何度見ても不思議なイエス生誕の馬小屋の絵の一つは、Hugo Van der Goes
の祭壇画だ。ぴんと来ない人のためにネット上で今一つ見つけた。 http://www.abbaye-de-leffe.be/SITES/abbaye-de-leffe.be/IMG/jpg/retable_central_compresse.jpg 日本語ページで検索を書けたらやはり一つ出てきた。 カタカナでは、ヒューホ・ヴァン・デル・フースと書くことが分かった。 http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/goes_portinari.html このサイトで、祭壇画の拡大表示をクリックするとよく見える。こっちの方が画質がいいかも。 左にいる聖ヨセフの手が、あまりにも写実的で年寄りくさくて、でも、この手でシナゴーグとか建ててきたんだろうなあ、という感じ、天使たちが画一的に金髪の長髪なところ、みんなあまり嬉しそうじゃないところ(これを評して、微笑とは人間の弱さの補償だから、聖人や天使には必要ないという人もいるが・・・)、高校生シングルマザーが親に隠れて産み落としちゃったのか、と言いたくなるほど、地べたにぽとんと置かれた幼子(せめてマグサ桶に入れろよ。)、とか、気になるところはいくらでも出てくる。人物のプロポーションの違いや衣装の色分けなんかは言わずもがなだけど。 放置されてる幼子をすごく嬉しそうに見てるのは、左手のロバさんと、右手の羊飼いのおじさん。 聖ヨセフ、この状況にあせってるのは分かるが、せめてこの羊飼いのおじさんくらいに暖かさを表わしてほしかったよ。まあ、この情けない感じも聖ヨセフの持ち味の一つだけど、ひざまずいてる髭のおじさんの方が、はるかにかっこよく見える。ま、おたおたするのも人間的なことで、聖ヨセフの祈りの手の無骨なことで、救われる。それに比べたら、天使たちの手って、どう見ても労働者の手じゃないな。 キリスト教で神が受肉するってのは、地面に投げ出された裸の新生児という、サヴァイヴァル能力ゼロの存在としてスタートしたってことで、小さい者、弱い者を世話しなさい、って言ったイエスは、その辺のことを踏まえてたんで、ただのレトリックじゃなかったんだなあ、としんみりしてしまう。 今日は近くの教会に寄って、ルルド型聖母像の下にしつらえられた馬小屋のセットを眺めた。小さな藁の寝床が空になってる(クリスマスイヴの深夜ミサに赤ちゃん像が置かれる)のを見たら、このヒューホ・ヴァン・デル・フースの絵で寝床も用意されてないイエスのことがすぐに思い出されてしまった、というわけだ。 #
by mariastella
| 2008-12-19 00:44
| 宗教
もう30年以上も、神秘家と言われる人々の書いたものを読んできた。
どんな文化や宗教にもある、神や絶対者や宇宙とかとの合一体験みたいなものである。 忘我とか恍惚とかいう側面もあるし、「あっちの世界にいってしまった」ような部分もある。 その文章が残っているような神秘家は、その体験の後から「こっちの世界」に戻ってきたり、あるいは、天と交信しっぱなしの吹き抜け状態で生きたりするが、まあ、普通の人々の救済に役立ったり属する宗教を刷新したりするものだ。 ここ3年は、モダンやポストモダンの言説を無神論的な文脈の中で読み直す作業をしてきた。 「眼からうろこ」状態だった。無神論、特にモダンやポストモダンを形成したキリスト教無神論は、すべて、かれらの神への強いこだわりが原動力になっていることがはっきり見えたからだ。 今回の本(無神論についての本)では、神秘家と無神論者の比較には踏み込まないけれど、この両者は「似ている」。 誰もそんなこと言ってないが、無神論をずっとやった後で、最近、また神秘家のテキストを読み返して、忽然と悟った。衝撃的だ。 まだうまく言えないが、神秘家の神秘体験では、ちょうどヴァーチャル・リアリティによる神経症の治療のように、脳内の現実解析のプロセスが変わってしまう。 