人気ブログランキング | 話題のタグを見る

L'art de croire             竹下節子ブログ

Slavoj Zizek の記事を読んで思ったこと

 Slavoj Zizek がオバマ大統領について、ブッシュの野蛮な覇権主義からちょっとソフトでヒューマンなものに変わっただけで、アメリカの帝国主義的態度は同じじゃないか、みたいなことを書いていたのをLe mondeの翻訳で読んだ。

http://www.lemonde.fr/archives/article/2009/01/31/apres-sa-version-barbare-voici-l-empire-americain-a-visage-humain-par-slavoj-zizek-philosophe-slovene-professeur-a-l-universite-de-ljubljana_1149055_0.html

 オバマの就任演説を聞いて、私も全く同じことを考えて、オバマ・ファンのフランスの友人たちに話したら、

 「それは、彼に投票した人たちへの当然のリップ・サーヴィスだ。民主党はアメリカ一極支配はもう不可能なことをよくよく知っているので、根本的に変わった。ヒラリー・クリントンははっきりとそれを認めている。現実的だよ」

 と、弁護された。

 もともと、私は、1人の人間が熱狂的に崇められたり夢や期待を一心を集めるという状況自体が好きではない。はっきりと、特定の国の「国益」を代表すると分かっている人の場合はなおさらだ。

 大体、政治家のメンタリティそのものが私とはあまりにもかけ離れているせいもある。

 もちろん、夢と信念と使命感を持って邁進する人が世の中には必要で、そういう人が少しずつ世界をよくしていくのだろうとは思うのだが、あんなにも世界中から注目されているシーンで、あんなにも大風呂敷を広げて、熱狂されて、この人、就任式の前は眠れないんじゃないか、と、馬鹿な心配をしてしまう。 ま、こういう人は、興奮して眠れなくても、不安で眠れないなんてことはないんだろうけど。

 Zizekは、イタリアのSilvio Berlusconi がオバマを賞賛した言葉も引いている。

 「若くてハンサムでよく日焼けしている」

 みたいな言い方で、これを、Zizek は、リベラル白人が、肌の色を相対化して、自分たちの仲間にとりこんだだけではないかとも取れるというのだ。
 まあ、ブロンゼ というので、厳密には「日焼け」といってないが、両義的な言葉である。

 私も、すでに、白人とのハーフであるオバマを黒人初、黒人初と言い立てることへの違和感を書いたが、逆に、「日焼けした白人」みたいなとりこみ方も、確かに嫌だ。

 概して、アメリカの白人には、肌が白くない男(非コーカソイド)に対する性的コンプレックスの神話があって、実際、自分たちも、アウトドアで日焼けしたり浅黒い、という方がスポーツマンで力強い、男らしい、という路線を追っている。

 その逆が、19世紀あたりに、女性を家に閉じ込めて、肌が白ければ白いほど、労働から解放された(つまり夫の庇護にある)上等な女性というイメージでもある。
 その後で、「女性解放」運動と共に、白人女性も、アウトドアで日焼けしているのが流行になったりするのだが、それも、「力ある男=浅黒い」に追いつくため、という部分もあって、色が黒い方が身体能力が高い、という刷り込みはなかなか根が深い。

 初期アメリカの黒人奴隷が身体能力が高かったのは事実である。

 労働力として取引されたので、もともと、骨格などを基準に選ばれている。
 過酷な条件の航海で、さらに強靭な者が生き残る。
 過酷な労働でも、弱者は淘汰されていったろう。

 プランテーションでは一人の白人農場主に対して、黒人労働者の数が圧倒的に多かったので、基本的に白人の「主人」は身の危険を感じて武装する。

 今も「非白人」についての性的幻想はあるみたいだ。

 オバマ大統領は、いわゆる解放奴隷の子孫ではなく父親がケニア移民ということで、そのような、政治的に微妙な言説からは少し自由な立場だから、「若くてハンサムで浅黒くて」と言われても、普通に賞賛に聞えるかもしれない。

 でも、これは確かに、女性大統領ならば、「若くて(あるいは若々しくて)美人で雄々しくて」と言われているのとちょっと近いかもしれない。「男勝り」とか、「(女だけど)勇敢で決断力があってタフでダイナミックで」などと誉めたりされることは、「勇敢で決断力があってタフでダイナミックで」などが伝統的に男の美点、長所とされていることと切り離せない。
 もしこれが黒人女性だったりすると、「若くて美人で浅黒くて」というのは、ストレートな賞賛にはならない。いくら白人女性が「ヴァカンス焼け」を目指す時代になっても、やはり「浅黒い」のは「逞しい男」の含意とセットになっているからだろう。

 ヒラリー・クリントンの金髪を見ても、文化的含意のニュアンスを感じる。
 もともとラテンの混血が多いフランスには純粋のブロンドは少ない。
 しかし、女優などは簡単にブロンドに染めるが、女性政治家がブロンドに染めるのはそれなりの勇気がいる。「ブロンド=頭が弱い、とか男に媚びる」というような偏見があるからだ。
 逆に女性政治家でブロンドで勝負しているのは青い目とセットになっていて「ほんもののブロンド」というアピールができる。
 
 こういう微妙な「外見」やそれにまつわる言説を見ていると、日本の政治家なんかは少なくとも色黒とか色白とかがコメントの対象にならない点では、シンプルかもしれない。

 しかし、女性政治家の外見が男性のそれよりも、たとえ賞賛という形をとっても取りざたされることが多いのは、やはり、差別と賞賛が裏表の関係にあることを思わせる。

 同じZizekの記事には、「食糧は他の商品のような商品ではない」とビル・クリントンが強調したことが引かれている。Zizekはそれに続いて、水、エネルギー、環境、文化、教育なども同じで、市場経済にまかせるべきではない、と書いている。これに健康や安全も入るだろう。

