまったく分からないのだが、その奇想天外な自己セラピーの方法や、それが通用するところとしない所が明暗くっきり分かれて、なかなか鋭い寓話になっている。 幼い子供にはすんなり受け入れられるのに、当然だが高校生の息子には蛇蝎のごとくに嫌われる。 そして、それをあくまでも治癒に向かうステップとしてポジティヴに見ていなかった妻にとっては悪夢となる。 メル・ギブソンってこんなに名優だったんだ。 さらに軽い気持ちで見た 6.Xmen の方は、こういう特撮アクションSFみたいなのは、この種のゲームをやりつけてる人でもないと本気で見れないんじゃないかと思った。ニューエイジ風の優生思想でもある。こういうミュータントはある種の人々の見果てぬ夢なのだろう。 キューバ危機や核戦争の可能性など、ノスタルジックであると共に、世界にはまた同じような核抑止のにらみ合いが残っているわけで、アメリカとイランの間に核攻撃誤認防止のホットラインを引こうというニュースをつい最近聞いたばかりである。 この他に、夏にフランスで『Super8』を観た。ETにインスパイアされていると言うがサイズがちょっと・・・ 『クローバー・フィールド』みたいな趣向でもある。 #
by mariastella
| 2011-09-28 00:09
| 映画
まずアメリカ映画
1.Water for elephants /フランシス・ローレンス おもしろかった。1930年代のアメリカという設定、サーカスという国際的な無法地帯、主人公がポーランド移民の子で、ポーランド語ができて、無能だと思っていた象がポーランド語で芸を仕込まれていたことが分かった驚きだとか、すごくいい味の人格障害者である団長(Christopher Waltz)の妻との恋とか、ハッピーエンドとか、 エンタテインメントのよさが全部そろっている。 2.ミッション :8ミニッツ Source Code /ダンカン・ジョーンズ 列車の爆破事故の現場に何度も戻って過去を変えられるのか。 時間はいつも8分しかない。最後のオチもショッキングで、こういうのをSF・テクノスリラー 映画と言うんだそうだ。ソースコードを経由して、パラレルワードに何度も侵入して、「過去を変える」というより「世界を変える」ことができるかが真のテーマなんだろう。飽きない。 3. Limitless/ニール・バーガー監督/ ブラッドリー・クーパー、ロバート・デ・ニーロ 別れた妻の弟から、脳の潜在能力を100%引き出す薬を手に入れた男が出世していくが副作用にもおそわれる。ロバート・デ・ニーロは悪役。 アディクションの悪夢でもあり一種のミュータントものでもある。薬がなくなったらどうするのかと思っていたら、金さえあれば薬学者を雇って分析させて製造だってできるんだという盲点や、効果だけ残してアディクションから脱する方法だって考えられる。結局、能力も健康も手に入れるので、ビルドゥングス・ロマンにもなつている。 4.きみに読む物語The Notebook/ニック・カサヴェテス 2004年の映画なんだけれど、これを、JALの機内でもう3度も見た。 まあ、「身分違いの純愛」ストーリーの一種なんだけれど、言い難い魅力がある。純愛が何十年経とうと、相手の記憶がなくなろうと、確固として続く、ということのリアリティが毎回身にしみる。 この4本を見た後で、日本映画を見ようと思って 阪急電車 片道15分の奇跡 というのを見た。 私にとっては梅田から宝塚歌劇場へ行くために乗る宝塚線はなじみがある。 映画の中の今津線と言うのは西宮北口から宝塚だそうで、2003年の公演で神戸に泊まっていた時に、仲間を連れて宝塚歌劇を見た時に使った記憶がある。だから親近感がある。 展開する話はみなテレビドラマみたいで、すごく日本的で、やりきれない。大学生のカップルの間での暴力とか、有閑マダムの食事会の全体主義とか、男に捨てられたので結婚式で嫌がらせしようとするキャリア女性とか、なんとなく、女性の側にかかってくるひずみばかりだ。 日本文化のガラパゴス化という言葉を思い出してしまう。 それでも最終的には打たれ強い女性たち、という話なのだけれど、高校でも大学でも小学生も未亡人も、キャリア・ウーマンも、主婦グループも、日本人が集まるところはみな、人間関係が大変だなあ、とあらためて驚く。 移民問題も、若者の暴動も、セキュリティの問題もなくても、人が平穏に暮らせるとは限らないのだ。 #