多くの神秘家は、それまで自己であると思っていたものが実は幻想に過ぎないと悟り、代わりに、無限の何かに呑みこまれる。そうすれば、それまでの自己は、なんだか黒色矮星みたいになってしまうのだ。 逆に、無神論者は、それまでの自己を外から担保していると思っていた神とか絶対とかをと突如として失う。で、残るのは、梯子を奪われた自己だったり、あるいは、神の座(神はいないのだから神の座だってほんとはないはずなのに)にちゃっかり座る自己だったりする。 一見、後者の方が孤独で強いと思うかもしれないが、神秘家の方も実は孤独である。自己を外から担保していた神を失うという意味では神秘体験も同じようなものだからだ。 言い換えると、神秘体験や無神論体験で、神秘家や無神論者は、世界の構造を失うのである。自己を成り立たせている対象との関係性を失う。それを成り立たせていたツールやルールや、共同体構造も、全部、まとめて、失う。 宗教の体制が、神秘家を隠したり、抑圧したり、必死に管理したり、嫌ったり、悪魔つきにしてしまうのは、まさにそのせいだ。人間の実存的不安を手当てする救済のためのツールやルールや共同体を神秘家にスルーされたら宗教はその基盤を失うからだ。 ここで、無神論者というのは、特に西洋近代とポストモダンの中で現れてきたまさに、「神なき神秘家」たちのことで、単に科学主義に支えられた懐疑主義や教育やイデオロギーに基づく無神論者ではない。 日本人にはぴんとこないかもしれない。 卑近なたとえだが、たとえば、小学校にあがるまではサンタクロースの存在を固く信じていた子供たちが、ある日、サンタクロースって両親だったんだとか、全部「子供だまし」だったんだとか、分かった衝撃を想像してほしい。クリスマスのイルミネーションも、デコレーションも、音楽も、社会全体が、共謀して自分をだましていた、と感じたとしたら。(実際そういうトラウマを語る人もいる) それに比べて、毎年、正月に初詣にいって、今年もいいことがありますように、と何の疑問も抱かずに賽銭を投げて手を合わせる人のことを考えてみよう。彼らは、一度として、この拝殿の後ろには実は何もない、などと考えないし、そこにいっしょにいて拝む人の中には、テロや通り魔によって死ぬ人もいれば、大事な人やものを不当に失くす人もいるかもしれない、初詣なんて気休めさ、なんてこともわざわざ考えないだろう。 神がいるかいないかの証拠を挙げろ、なんて野暮なことで悩まないし、まあ、強い人でも、自分は「神仏に恃まず」、と言って、拝むのを控える程度だろう。それも宮本武蔵くらい強くないとなかなかできない。 まあ、子供がサンタクロースの「子供だまし」に気づいて愕然とするのに比べて、賽銭と招福のコストパフォーマンスなんて野暮なことは言わない、初詣にいくのは風物詩だからね、という方が「大人」の態度だと考えるかもしれない。 そしてそういうプラグマティックな「大人の態度」が、「普通」の信仰者だったり、「普通」の無神論者なのである。 「神がいた」とか「神はいなかった」とか気づいて、自己の属する世界のストラクチュアを失うのが、神秘家だったり、無神論者だったりする。 こんな人たちが必死に、新しい世界観を構築して、生き続けようとすることで、人類の霊的世界も、思想や哲学も豊かになった。 私たちは、神秘家たちや無神論者たちの恩恵を受けながら、ヌルイ世界に生きている。 #
by mariastella
| 2008-12-18 23:53
| 宗教
メトロで配られるフリーペーパーに、2010年に、イースター島からモアイ像がやってくる、と書いてあった。今年の夏にパリを訪れていたラパヌイの族長ペドロ・エドムンド・パオアさんらが、ルーヴルそばのチュイルリーを訪れた時、突然、そこが強いエネルギーの場であると感じて、モアイ像がここに来たいと言っている、というような話になったらしい。