 私はそれこそ、クリントンの「外見」を最初に見た時、なんだか南部の人種差別主義者っぽい感じだなあ、などという謂れのない偏見を一瞬抱いたのを覚えている。
 ブッシュ大統領がイラク派兵のことで熱くなっていたときには彼の顔をTVで見るだけで気分が悪くなった。
 それに対して、アル・ゴアなんて、何となく、エコロジーの闘志が似合いそうだ。意外性はあまりなかった。

 だから、ビル・クリントンのこの発言(2008年10月国連)が、「先進国」主導の世界の食糧供給システムの非人間性をきっぱり説くことが、意外でもあり、好感が持てた。 
 引退したキッシンジャーの核廃絶コメントの意外さと気持ちよさと似ている。

 国と国益を背負っている時の政治家は、当然なかなかこういうことは言えない。
 でも、彼らが現役を去った後で、真に地球的視野に立つまっとうなことをどんどん言ってくれると、見直すし、なんだか希望が持てる。

 その意味で、フランスがその特徴である「文化ソシアル」と「教育ソシアル」を手放して、大学の独立法人化なんていう方向に行きつつあるのは、大問題だ。

 文化ソシアルの方は、フランスのブランド・イメージもあるのでサルコジも昨今は変に強調しているものの、本来は小手先の話で済ませるものではなく、アメリカとヨーロッパが築いてきた現代の世界の構造そのものの変革の中でしかとらえられない本質的なものであるべきだろう。

 

 


 




 
# by mariastella | 2009-02-07 00:12 | フェミニズム

カトリック教会と聖霊の風通し

 この前の記事の続き。

 フランスのカトリック知識人たちは、ウィリアムソン事件でなんだかますます意気軒昂で、連帯感が盛り上がっている。

 私は、破門を解かれた4人の司教って言うのが、破門されてたんだから、司教というタイトルは無効じゃないのかなあ、と漠然と思っていた。

 このピオ10世会の聖職者たちによって結婚とか洗礼とかの「秘跡」を受けた信者に対して、それが有効かどうかということについて、それらの秘跡は「nul」ではないが「illicite」と書いてあったんで、それは一体どういうことかなあと思っていた。

 無効ではないが、不法というのは?

 ピオ10世会の聖職者の下の「信者」たちは、当然、全員ローマ教会から「破門」の状態にあるのだが、名指しで破門を宣言されていないから、「懲罰」の意味合いはないと言う。また、今のカトリック教会では、再婚者は聖体拝領できないことになっているのだが、それもまた別のカテゴリーらしい。4人の司教も、懲罰は解かれても、実際にローマ教会の聖餐に参加できるには、誤りを認めて、新たに誓わなければならない。

 こういうのって、はじめは、なんだか机上の空論とか、ご都合主義とか、さすがにわけがわかんないなあ、とか思っていたのだが、要するに、教会が拠って立つと言うか、その息吹によって成り立っている「聖霊」というものだけは、教会法やら人間の思惑では囲えないということらしい。

 ローマ教会の歴史というのは、ローマ帝国の推移に始まり、野蛮な戦いに明け暮れた中世における聖俗渾然一体の権力争いの中で、迷走しながら、聖霊(三位一体ということで、神と言い換えて読んでくれてもかまわない)を管理しようとしたり、時には全然聞く耳を持たない状態になったりして、それでも、奇跡的に、キリスト教的なユニヴァーサリズムの片鱗はどこかに保存したまま、その帰結としての政教分離のヨーロッパを支持する地点にたどりついた形になっている。

 それを支えてきたのは、「聖霊」は人間が作る制度の枠外にあるというコンセンサスを何とか保っているからかもしれない。

 たとえば、ヴァチカンは、カトリックの妻帯司祭を「破門」したり、ミサを挙げることなどをいくら禁止しても、そのいわば「神降ろし」の能力、聖霊と交信する能力を無効にしたり奪うことはできない、ということは聞いていた。いったん、教会の正規の手続きにより、司祭を叙階すれば、それは、「聖霊の働き」に属することで、それを人間が奪うことはできないのだ。できるのは職務執行の停止命令や、仲間はずれの処置だけだ。そのような司祭が「聖霊」を断つとしたら、それは自分の意志に拠るしかない。
 神というのはいつも呼びかけているもので、その神からの呼びかけに自由に応えるかどうかは、個人にかかっているのである。
 その意味で、信仰を捨てるのは自由だが、奪うことはできないのだ。

 で、今回スキャンダルを巻き起こしているこの4人の司教たちは、ルフェーヴル師という、正規の手続きを経て司教となっていた人物によって、叙階された。

 もちろん、JP2は、叙階をするな、と何度も警告したので、ルフェーヴル師は、そういう教皇に意図的に不服従した、ということで、懲罰的破門を宣言されたわけだ。

 が、すでに、カトリック教会の「お墨付き」で、「聖霊」のいわば「霊能者」であったルフェーヴル師から、聖霊の力を取り去ることはできない。
 だから、彼によって、それを与えられた司教は司教であり、またその彼らによって聖霊を分け与えられた信者たちの秘蹟も無効とはならないわけである。

 聖霊は減るものではないし、管理されるものでもないし、誰かの所有物でもないからだ。

 では、件の4人が、カトリック教会の司教かといえば、もちろん違う。

 カトリック教会の司教というのは、たとえ、中央で働いて司教区で働く者ではなくとも、必ず「どこそこの司教」という、名目上の司教区を付与される。

 この、どこそこの司教という、司教区を与えることができるのは、聖霊じゃなく、ヴァチカンの権利で管轄なのである。そして、カトリック教会的には、「どこそこの」がつかない司教は、教会法的にはもちろん司教ではない。

 ただの屁理屈なのかレトリックなのかとも思えそうだが、理性や感情やヒエラルキーや秩序感覚をも超える「聖霊のロジック=この世の論理でない」をぎりぎり認める苦しい感じは誠実かなあと思う。そういう部分がない宗教は信頼できない。

 それについて思い出されるのは、フランスの元エヴルー司教であったJacques Gaillotのエピソードだ。この人は、彼の聖霊に導かれて、不法移民、同性愛者、再婚者、女性の司祭召命などの権利をおおっぴらに擁護し、政治的な活動も堂々として、何度も何度も「教会」から、叱責されたり警告された。

 彼の信念と活動は変わらず、ガイヨー司教はミサを挙げることを禁止された。しかしその活動には、あまりにも、福音書的な弱者救済の力があったし、人々の共感も得ていたので、不服従にもかかわらず、彼は破門とはされなかった。

 ではどうなったか?

