L'art de croire             竹下節子ブログ

タグ:カトリック ( 60 ) タグの人気記事

ビンゲンのヒルデガルド研究の決定版

なかなかまとまった本が読みないので、できるだけ新しい本を買わないようにしているのだけれど、このヒルデガルド・フォン・ビンゲンの研究書は画期的だ。
c0175451_22075663.jpeg
c0175451_22090918.jpeg
ベネディクト16世によって「教会博士」の称号を授与されたとはいえ、20世紀末以来のヒルデガルドのブームは、音楽作品などを除いては、主として、幻視にまつわる神秘主義的サブカルや、自然食や医食同源の「中世の知恵」的サブカルの二つに回収されていた。
あるいはカトリック界で政治的影響力を行使したとしてフェミニズムのコンテキストで語られることもあった。

そんな彼女についての「通説」を覆して、中世史の碩学であるマインツのフランツ・シュターブが、ヒルデガルドを本格的な歴史研究のテーマにして取り組んでいたことはよく知られていた。けれどもシュターブが2004年に61歳で亡くなったので、それきり新しい研究成果のことは知らなかったのだけれど、この夏、パスカル・フォトリエが、シュターブの研究を踏まえたヒルデガルドの伝記を出版した。

フランス語で読める!

パスカル・フォトリエは、ショパンやナポレオンの伝記も出している女性の文学研究者だ。
ナタリー・サロートの専門家でもあり、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの研究もしている。ヒルデガルドも、そういうフレンチ・フェミニズムの視点からもとらえられているかもしれない。

日本では1994年に種村季弘さんが青土社から『ビンゲンのヒルデガルドの世界』という本で、ヒルデガルドの魂のドラマとか宇宙論の全容などと風呂敷を広げていたのを読んだことがある。種村さんだから、「幻視者」寄りではある。

今度の本で知ることのできる新事実が楽しみだ。

公式サイトに昔いろいろ書いていこうと思っていたのが、そのままになっている。
ここに少し。

このブログ内でヒルデガルドを検索したら一つしか出てこなかった。
でも読んでみるとなつかしい。

こうしてみてみると、けっこう長い間ヒルデガルドについて書くことを封印していたのだろうか。
でも、彼女のことはずっと考えていたので、この本を読むことでブレイク・スルーの予感がする。





[PR]
by mariastella | 2018-10-14 00:05 |

パリ外宣と不思議のメダルの聖堂

日本へのお土産用の「不思議のメダイ」を買いに久しぶりに「不思議のメダイのノートルダムのチャペル」に行った。

すぐそばのパリ外国宣教会ではインドのベナレスで宣教活動をして10年になる宣教師の「絶対の探求--インドとチベットの間」という写真展をやっていた。

c0175451_06225274.jpeg

c0175451_06232528.jpeg
この人は『ベナレスの司祭』という本も出している。ガンジス河が美しい。

c0175451_06234894.jpeg
このau-dedansというタイトルは新鮮だ。「内に向かう」何か。絶対とか超越とか聖なるものとかを求める時は天に向かいそうだけれど、実はそれは自らのもっとも内側の深いところと通じている。

うーん、でも、フランス人によくある「インド症候群」を思い出してしまった。

カトリック文化に浸って宣教師になったフランス人が、突然ベナレスになぞ行けば、それは大カルチャーショックだろう。実際、写っている人物のほとんどはヒンズー教、仏教、ジャイナ教の人々ばかりなので、さすがに気が引けたのか、わざわざ「カトリック教会はすべての宗教の中の真なるもの聖なるものを否定するものではない」という第二ヴァティカン公会議の言葉を引いている。

ガンジス河に大量に放水される工場汚水だとか岸壁にびっしりはりつくゴミの山だののドキュメンタリー映像を最近見たところだから、ますます複雑な気分になる。このヴァヌー司祭でさえも、「自分は現実を見ないで理想化しているのだろうか」などと自問をしている。


で、気を取り直して不思議のメダイこと奇跡のメダル聖堂に行くと、ここはもう、なんというか安定の巡礼地だ。じっと座って祈っている人々の表情を見ているだけで、ガンジス河やヒマラヤに行かなくても、聖母マリアにすがるこれらの人々のau-dedansの濃密さに圧倒される。


c0175451_06240829.jpeg
c0175451_06245465.jpeg
昔、母をはじめて連れて来た時に、ここに立ち込める祈りの波動としか言えないような衝撃に母が驚いていたことを思い出す。「家内安全」みたいなものをお願いする気は吹き飛ぶ。