彼らによると、モアイは、この場所に置かれることで、人類の意識を物質的なものから変革するスピリチュアルなエネルギーを放射するんだそうだ。 パリには原始美術系のケー・ブランリー美術館などもあるのに、この話は、PSのパリ市長も1区のUMP系市長も知らないところで、イタリアの財団が金を出して、LVMHのルイ・ヴィトンのキャンペーンも絡んで実現するそうだ。 ネットで調べたら、日本では、2007年9月に、日本とチリの修好150周年記念行事として、丸ビルの中でモアイ像が展示されたとある。ただし、世界遺産のやつではなく、現地での「新作」の一つだそうだ。 1990年代に日本(官民どちらか知らないが)の援助で新しいモアイが15体作られたことも知った。その時のものが、1992年以来、「平和のモアイ」として世界を回っているとか。 世界遺産って、勝手に動かせるのか? パリに来るってやつは「新作」なのか、古い980体の一つなのか? フランスのの記事によると、980体の一つらしく、その移動に関する手続きが大変で、それが2009年いっぱいかかるとある。 ヴラマンクの頃から、プリミティヴ・アートはフランスのアーティストをかなりインスパイアしてきたけれど、ラパヌイの人から見ても今、世界人類に貢献できるようなエネルギーの場がパリにあって、そこにモアイを持ってきたら、わずか2週間でも、人類の意識が変わるんだ、と言ってもらえるなんて、けっこう「両想い」だなあ。 こういう、「スピリチュアルなエネルギーが何たら」とかいう言説に、あまりニューエイジっぽくもなく、カルト的でもなく、トンでも風でもなく、嘲笑的でもなく、観光一辺倒や商業主義丸見えでもなく、半ば敬虔に、半ばアートの言説として、さりげなく居場所を与えて共有できるところが、この国の魅力だなあと思う。 2010年には、チュイルリーに来たい、と言ったというモアイ像に会ってみよう。人類全部は無理でも私一人くらいの意識は変革できるかも? #
by mariastella
| 2008-12-17 23:20
| 雑感
サルコジ政権の外務大臣に任命されたベルナール・クシュネール「国境なき医師団の立役者で国民的人気の高い左派だった)は、若い黒人女性のラマ・ヤドを人権担当国務大臣に引き入れた。
ところが、彼女は、サルコジがカダフィーを招待すると「フランスは足拭きではない」、と言うし、サルコジの北京オリンピック開会式出席にもそっぽを向くし、いつしか「やっかいなわがまま女」的存在になり、つい最近、クシュネールが、人権は、すべてのベースにあるべきで、特別に大臣職を設置したのは自分のエラーである、外交や政治は人権だけでは動かない、みたいなことを言って公的に「後悔」して見せた。 外交とか政治とか、国益とかについて、人権だけで判断して動かせないのは自明である。 でも、それを超えて、「人権」はフランスという国のブランドイメージの一つだから、広告塔としても、「人権担当大臣」の設置は、大きい意味では国益にかなっていた、とも言える。 フランスのブランドイメージはユニヴァーサリズムであり、ユニヴァーサリズムというのはひとつの理想だから、必ずしも外交指針にはならない。 つい先頃、60周年を迎えた国連の「世界人権宣言」だが、この日本語訳そのものが、フランスの思い入れを分かりにくくしている。 これは、 Universal Declaration of Human Rights=Declaration universelle des droits de l"homme である。世界っていうと、なんだか、ワールド、って感じがするけれど、「ユニヴァーサル」ってところに、これがフランス革命的ユニヴァーサリズムの直系だよ、というフランスの自己主張がある。 実際、この決議が採択された時の国連58カ国だかで、承認したのは48カ国で、棄権したのが8カ国くらいあった。 サウジアラビアは、「男と女の平等は、うちの文化と伝統に合わない」と言ったし、南アフリカは、「人種の平等はうちの政策に合わない」、と言ったのである。 正直だ。 南アフリカのアパルトヘイトは終了したが、世界中に「人権無視」は浜の真砂のように絶えない。 それはフランスとて同じで、人権宣言の起草者で91歳のステファンヌ・エッセルは、フランス国内の不法移民の権利のために今日も戦っている。ユニヴァーサルに人権を擁護するなら、不法入国者だとか、外国人だとかは関係ない。