 ガイヨー司教は、エヴルーの司教を外されて、「Partenia」司教に任命=左遷されたのだ。
 パルトニアというのは確かどこかの砂漠かなんかで、教会どころか住民もいないところだ。
 もちろんヴァチカンに直属の任務を与えられたわけではない。実質的な謹慎処分である。
 つまり、窓際どころか、窓の外に放り出されたのだが、それでも

 「どこそこの司教」

 というタイトルはもらえたのである。

 つまり、ローマ・カトリック教会の合法的一員であり続けた。

 1995年、今のB16 がラツィンガー教理省長官だったときの話だ。

 ガイヨー司教は、司教区を離れなくてはならなかったが、パルトニア司教区というヴァーチャル司教区をインタネット上に立ち上げて、活動を続けた。

 彼はラツィンガーは「第二ヴァチカン公会議が開いた扉を閉めた」と言って批判した。

 その10年後、そのラツィンガーが教皇に選出されてB16となった時、ガイヨー司教は、「失望した」と語った。

 ところが、

 2008年、B16 がフランスのルルドに巡礼にやってきた時、ミサに同席したガイヨー司教は、自分は教皇と完全なコミュニオンの状態にある、と感想を述べた。
 この「コミュニオン」というのが、聖霊のうちにある一致だ。(いわゆる破門というのは、このコミュニオンから締め出される状態を指す。)

 パルトニアでもどこでも、「どこそこの司教」でい続けられたから彼とB16 は同じ聖霊の中にいた。というよりも、彼らの中で「聖霊の働き」があって、和解が成立したらしい。

 そういう意味では、今回の4人の司教たちは、いまだ「どこそこの司教」にしてもらえるための道は遠いが、コミュニオンの可能性は開かれたわけである。

 つまり、ヴァチカンとしては、彼らの上に聖霊の働きがあって、回心や改悛や歩み寄りに至るんじゃないかと期待していると言える。

 彼らを非合法ではあるが司教だと言うことは、すでに、一度分かち合った「聖霊」というもの自体を、囲い込んだり奪ったりは誰もできないのだという認識があるのは、最終的には神の「み心」のままにという謙虚が感じられて、ある意味、とても人間的だ。

 昨年秋に99歳で亡くなったシスター・エマニュエルは、カイロのスラムで、女たちに避妊具などを配給してきた。女たちが「産児制限」できることなしには、貧困と悲惨から抜け出ることができないと確信したからだ。

 彼女は当時の教皇(JP2)に手紙を書いて、了承を求めた。

 教皇からの返事はなかった。

 教皇が「産児制限」を許可したり了承するわけがない。

 しかし、シスター・エマニュエルに、それを禁じるとも言わず、やめなければ破門するぞと警告もしなかった。

 だからシスター・エマニュエルは、「不服従の罪」に問われることはなかった。

 もし、禁止されていたとしたら・・・

 彼女は、やはり、産児制限を勧め続けていたと思う。それが彼女への聖霊の働きで、応えだったからだ。

 教皇は多分それを知っていただろうし、彼女に返事しないことも、多分、「聖霊の働き」だったんだろう。

 別の文化ではこういう感じの「聖霊の働き」が「人情」と呼ばれたりする。

 一応10億人のもメンバーを抱える共同体が人情の発露の場を確保しておくのは大変だ。

 それこそ「聖霊の働き」を恃むしかないかも。

 いや、60億人の地球だって、聖霊の中で結ばれるなら、すべての「人」がすべての「人」に寄り添える、「人情」は成立する、と、信じるのが、ユニヴァーサルな宗教としてのカトリック教会の使命なのかもしれない。


 
# by mariastella | 2009-02-06 21:08 | 宗教

ピオ10世会の破門解除騒ぎについて 

ピオ10世会の破門解除騒ぎについて   


 フランスのカトリック界はここ2週間ほど大騒ぎだ。

 1988年に破門された故ルフェーヴル師がヴァチカンの同意なく任命した4人の司教が破門を解除されたニュースのすぐ後で、その1人がスウェーデンのTVで「ユダヤ人はガス室では死んでいない」という、ヨーロッパではタブーの歴史修正主義的発言をしたからである。

 もともとフランスのカトリック言論界は結構リベラルで、第2ヴァチカン公会議を全否定するピオ10世会と現教皇のベネディクト16世(以下B16)の歩み寄りには警報を鳴らしていた。

 今度の騒ぎでも、戦後のカトリックが苦労して築いてきたユダヤ教との対話路線を一方的に危機に陥れるものだとして、件の発言をしたウィリアムソン(ケンブリッジ卒のイギリス人でカトリックに改宗した人だから、もともとカトリックの「伝統的」な典礼だのに親和性があったのだろう)を厳しく弾劾、彼を受け入れるというヴァチカンに強く抗議している。

 私は、この話については、実はあまり、触れたくなかった。

 もし自分を在フランスのカトリック言論人として位置づけて意見を述べるなら、彼らと全く同じ意見ではある。

 でも、個人的には、いろいろ複雑な思いがある。

 私は、昨年末からのイスラエルによるガザ攻撃に心を痛めていた。

 堂々と弱いものいじめをした後で、オバマ大統領の就任式の直前に撤退するなど、あからさまな政治的思惑にもすでに嫌な感じがしていたし、今度のこともそれと続いて、あまりにもいいタイミングで、反ユダヤ主義をたたく結果になっているので、メディア操作の気味悪さが抜けない。
 実際、ウィリアムソンがこのような反ユダヤ的発言をしたのは、今回が初めてではなく、数年前にカナダでも言ってるそうだし、今回のTV も、収録は2008年の11月である。