[PR]
by mariastella | 2018-10-13 00:05 | 宗教

ローマ教皇と北朝鮮

北朝鮮の金正恩がローマ法王を招待する、熱烈歓迎する、と言ったことが日本でも報道されていた。

確か日本政府も来年の教皇来日を計画していたはずだ。

ひょっとして北朝鮮訪問とセットになるなら、いったいどういう反応が起きるのか見ものだ。

世界的に人気のあるフランシスコ教皇は、2014年に最初のアジア訪問先として韓国を選んだ。その時期をチェックするために日本語のネットを検索したら、いわゆる「嫌韓」の記事が出てきたのには驚いた。

空港に着いた教皇の迎えが大衆車だったのが失礼だとか、教皇が土下座している銅像をつくったとか、教皇が韓国人に苦言を呈したとか、いろいろある。

もともと韓国はキリスト教の人口が多く、カトリックも重要なポジションだ。どうしてそうなったかについては、『神と金と革命がつくった世界史』の中に書いた。

で、2014年は朴槿恵大統領の時代で、彼女もミッションスクールで学び中学生の時にカトリックの洗礼を受けている。今の文在寅大統領はさらに信仰篤いカトリックとして知られていて、就任後すぐにバチカンを訪れている。教皇の「対話外交」にインスパイアされていると言われる。

で、今回、9月の3度目の金書記長との会談には韓国司教会議議長でもある光州大司教を同行した。そこでこの招待が話題になったということで、金書記長は教皇に平和のメッセージを知ってほしいと言ったという。1018日にバチカンに行く文在寅大統領からこの北朝鮮のメッセージが教皇に伝えられる、ということらしい。

このことについて教皇がどう反応するかと問われたバチカンの広報官は「まず招待が来るのを待ちましょう」と答えた。

北朝鮮とバチカンにはもちろん外交関係はなく、公式には無神論体制で宗教は完全に国家に統制されている。けれどもバチカンの外交官と北朝鮮の代表者が非公式にすでに何度か話し合っているという。

20世紀はじめには「アジアのエルサレム」とまで呼ばれた首都平壌の中心地にある唯一の教会の香部屋にはローマを訪れた韓国人の信徒たちがヨハネ=パウロ二世と握手している写真が掲げられているという。韓国教会の司教や司祭たちもこの教会を訪問しているし、何よりも、人道支援の交流で活躍している。2017年には北朝鮮の外交官が、「カトリックの人道団体の支援活動は、スパイを送り込む他の大手人道組織よりも正直で真摯で効率よく、いい仕事をしている」とフランスのカトリック・ジャーナリストに語った。

宣教司祭たちは北朝鮮の医師などと宗教について語ることもあるがもちろん「宣教」「布教」は禁じられている。と言っても、今のカトリック教会、今の教皇の考えは、布教でなく相互理解、対話、平和共存が郵船なので、「秘密の布教」をする必要も心配もないわけだ。


どういう形であれ、ローマ教皇が東アジアの平和に貢献してくれることを願うばかりだ。


[PR]
by mariastella | 2018-10-11 00:05 | 宗教

ヴェズレーのマリー=マドレーヌ

お知らせです。

10/28に、信濃町の真生会館でお話しするアートと信仰とインスピレーションについての講座に参加してくださる方に、このブログの8月末から9月にかけて書いたブルゴーニュ紀行のメインであるヴェズレー(ここから)の巡礼土産として定番のメダル(日本のカトリック風に言うと「おメダイ」)をプレゼントします。

こういうの。裏表です。
c0175451_17172305.jpeg

ヴェズレーのサント・マリー=マドレーヌと書いてあります。で、MAとMA。

昔、ある有名な霊能者のお宅に伺った時、あるメダルに刻まれたラテン語の意味を教えてほしいと言われたのを思い出します。

字が小さくて読めなかったので、その方に書き出してください、と頼むと、その方もはっきり読み取れず、同行のテレビ局の人も読めせんでした。

みんな老眼がはじまっていたんですね。

今なら、すぐに、スマホなどで撮影して拡大して読んでいることでしょう。
というより、今なら、誰でも、そうして読み取ったものをネットの翻訳サイトでラテン語から日本語に移せば楽勝でしょう。

時代は変わったなあと思います。

でも目をしょぼしょぼさせて、何が書いてあるかあまりよく分からないものを大切にしていた時代もそれなりになつかしいですね。

おメダイの「ご利益」は分かりません。
パリの「不思議のメダイ」も少し持っていこうと思います。
こちらの方は、「信じていない人でもOK」、24時間メダイに託して祈っている修道会もあるから心強そうです。(でも、少なくとも、差し上げる方が信じている必要がある、ということですから、どうでしょうか‥。)