誰にでも、よりよい生存を求めて移動する権利がある。 これが、国の「移民政策」だの「安全対策」だの「失業対策」と両立しないのは明らかなのだが。 共同体主義の国が、「うちの文化では」「うちの伝統では」というのも、ちょっと目には一理あり、 たとえすごくマイナーな文化でもマイノリティをリスペクトしろ、とか、 価値基準は相対的なのだから西洋先進国だけが自分たちの理念を押し付けるのはいかがなものか、 などという理屈が必ず出てくる。 「うちの文化」の中では、強制的な女性性器切除とか、マイノリティの虐殺や奴隷化が普通であるととしても、だ。 ユニヴァーサリズムの中の人権とは、当然、「弱い立場」「搾取されている立場」の権利を守ることを前提にしている。弱者の権利は、特定共同体の文化や伝統や、一国の政治的経済的利益に優先するのである。 これを、「西洋キリスト教文化による押し付け」と見る立場もある。 確かに、普遍的人権は、キリスト教文化の庶子である。 嫡子は十字軍とか異端審問とかやってたんで大きな声は出せないんだが、今は、そうだ、人権擁護が使命だったんだった、って積極的に取り組む人も多い。不法移民の駆け込み寺になってるカトリック教会とかも多い。 でも、キリスト教だけでなく、世界の「普遍」宗教はみな、本来、「普遍的人権」とか、「人権の普遍的宣言」のルーツであるはずだ。 なぜなら、「民族宗教」の多くは、共同体の利益を優先して、村を救うためなら龍神さまに若い娘を生贄にして・・・とか、敵の部族との戦争に勝つ(=敵を殺す)ために神に祈ったりとかするけれど、「普遍」宗教とは、「救済」を、地縁血縁から解き放つことによって「普遍」宗教になったのだから。 「普遍宗教」は、人が、どこの生まれでも、どんな色や形でも、ただ信仰によってだけ、「普遍的」に救われるよ、と言ったのだ。 まあ、その「普遍」の根無し草ぶりを利用して、自分の都合のいいように矯めて利用してきた権力者もたくさんあるし、「鎮護国家」の道具になってきたことだってかなり普通だった。でも、どの「普遍」宗教も、その始まりの理念においては、教えの前の、信仰の前の平等を革命的に掲げたのは確かだ。 1948年の人権宣言の序文にはナチズムへの反省が込められている。 アメリカの独立宣言、フランスの人権と市民権宣言、数々の平和条約とか、人はしょっちゅう反省しては初心に帰って決意を新たにしなくてはならないらしい。 人権宣言の60年も、その間に起こった人権侵害や民族虐殺の歴史を眺めれば、「決意新たに」する以外にはない。 しかし、実際は、なんだか、悪しき共同体主義のポストモダン主義、が、毒を振りまいてもいる。 人権の中には、自殺する権利、安楽死の権利、子供を持つ権利(代理母制度を認めること)もあるというのである。人権宣言の中にそれらを加えよ、という。 人権に、自己責任とか自己中心主義とか自己愛とか自己肥大が混ざってきている。 これは、アメリカ型の「人」の概念が、「体は自己の所有物」とするのと、ヨーロッパ型の、「人は体と人権と人格の三位一体」とすることの違いに起因しているとも言われる。 しかし、世界のマジョリティの地域では、とてもそんなどころでなく、 人=体は、ひたすら奪われ、搾取されるものなのである。 臓器として売られたり、使い捨て労働力だったり、性的オブジェだったり、ただ病気と飢餓にさらされる存在だったり。 もっとも弱い部分を守らなければならない。 「普遍」を信じることは、人間が相互につながりあった運命共同体であることを信じることだから、そのもっとも弱い部分を守らなければ、船は、必ず、沈むのである。 #
by mariastella
| 2008-12-15 00:54
| 雑感
19世紀終わりにヨーロッパ中で超有名だったシャルコーは、精神病理学のその後の発展やら精神分析学の登場によって、長い間かすんでいた。