 つまりこの人は言ってみれば確信犯で、別に、バチカンを巻き込んでやれとか、カトリックを困らせてやれとか特に思っているわけではない。

 こういうタイミングの問題のあやしさが、一つ。

 もう一つは、私は、どんな歴史にしろ、特定の「正史」に反する言動を即刑法で罰するというシステムには反対だ。
 今のドイツでは、反ユダヤ主義やShoahについての歴史修正主義は、そのような対象として罰せられる。第二次大戦のヨーロッパ的文脈からして避けられないことだったのだろう。

 しかし、私はどんな正しいと見なされる歴史にも、「疑う権利」は保証されるべきだと考える。そして、社会的、公序良俗に「不適切」な修正主義は、個別に裁かれるべきである。

 これは、私が、たとえば、フランスで、「同性愛者に対する差別的言動」を特定化して刑法上のより重い罪とするのに反対するのと同じ理由である。
 人は、だれでも、その帰属や、人種、民族、性別、身体的特徴、年齢、障害、性的傾向などを理由に差別されたり、侮辱されてはならない。
 それを「同性愛者」を分けて特化することは、得てしてコミュノタリスムの表現であり、ユニヴァーサリズムの後退であるからだ。
 もっと言えば、選挙の集票につながる特定ロビーの優遇であり、それを野放しにしていては、ロビーを形成できないマイノリティの権利がおろそかにされる恐れがあるからだ。

 歴史修正主義の規制についても同じである。特定の政治的ロビーとつながるものだけを特化して優遇することには反対である。
 逆に、どんな修正主義的発言でも、ケース・バイ・ケースで、人種差別や人権侵害や名誉毀損などを構成するかどうかが問われなくてはならないし、その社会的影響や文脈もその都度考慮しなくてはならない。

 概して、ヨーロッパキリスト教世界におけるナチスのホロコーストに対する反応は、ユニヴァーサリズムを超えた「特例」をなしている。

 いろいろな理由があるだろう。

 ヨーロッパは2度の大戦で荒廃しきったので、ともかく経済復興することが優先問題だった。そこに冷戦構造が加わった。
 ナチス・ドイツをスケープ・ゴートにするだけでは納まらず、フランスのような国では、罪悪感も大きい。フランスはドイツに占領されて親ナチヴィシー政権でユダヤ人迫害政策をとったからだ。
 長年「西欧」に同化していたリッチなユダヤ人たちのアンビバレントな行動もある。それらが一体となって、イスラエルという国を戦後、強引に作った。

 第二次大戦における、原爆とホロコースト、これは戦後西欧知識人の2大トラウマでもあった。
 このトラウマのすごさは、戦後日本に生まれた私には想像もつかなかった。
 
 私のような普通の日本人ならたいていそうだろうが、日本人は、ホロコーストだのナチスのガス室が怖ろしいとは言っても、人類としての「罪悪感」など持ちにくい。もちろん、ホロコースト=繰り返してはならない悪という刷り込みは、『アンネの日記』からシモーヌ・ヴェイユ、エディット・シュタイン、エティ・ヒレスムなどの読書を通じて、しっかり定着している。映画にもこと欠かない。
 日本人の感覚では「ユダヤ人=優秀な民族だが歴史の犠牲者」というのが普通で、第一、大方の日本人にとって「西欧系ユダヤ人」は顔も姿も普通の欧米人と区別がつかないことが多いから、「反ユダヤ主義」などは育つ土壌がない。だから、深刻な罪悪感もない。

 しかも、もう一つの「意図的皆殺し」であるトラウマの「原爆」だって、相手のアメリカが戦勝国になったこと、日本も戦後の復興に一生懸命でモラルの問題を追及する余裕がなかったこと、冷戦により、当のアメリカの「核の傘」というものに入って守られるという状況になったものだから、「原爆=悪」の責任追及というのは、ナチス狩りのような展開にはなりようもなかった。
ノーモア・ヒロシマと言えば、「もうこの過ちを繰り返しません」という誓いとなった。それはそれで、本当に自覚的な平和宣言と武力放棄に支えられていたなら、「こいつが悪い」式の糾弾やスケープゴートを立てるやり方よりはずっとユニヴァーサリズムにつながり、「人類の進歩と平和」の道にかなっていたと思うが、実際は、冷戦構造の名の下に、ダブル・スタンダードの立てまくりで、いまや収集がつかなくなっている。

 このように、ことは複雑なのだが、それを踏まえても、私は、『日本書紀』を否定するのが即、罪になる、式の、ホロコースト否定が即罪になるという形で特化する法制化には反対の立場であるわけである。

 だから、ウィリアムソンが、そんなことを発言したからと言って、それだけで即糾弾と言うのでなく、それが誰にどんな迷惑をかけ誰の権利を侵害したか、などという分析が必要だと思う。

 もちろん、カトリックが大騒ぎをするのは納得する。

 先に書いたような、カトリックが戦後苦労して進めたユダヤ教との対話路線を無に帰するような発言、しかも、B16の信用を危うくさせるようなタイミング。

 先代JP2はポーランド出身で、アウシュヴィッツで祈ったり、エルサレムの嘆きの壁で祈ったり、特にユダヤ人との和解に心を砕いた。今のB16 と言えば、なんとドイツ出身であるから、ナチス・トラウマはいっそうべったりはりついている。
 フランスで言えば、先のパリ大司教の故リュスティジェはポーランド系ユダヤ人の改宗者であり、困難を乗り越えて、パリの大ラビとも友情を築いてきた。

 フランスの司教団は、1997年9月30日に、公に、ヴィシィ時代のカトリック教会の態度について謝罪した。

 ヴィシィ政権の反ユダヤ的政策について、フランスの教会の取った一般的態度は「沈黙」であった。犠牲者を擁護する言葉は例外的なものであった。この犯罪の酷さを前にして、多くの聖職者は、その沈黙によって、教会とその使命を損なった。この沈黙は誤りであった。