by mariastella
| 2011-09-27 01:20
| 映画
Habemus Papam
監督Manni Moretti/ 主演Michel Piccoli カンヌではわりと評判がよかった。 でも、中途半端でがっかりした。 ヴァティカン、スイス衛兵、緋色のマントの枢機卿群、システィナ礼拝堂でのコンクラ―ヴェなど、フォトジェニックで壮大な装置だけなら、ダン・ブラウンの『天使と悪魔』のような荒唐無稽の話の映画でもじゅうぶん楽しめるのだが、この映画は、「ローマ法王もやはり人間」とか「何歳になっても自由を選択できる」というような妙にヒューマンな筋立てになっているので、かえって説得力がない。 コメディだと割り切って笑うには、ミシェル・ピコリがあまりにもうまいので、実存的なシリアスな感じもする。 法王がお忍びで巷の精神分析医の所に行くのは、なんだか、『キングス・スピーチ』を思わせる。 いまどきのローマ法王は、みな超インテリだし、そこまで上り詰める人たちはさぞ精神的にも強靭だと思うので、老齢で選出されたからといって突然動揺して鬱になったりするという設定が、正直言って非現実的だ。 懐疑にとらわれた法王、というテーマだとは知っていたが、まさか、バルコニーに姿を出す時点で拒否反応が出た設定だったとはね。 フランスの大統領が「心配だ」と声明を出したり、ブラジルの大統領がバチカンに向けてやってくると決めたり、笑えるところもある。 この映画では舞台役者も、ジャーナリストも、テレビの解説者も、みな、突然自分のしていることに自信を失うシーンがいろいろ出てくるので、「自信喪失」が一つのテーマなんだろう。 それでも人々が無邪気に新法王を祝福するのが心温まり、それなら、それに力づけられて何とか不安を克服した、というエンディングにしておけばいいのに、なまじ「自由の宣言」のような終わらせ方をするから、おとぎ話として後味が悪い。 この映画を見たパリの大司教が、選出されてすぐ後のスピーチでイエス・キリストに触れない法王なんて考えられないから、そこのところが一番不自然だった、と言っていた。イエスのいない教会、永遠の生を信じない信仰はカリカチュアでしかない、とも。 監督はカトリック雑誌のインタビューを受けて、「枢機卿たちが祈っているシーンも撮影したのだが最終的にカットした、彼らが祈ることは誰でも知っているから」と弁解していた。 私はミシェル・ピコリやベネディクト16世と同じ年くらいのカトリックの神父さんたちとも親しいけれど、みんな驚くほど気持ちが若々しくて生き生きしている。 仲良しの90代のシスターも元気いっぱいだ。「老後の生活が一生保証されているのだから安心して、倒れるまで働き続ける」という感じだ。 老人性の鬱になったりパニック障害になったりするようなタイプの人はもうずっと前になっているんじゃないだろうか。 「カトリックの偉い人」はできるだけ「機嫌よく生きる」ことが肝腎だ。 「福音」 を、宣べ伝えるのだから。 #
by mariastella
| 2011-09-26 02:00
| 映画
9月の初め、久しぶりで新宿の末廣亭に行った。
いつも変わらぬ世界だが、今年は「地震の時、私と家内は・・・」などという前振りがあったのが「今年らしい」感じだった。こんな古い建物、地震が来たら大丈夫かと思うが、出口はすぐそばだから怖くはない。 ここにいると、島国共犯意識というのがひそかに共有されていて、そこはかとない差別や偏見が野放しになっている。昔モンゴル人力士の本名ばかりずらずら並べて見せて笑いをとっていた人もいたが、そこでも少し後ろめたく感じたし、外国人ばかりじゃなく女性差別やら「そこの奥さん」差別も平気で口にされる。 確かに、こういう寄席に来て楽しめる人というのは日本語能力が高くなくてはいけないから、自然と「日本人御用達」になる。 