といっても、私のように多少なりとも、キリスト教の神秘家の言動を研究してきたものにとっては、シャルコーのヒステリー研究はほとんど出発点でもあり、信仰によってヴェールをかけられた神秘家の姿を、「医学」の名のもとに「たっぷり」見せてもらえる気がして、ずっと参照してきた。 それは、なんというか、日頃私の標榜するフランス風のエレガンスとは対極にあるExuberanceの極地なんだけど、非常な魅力もあった。 シャルコーは、医学を意識して見世物、と言って悪ければ演劇化した人物で、サルペトリエールにおける彼の毎火曜日の公開公演といえば、とにかく老若男女のすごい娯楽だったらしい。 たくさんの写真が残っている。 当時登場した写真術は、感光させる時間が必要で、ヒステリー患者のアクロバチックな「硬直」が、それにぴったりだったということもある。 でも、では、シャルコーが、神秘のヴェールをはいで宗教を神経症や異常心理学に貶めたのかと単純に考えると、全く違う。 19世紀後半というと、科学主義や進歩主義が席巻した時期と思うかもしれないが、同時に、フランスでは、ルルドでの聖母御出現に見られるような、「信仰」のルネサンスの時期でもあった。 そして、シャルコーは、どんなに野心的で興行師のように悪趣味のやつかと思うかもしれないが、実は、「患者を癒したい」という臨床の人でもあった。 実際、彼が『La foi qui guerit(癒す信仰)』(1893)で、18世紀におけるフランソワ・ド・パリスの墓の土によって、奇跡の治癒を得た31歳の女性の話を分析する時、そこには信仰の否定や揶揄はない。 開いていた潰瘍が瞬時に治ったことについても、そこで彼はルイーズ・ラトーやアッシジのフランチェスコの聖痕を引き合いに出しながら、よく読むと、奇跡譚を否定すると言うよりも、「癒しの可能性」について積極的に語っている。 ジル・ド・ラ・トゥーレットなどは、これをシャルコーの「哲学的遺言」と形容してるくらいだ。 ただし、彼の言う、「癒す」信仰とは、実存的な救済とは関係なくて、「信ずること」と「期待すること」の二つにかかっていた。キリスト教の「信仰と愛と希望」という三つの徳でなく、「信頼と期待」という二つが生む「癒す力」に注目したわけだ。それを引き出すのが催眠術でも巡礼でも祈りでも、彼には同じことだった。「癒す情熱」を彼は持っていたと思う。 それなのに、彼のこの「哲学的遺言」は、政治的宗教的にすごい反響を巻き起こした。 第三共和制の批判者、反教権主義者、として、取り込まれ、賞賛されたり憎まれたりしたのだ。 初期のヒステリー患者の研究が、ヒステリーという語源に現れているように「女性特有」のイメージだったので、彼の「神秘家」を病人として分析する姿勢は、なんだか「魔女狩り」のような印象を与えがちだ。しかし、彼が「男性ヒステリー」の研究を発表した時から、それは、神経「トラウマ」の研究だという道が開かれた。当時はパーキンソン病などもその分析に入っていたのだ。 男性ヒステリーの病因は、子宮にあるわけではない。脳のどこかに損傷があるはずだ。その「どこか」とは、「無意識」の宿るところである。 彼がそう考えて、トラウマの「場所」を探ろうとしていた時期に、20代終わりの1人の青年が、奨学金をもらって、サルペトリエールのシャルコーのもとにやってきた。1885年の秋である。 シャルコーの講義をドイツ語に訳したこの若い神経病理学者ジグムント・フロイトは、やがて精神分析学の父となる。精神分析学は、ヨーロッパの「無神論の歴史」において、決定的な位置を占める。 10年後のシャルコーとフロイトの道は、ずいぶん違うようにも思われるが、実は似ているのかもしれない。 どちらも一見、宗教から距離を置き、人間の無意識に踏み込むことで、一種の「冒聖」を侵した。 しかし、彼らはいずれも、患者に全体性を回復させることによって、「癒すこと」を望んだので、臨床家であり続けたし、患者との連帯によって、語のもとの意味での宗教(Religion=結びつけるもの)者であり続けた。 キリスト教と精神医学が真に手を取り合うには、さらに100年もかかることになるのだけれども。 #
by mariastella
| 2008-12-14 23:44
| 雑感
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