 とはっきり言っている。

 まあ無理に情状酌量してみれば、中世にずっと「世界の良心」として、他の国の世俗権力に介入してきて、近代でその勢力争いに敗れ、フランスでは特に迫害されたり厳格な政教分離を課せられてきたりしたカトリック教会は、「君たちは政治のことには口を出さないでおとなしく祈ってなさい」と言われ続けてたんで、萎縮していて声を出せなかったというのもあるだろう。
 キリスト者の当然の義務としてナチスに抵抗して、収容所で処刑されたドイツ人カトリック司祭の日記を最近読んだが、彼も、ヴァチカンからの援護射撃がないことを苦しんでいた。

 しかし、ともかく、ピオ10世会のメンバーは、そういう反省を全然していないのは明らかである。

 ヴィシィ政権が伝統的信仰と労働と家族愛とを称揚したのは大変よろしいと、ルフェーヴル師は発言している。

 世界については、
 
 「B16は、教会は世界と調和するべきだと言う。なぜ彼は真実を言わないのか ?
世界は我われを憎んでいる。世界のエスプリは地獄へとつながる。世界が教会に拍手するようならば恐れおののくべきだ。世界と和解できると想像するのはむようである」(Bernard Fellay 2007/6/7)

 と言っている。

 「あなたがたは、よりよい世界、より連帯した世界を打ち立てるために寄与できるはずだ。たった1人の回心と現実参加がすべての人の救いの芽生えの一部となる。」(2002・4・17)


 と、JP2 が大学生たちに話したのとは全く違う。

 第二ヴァチカン公会議は、他宗教についてがんばってこういうことを言った。

 「カトリック教会は、これら(他)の宗教のうちにある真実や聖なるもののどれも忌避するものではない。」(Nostrae aetate 1965)

 ピオ10世会のフランスのリーダーはこう言う。

 「第二ヴァチカン公会議は、(信者たちの)魂にとって、この社会に向けた限りなく遺憾でスキャンダラスな親切さとなっている。(この社会とは)悪徳と過ちを護り、地獄を準備するもので、全く不当に『他宗教』と呼ばれている」(2009年念頭挨拶)

要するに、ピオ10世会というのは、1人のウィリアムソンがガス室がなかったと言うとか言わない以前に、また、古式の典礼を守りたいとかいう問題以前に、今のカトリック教会の基盤となっている第二ヴァチカン公会議を公然と全否定しているんで、いや、全世界に背を向けて、自分たちの殻に閉じこもるセクトなのである。

 では、なぜ、B16 が「出入り禁止」を解いたのかというと・・・

 それは、今のトップであるBernard Fellay が、もう大分前からB16に頼んだからだ。「ドアを開けてください」と。

 彼らが出て行った根本のところが全然変わっていないのだから、ドア開けるほうがおかしい、と多くの人は思う。

 でも、キリスト教的な赦しの概念を考えると、
 B 16 の判断の誤りも、まあ、無理もないかなあと思える部分がある。

 キリスト教的な「和解」や「赦し」は、まず「無条件」であることが本来のものである。

 「破門を解くから、あなたたちも公に謝罪して今までのエラーを認めなさい 」

 とは事前交渉しなかった。

 B16は、Bernard Fellayが「ドアを開けてください」と言ってきたこと自体に、聖霊の働きを見たんだろう。

 ただし、件のウィリアムソンなんかは、Bernard Fellay のこの歩み寄りにすでに反対している。彼らも一枚岩ではないらしい。

 で、ドアを開けたらすぐに、むこうが歩み寄るかというと、それは、「神のみぞ知る」である。

 今のところ、B16 は、ほら、見たことか、どうせあんなネオナチのカルトなやつらが反省するわけはないだろう、B16 に状況を説明してちゃんとアドヴァイスしなかった側近が悪い、という、批判や嘆きの渦にいるというわけだ。

 しかし、違反分子をどうするか、という問題は、「ユニヴァーサリズム=多様性の中の統一」を目指すグループにとっては、永遠の難問である。
 合意と秩序を守るために、排除するのか、管理するのか、原則を犠牲にしても緩やかに取り込むのか、理屈だけでは割り切れない。

 実際に、人間の心の動きには、理屈では割り切れない回心のような展開がある。
 秩序と整合性の追及だけでは得られない思いがけない結果と言うものもある。

 カトリック教会の首長くらい、そういう冒険をしても罰が当たらないかもしれない。それを猛然と批判するカトリック内の動きがあることもそれはそれで結構だ。

 後悔や迷いや批判をすり合わせて、学習するかもしれないし、進化するかもしれないし、何かいい方に変容するかもしれない。

 ことは、信仰の世界で起こっているのだから、必ずしも、即効に、論理的な結論がでるものではないのだろう。

 少なくとも、「ガス室がなかったという歴史修正主義を口にする司教の破門を解いたからB16 も責任がある」というような単純な問題ではない。

 まあ、上記のように、このピオ10世会の考えはあらゆる点で近代ユニヴァーサリズムの方向と反しているので、私にはとても容認できないのだが、「ガス室がなかった」なんて発言だけをピンポイントに取ると、情けないと共に憐憫の気も起こる。

 日本でいつぞや、こういう記事を載せて廃刊になった雑誌があったせいで、今でもネットで読めるので、読んだ人は分かるだろうが、これはこれで、巧妙にできている。つまり、決して反ユダヤ主義で言っているのではなく、歴史の真実への使命感からの論議であるという設定になっているのだ。結果的なホロコーストは認めたり憎んだりしたままで、でも、ほら、共産圏による情報操作ってあるんだよ、何しろ、冷戦があったから・・・と言われると、おお、なるほど、そういうこともあるかも・・・と思う人も出てくる。実際、共産国や独裁者のいる国が、歴史を修正したり捏造することはあるだろうし、戦争がからむと、嘘やでっち上げやデマゴーグが普通にとぶことも衆知の事実である。