他の伝統芸能と違って、ただひたすら「言葉」だけの世界だから、外人観光客や文化研究者にも敷居が高いだろう。 日本人が何年欧米に住んでいても、政治や時事の風刺のトークショーなどになかなかついていけないのと同じだ。 それでも、こういう閉鎖空間ならではの約束事がきっちりあって、それを無視するものは排除される。 落語の途中で誰かが舞台の前を腰をかがめて横切って退場したのだが、すかさず、「これが海老蔵の舞台だったら、ファンに殺されてますよ」と高座からコメントがあった。 その少し後で、どうやら酒の入っていた人が、前列から何度か口をはさんでいるのが聞こえ、演者が「前座さん、つまみだしてください」と促し、結局その人がちょっとふらつきながら自分で出ていくまで、断固とした調子を崩さなかった。 その後で、元に話題に戻すのはなかなかつらそうで、自分でもそう言っていた。 で、残った人は、家族だけ、という雰囲気に。 でも、実は、どれもこれもあまり手放しで笑えなかった。 女性の芸というのも、なんだか痛々しいと思う。 江戸家猫八の娘さんの江戸家まねき猫の、ものまね枕草子というのも、よくできているのにちょっと物悲しい。 芸人には、多くの人がちょっと自虐的なネタを出すのに躊躇しない人が少なくないが、男性芸人なら笑えてしまうところでも、女性芸人では笑えない時がある。 他の観客はどうなのだろう。 違和感をいろいろかかえて、私はこれからも寄席に行き続けるのだろうか。 #
by mariastella
| 2011-09-25 00:47
| 雑感
9月初めに大阪の松竹座で「九月大歌舞伎」を観た。
いつのまにか東銀座の歌舞伎座が工事中で閉鎖していて、新橋演舞場や京都の南座にも適当な演しものがなかったからだ。去年の夏は赤坂アクトシアターで勘三郎を観たが、今年は大阪で海老蔵と團十郎が出ているのが分かったので。 最初が『悪太郎』で、大酒飲みで周囲に迷惑をかける酒癖の悪い悪太郎が坊主となって踊るという話だ。昨年酒の上でのスキャンダルで謹慎していた海老蔵がそれを演るのだったらすごいなあ、と思っていたら、さすがに違って、右近だった。 2003年に国立劇場の楽屋でプログラムにサインしてもらったことを思い出す。 橋弁慶を踊るシーンで被り物が落ちて、黒子があわてて座った姿勢で出てきて松の後ろに隠れてつけ直していた。その間をもたせるために智蓮坊の猿弥が替って踊っていた。こういうアクシデントはめったに見ないので処理の仕方に興味を持った。 最後に松之丞と太郎冠者も加わって四人で踊るのだが、コントルダンス風になっていておもしろい。念仏踊りってバロックかもしれない。 次に三幕四場の『若き日の信長』で、海老蔵が出てくるのだが、久しぶりの海老蔵のカリスマ性と力量に驚いた。 信長の放埒を戒めるために抗議の切腹をした忠臣の死を知って慟哭するシーンの迫力は半端なものではなくて、客席の人の半分は本当に涙を流していた。何というか、海老蔵のキャラクターとぴったりだし、激情を凝縮して吐き出す感じがあまりにも堂に入っていて、天才だと思った。 こんな役者なら、確かに、酒の不始末程度で葬り去られてはいけない。 最期は『河内山』で、御数寄屋坊主の河内山宗俊が團十郎で、彼に騙されるのが息子の海老蔵だ。 團十郎はなかなか味がある。サービス精神にあふれた演目だ。海老蔵は、見ている方が、信長の強烈な印象を消しきれないので少し違和感があったが、この親子は贅沢な組み合わせだと思った。 彼らの前の世代の親子役者の共演も昔はよく観たが(梅幸と菊五郎とか、勘三郎と勘九郎とか、先代の幸四郎と染五郎とか、先代の鴈治郎と扇雀とか)、あの頃より世代間の差の雰囲気が変わっている。私の立ち位置が変わったせいだろうか。 昔は「親子」共に私よりは年上だったが、今や、私と親とはシンクロして、息子の世代の方は別の生き物に見えるので、かえって「世代の差」など感じられない。 こういう体験ができるのも、歌舞伎などの世襲アートならではのおもしろさかもしれない。 #
by mariastella
| 2011-09-24 00:33
| 演劇
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