 私も、自分の比較的よく知ってる分野のことなら、フリーメイスンの陰謀論とか、安易な終末論とか、世間に飛び交う「トンでも説」は、すぐにひどいと分かるのだが、そして、そういうことをいい大人が真剣に信じて広めていたりするとがっかりするのだが、知らない分野では、「ほうら、実はこんなことが・・・驚愕の真実」とか言われると、あやしいと思いつつも、つい話のタネにしたり、ものの見方に微妙にバイアスがかかったりすることがあるので、他人のことは気軽に批判できない。

 まあ、トンでも説やら陰謀説やらは、いつの時代にもいくらでも出てくるし、どんなに否定されても、ひどい時はたとえ最初の嘘つきが「あれは私のでっち上げでした」とカミングアウトしてすら、一人歩きして、もう消すことができないサブカルチャーになっていたりするので、一つ一つ検証するのは不可能だし無意味である。

 だから、結局、この稿の最初に言ったことと同じく、文脈と影響と結果を見て、それが特定の個人や民族やグループの差別や名誉毀損や権利侵害に至る場合にのみ警鐘を鳴らすのを怠るな、ということになるだろう。

 たとえば、私は、イエス・キリストが青森県出身だったとか、ノアの箱舟が宇宙船だったとか、そういうトンでも話は、わりと好きだったりする。

 でも、どんなトンでも説でも、いや、れっきとした歴史の真実ですら、一部の人や国の都合で歪められたり矯められたり、演出されたりすることで、利用されたり取り込まれたり、他者の抑圧の道具とされてしまう危険は常にあるわけで、そういうことを肝に銘じて、分別と洞察力を磨いていくことこそが、何よりも大切だ。 つくづく思う。
# by mariastella | 2009-02-04 23:08 | 宗教

VESPRO DELLA BEATA VERGINE

シャトレー劇場に、モンテヴェルディの『聖母の晩祷』( les Vêpres de la Vierge de Monteverdi)を観にいってきた。聴きにいったというより観にいったというのがぴったり。

 指揮がJean-Christophe Spinosi で、ソリストも充実、この曲は、大曲で難曲だが、来るべきフランス・バロック音楽で花開く劇場性を新鮮かつダイナミックに構築したすばらしいもので、前に教会で聴いたたことがあるが、まさに感動ものだったし、今回も楽しみにできるはずだったが・・・・

 いろいろ考えさせられた。 ちょっとショックだった。

 何がショックかというと、自分の反応についてである。

 今回の売り物は、ウクライナの前衛芸術家の Oleg Kulik  が舞台監督していることだ。
 クリクといえば、ニューヨークで裸で犬の真似をして警官に噛みついたり、つい昨年も、パリで、裸で動物と交わってる風の写真を発表して没収されたり、スキャンダラスで挑発的なパフォーマンスをやる人で、そんな人が、今度は裸も動物も離れて、空間典礼というシリーズで「聖なるもの」に挑んで、宗教音楽の金字塔に挑戦というので話題になっていた。

 私は、猥雑やら冒涜やら血みどろ系のパフォーマンスが嫌いだ。そういうのはなんだか1960年アメリカン・テイスト、って感じがする。禁忌が顕在している場所や時代でないと意味や力を持てないので、まあ、だから、旧ソ連系や中国なんかのアーティストがそこに向かうのは何となく分かるが、彼らのニューエイジ臭には辟易する。

 何にしろクリクはこの演出にすごく自信を持ち、特徴ある髭をふりたてて真っ先に舞台に出てきて「さあ、携帯電話も経済危機も忘れて、沈黙を!! 拍手もなしで!」と宣言した。

 彼は、フランス人の多くは抗鬱剤を飲んでいて大いなる愛から孤絶している、その上に金融危機で、アルコールとドラッグに溺れるだろう、しかし、私のこのVesproを聴いた人は、世界を別のように見ることができる、と豪語していた。

 客席の真ん中に吊るされた回る巨大透明スクリーン、劇場は入口からもう薄暗く光の演出がなされていて、すみずみまで音と光とミストと香りが駆使され、指揮者は時として観客に向かって指揮するし、ソリストたちやダンサーが客席に出没する。

 彼がねらったのは、典礼とは本来、共同体験であり、聴衆が客席で不動の受身であるのはもうやめよう、みんなが能動的に参加するのだ、ということだそうだ。

 これらの意図自体は、共感できるものだ。

 というか、まさに私が日頃標榜しているもので、私がコンサートを企画する時も、客に踊ってもらったこともあるし、席で体を揺すってくれるようにお願いしたりもする。一緒に何かを創りたい、互いにインスパイアし合いたい、というのがある。

 そして、観客としても、実際、ある種の展覧会を観た後や、バレーを観ただけで、その後の世界が一変するような体験もしたことがあるので、クリクの試みに期待していた。

 私はフランス・バロックの心身音楽的側面の魅力にはまっているから、クリクの目指す五感を動員した「全体芸術」というコンセプトもそれ自体は気に入る。

 なんといっても中心となる音が、モンテヴェルディの晩祷であるから、その質は確かで、そこにさらに眼福が加わり、香りまで・・・ かなり期待していた。

 つまり、私は決して、「モンテヴェルディの宗教曲をテーマパークみたいに飾り立てるなんて邪道だ、冒涜だ、奇をてらってるだけだ」、という先入観を持って臨んだわけではない。

 ただ、最初の評を読んで、舞台写真を見て、なんだか、その派手派手しさは、北京オリンピックの開会式(ビデオで少し見ただけだが)みたいなテイストじゃないかな、とがっかりした。

 考えると、これまで舞台芸術における新規な試みとか、意外な組み合わせなどで、新しい地平を見たようにはっとさせられたのは、「ほんのちょっとした違い」が効を奏している場合だった。力ずくでねじ伏せられて感心させられたことはない。

 バンジャマン・ラザールのバロック・オペラの贅沢な再現だって博物館的な重さを感じたし、逆に、スクリーンを使ってミニマムにヴァーチャルなサポートが効果的なバロック・オペラを見ると、これなら自分たちにも上演できる可能性があると楽しくなる。
 要は、物量ではなくて、強度なのだ。

 で、このVESPROの評で、ヴィジュアルな演出が濃すぎて音楽が単調に聴こえた、というのを読んで、「大丈夫かなあ」と思った。

 実際、客席の聴衆が古典的なコンサートと全く違う反応をするということ自体は、すぐに実現した。あちこちに映像が飛び交い、歌い手もあちこちに出現するので、みながきょろきょろするのだ。確かに、コンサートに来ているというよりもサーカスに来ている感じ。しかも、サーカスなら、一応目を凝らしてみるポイントがありサスペンスがあるが、ここでは、なるほど個々の観客は自分なりの見方をしてしまうが、みんなが一緒に盛り上がるという一体感はなく、要するに「落ち着きのない」感じになる。

 落ち着かない、集中できない。

 疲れる。

 教会の音響に近づけるための音響の工夫がされていて、そのせいで、VESPROの演奏とその切れ目に挿入される鳥の声だの雨の音だの、救急車の音だの、という効果音?が、一続きになって聞えてくる。

 これが非常に疲れる。

 組み合わせが意外でおもしろいとか、文脈を壊すことによってそれらの音が聖なる次元に取り込まれるとか、あるいは時間や空間や聖や俗の垣根が取り払われて新しい体験ができるとか、多分クリクがねらっていたような方向には向かえない。

 私のすぐ後ろの夫婦は、第一部の終わりごろになると

 「なんてひどい」
 「ばかげてる」

 という言葉を低く発し続けていた。

 クラシックの演奏会、しかも宗教曲なんていう場所で、演奏中に聴衆が不満の声を発するなんて、確かに前代未聞であり、その意味ではクリクのショック療法というか「聴衆を変革する」パフォーマンスは成功してるのかもしれない。

 確かに咳する人も多かった。鼻をかむ人もいた。

 サーカスだからね。

 モンテヴェルディ、かわいそう。

 幕間の後、その夫婦は戻ってこなかった。
 本当に腹を立てたのだろう。

 で、その幕間だ。

 VESPROが終わって奏者が姿を消す間、チベット音楽がすごい音量で鳴り続けている。
 あまりうるさいんで外へ出たら、外でもそれが大音量で続いているのだ。

 チベットの長笛とか祈りか唸りかが延々と続く。
 照明は暗く、赤っぽい。チベットで流された血を象徴しているそうだ。
 
 スーフィーの音楽も流れる。

 シャーマニズムとか神秘主義をブレンドして政治的メッセージもこめたシンクレティックな趣向らしい。何かやはり安易なニューエイジと時代への迎合感がある。チベット音楽も、仏教以前のボン教の音楽とか、さらに奇をてらったエゾテリックな趣向だ。

 「私はほんとの幕間がほしい」

 と、疲れきった老婦人がバーの長椅子に座ってため息をついていた。

 ヴィジュアルはちょっと休めるし、目を閉じることもできるが、音の侵略は暴力的である。

 だからこそ、関係性や、世界を変えることができる、って、クリクは考えているのだろう。

 それでも、第2部はマニフィカートなので、少し期待した。

 音楽のレヴェルはすごく高い。ミュージシャンたちはよく頑張っている。
 モンテヴェルディのこの楽譜では、集中せざるを得ないし、他のことを考えてる余裕はないだろう。もったいない。

 ヴィジュアルなものがなかった方が、ずっと世界が広がって感動的だったろう。
 クリクはイマジネールの力というものを無視してる。
 あるのは彼自身のイマジネーションなんだろう。

 終わりに一応拍手があったが、最初に「拍手お断り」と言ってたように、無視された。

 で、非常に疲れて、帰る途中で考えた。

 私は、べつに、チベットの音楽とかセレモニーが苦手とかいうわけではない。
 いわゆるチベット問題にも、事情があってかなり関わっている。

 組み合わせの問題なのだ。

 何がいけないかというと、「沈黙(静寂、silence 、サイレンス)」が抹殺されていることだ。

 クリクは、音の絶え間ない侵襲によって、催眠術的なトランス効果とかを目指したのかもしれない。

 しかし、音と、音楽は違う。

 こういうことを考えた。

 チベット音楽やスーフィーの音楽のようなものは、ジョン・ダンのいう天の国の流れているものの先取りである。ジョン・ダンによると、現世の人間が渇望するその場所では、音もなく静寂もなく、ただ一様な音楽だけが満ちている、不安も希望もなく、一様な充足があり、友も敵もいず一様なコミュニオンがあり、はじめも終わりもなく、ただ一様の永遠がある。

 そのような、音と静寂の違いが消滅した場所にびっしりと満たされた音楽、

 切れ目のない祈りとか、延々と続く読経とか、永劫回帰の円環の音楽とか、終わらぬ呻吟に似た呪文とか、は、その「あの世」の音の世界の先取り、または、招来するために唱えられるのだろう。

 クリクの演出において、モンテヴェルディも嵐の音も車の音もチベット音楽も延々と一様に切れ目なくつなげてしまうのは、本来は、多分そういうのを目指したんだと思う。

 しかし、残念ながら、モンテヴェルディの曲は、そのような「天上を満たす」種類の音楽ではない。
 「天上を築き、描く」音楽なのである。

 ジョン・ダンの言葉をもう一度借りよう。

 (天国では、)音もなく静寂もなく、ただ一様な音楽(チベット音楽風の)だけが満ちている

 ところが、「この世」では、「音」とも「静寂」とも別のものとしての「楽音」があるのだ。

 その楽音とは、静寂の反対物である「音」とは全く別のものである。

 楽音とは、「静寂=silence」のファミリーなのである。

 静寂が満ちたときに生まれるのが楽音である。

 一滴ずつたまってついにあふれた水が竹の筒を傾ける時、
 水滴がはじける時、
 手や足が空を切った後、

 静寂と静寂が楽音を囲む。

 静寂がないと音楽は成立しない。

 音楽は文化的言語であるが、それを生み、受けとめる静寂は、ユニヴァーサルである。

 静寂さえあれば、古池に飛び込む蛙の水音でさえ、芸術世界を構築する。

 先行する静寂に育まれた楽音が、連なり、その途中でもさらに多くの静寂(休止)を度々呼吸して新たに生まれ続けるのが音楽である。そしてそれは、やがて、もとの大いなる静寂の中に帰っていく。大洋に生まれた生命が旅を終えてまた大洋に戻っていくように。

 そういう音楽は静寂から生まれ、静寂を糧として行き、静寂へと還る生命なのである。

 モンテヴェルディのVESPROはその種の音楽である。

 その命を共有して、私たちの命と共振させ、糧とするには、ユニヴァーサルな静寂を共有しなくてはならない。

 クリクはその静寂を奪った。

 歌手や奏者の息継ぎの中にはそれはあるのだが、曲の始めと終わりにはそれが奪われていた。絶えず聞えてくる「あっちの音」の模倣。

 ヴィジュアルな奇抜さのために落ち着かない、集中できない、ということよりも、本質的な問題は、実は、そこのところだったと思う。

 ユニヴァーサルな静寂の中にインスパイアされつつ「こっち」で完結する音楽と、静寂と音の境を越えてそのまま「あっち」に参画しようとする音楽という異質なものを強引に結びつけたのが クリクの失敗だった。

 でも彼は気付いていないだろうな。

 あの、自信たっぷりの解説ぶり(それ自体は魅力的でそれなりの説得力もあるのだが)を見てると。
 
 このコンサートにがっかりした人たちは、きっと、因習的な宗教音楽の鑑賞態度の枠から逃れられない保守的な人たちだとクリクから思われるんだろう。

 このユニヴァーサルな静寂については、オリバー・サックスがその新著『Musicophilia』が、音楽が記憶障害の人を孤独から救う例としても書いている。サックスの本は人気があるし、フランス語訳はたちまち出たので、日本語訳も出るんだろう。絶対面白いと思う。






 

 
# by mariastella | 2009-01-26 18:04 | 音楽

Van Dyck の不思議

 最終日近く、ジャクマール=アンドレ美術館にようやくヴァン・ダイク展を見に行った。この美術館はニッシム・ド・カモンドと共に、なぜか、とっても落ちついて、前世で住んでたんじゃないかなあ、と思える場所なんだけれど、この寒いのにえらく込んでいて、道にまで列ができていたので驚いた。

 で、ヴァン・ダイクだが、今回は肖像画だけで、ドラマチックな宗教画はないのだが、かえってぞくぞくした。

 ヴァン・ダイクの描いたマグダラのマリアは、17世紀のバロック時代における一連のマグダラのマリアの絵画表現の出発となったものだと思う。
 彼なしには、たとえば、Nicolas Regnier や Claude Mellan の マグダラのマリアの表現は生まれなかった。マグダラのマリアのイメージといえば、それまでは、罪の女時代の肉感的なものと、苦行をした後の壮絶な姿に引き裂かれていたのが、Van Dyck は 一種 atemporel 非時間的なものを持ち込んだ。

 彼の描く貴族たちの肖像を見ていて、圧倒的な上手さにも感心するが、何にもっとも驚かされるかというと、elegance と arrogance の共存だ。
 
 エレガンスというのは、バロック時代のフレンチ・エレガンスの意味で、「もてるものを全部見せない、出さない、マキシマムを強要しない」という感じで、後のロマン派が垂れ流すような情熱や不安などは、抑制されて、人工的頭脳的に再構成されて提供される。

 アロガンスというのは、一種投げやりな横柄さ、尊大さ、傲慢さであり、一見すると、エレガンスと対極にあるんじゃないかと思うかもしれない。

 ところが、ヴァン・ダイクにおいては、この二つが自然にハーモニーをなしているから意外で味わい深いのだ。

 それが独特の elegance nonchalante を醸し出している。つまり、天然のゆったりした無頓着な感じを伴うエレガンスであり、末梢神経をくすぐるような緻密さは表に出てこない。

 このアロガンスがどこから来るのかといえば、画家にとってはその圧倒的な技量、技術、天才から来る。つまり、そのやすやすとした感じ、facilite から来る。
 そして彼のモデルとなる王侯貴族たちにおいても、その、貴族ゆえに浮世離れした生来のnonchalance が、自然な尊大さにつながるのである。

 チャールズ一世の表情にあふれるメランコリーはまるでこの人が清教徒革命でやがて処刑される運命を暗示しているかのように見えてしまう。しかし、その心もとない、胸を締めつけられるような哀しみの発露にかかわらず、王権神授を唱えた絶対君主の息子として生まれて専制を続けた「生まれながらの権力者」だけが持ち得るような、どこか投げやりで、人生を外側から見ているような冷たく尊大な非現実感がある。

 絵のスタイルのエレガンスと、画家の才能とその確信からくるアロガンス、そこに、モデルの王侯貴族の出自から来る独特の投げやりさをまとったアロガンスが加わって、ヴァン・ダイクの肖像画には、エレガンスとアロガンスが並び立つ。

 風味があって、冷たさまでが、いとおしい。
# by mariastella | 2009-01-25 04:00 | アート



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2026年 02月
2026年 01月
2025年 12月
2025年 11月
2025年 10月
2025年 09月
2025年 08月
2025年 07月
2025年 06月
2025年 05月
2025年 04月
2025年 03月
2025年 02月
2025年 01月
2024年 12月
2024年 11月
2024年 10月
2024年 09月
2024年 08月
2024年 07月
2024年 06月
2024年 05月
2024年 04月
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