(講座の案内はこれ

[PR]
by mariastella | 2018-10-08 00:05 | お知らせ

愛は掟

先日、「今日の心の糧」というカトリック系のラジオ番組をネットでも配信しているサイトで、

タイトル:「人生を変えた言葉」執筆者:末盛 千枝子

というのを読んでなるほどと思った。

そのはじめの部分をコピー。

                 

 >>>私が大学に入学した時のこと、母が私に、「どこの大学にも、カトリックの集
まりがあるはずだから、そこに籍だけでも入れておきなさい。人生に悩んで、親
ではなく、誰かに相談したいと思うことが必ずあるはずだから。」というのです。

 私は、時代的なこともありましたし、洗礼を受けたのは、小学生の時でしたし、
自分がキリスト教徒であることを、しかもカトリックであることをなんとなく不
自由で、うしろめたいことに感じていました。
でも、面と向かって母に反対するほどの勇気もなく、仕方なくという感じでカト
リック栄誦会というクラブに入ったのです。
ところが、そこで出会った学生たちは、私が恐れていたような堅苦しい人たちで
はなく、実に気持ちのいい人たちでした。

 そして読書会や定期的にあった集まりには、いろんな講師もお見えになりました。
そんなある日、沢田和夫神父様がお見えになって、
たった一言、「愛はすすめではなく、掟です。」と静かに、しかし、強い口調で
おっしゃったのです。
そのときのショックは忘れられません。脳天に一撃を食らうというのは、こうい
うことを言うのだと思ったほどでした。<<<

なるほど。

私が大学に入った時も「聖書研究会」というのは見かけたけれど、カトリック系の集まりがあるかどうかなどとは思いもつかなかった。聖書何とかとかキリスト教何とかというのは、悪くするとカルト、よくても超まじめな融通のきかない集団か自己満足な人たちの集まり、くらいの漠然としたイメージだったろうか。

これを読むと確かに、「カトリック系の集まり」というのは一つの知恵かもしれない。

プロテスタントには諸派あって、とても、素人には識別できないし、本当にカルトがひそんでいるかもしれない。いわゆる無教会派というのもあるけれど、それは指導者の技量や人格に激しく左右されるだろう。

その点「カトリック」と名がつけば、ヴァティカンを頂点に、「教え」や「方針」が明確で公に書かれているから、明確だし、第二ヴァティカン公会議以降はいわゆる「勧誘」はないはずだから、「信者」でなくとも受け入れてくれるはずだ。

別に宗教的、あるいは哲学的な悩みの種がない学生には必要ないかもしれないけれど、霊的なことに「免疫」がない若者が、人生でふとした疑問や不全感を抱いたときにカルトに付け込まれるという例があるし、オウム真理教事件を見ても深刻な結果を招きかねない。「仏教系」というのもありかもしれないけれど、これも教派がたくさんあって、仏教系カルトだってあるのだから、識別はつきにくい。そう思うとカトリックってなかなか手頃な停泊地かもしれない。

で、その次の、「愛はすすめでなく、掟です」というのもすごい。

たしかに、「すすめ」くらいで「汝の敵を愛せよ」なんて言われても絶対に無理だ。

フランスのカトリック系の中学校の入学式で、

「学校の全員、クラスの全員を愛さなければならない、とは言いません。けれども、全員をリスペクトしなくてはなりません。これだけは譲れないことです」

という言葉を聞いたことがある。

全員を愛せよなどと言う建前や理想論ではなく、現実的な最低線をちゃんと示すのはなかなかいいなあと感心した記憶がある。

けれども、聖書にはちゃんと

心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい」

という掟があるわけで、その隣人というのも、「同じ共同体の人」というのではなく、たとえ行きずりでも困っている人に手を差し伸べる関係だと明確に述べられている。

神を愛することと神の似姿として創られたすべての人を愛することはセットになっているのだ。

そしてそれはとても「勧め」られて実行できるようなことではない。

だとすれば、全ての人を愛することが「不可能」なくらいに、神を愛することも不可能だ。

そんなことができるのはまさに「神業」だ。

で、「掟」。

神の掟は人間の掟とは違う。

人間の掟では、個体や共同体の存続が優先するから、侵入者や弱者や少数者は排斥され、攻撃されれば報復する。「敵」は「悪」であり、憎み抹殺すべき存在だ。でも人間社会の「敵」は時と場所によって変わる。昨日の敵は今日の友、「鬼畜米英」が「日米安保条約」に。

今日の「多数の正義」に従っていたら明日は裁かれて殺される身になるかもしれない。

そんな「人間の掟」の世界で、不可能に近いような「神の掟」を守るというのは、ある意味で究極の「自由意志の行使」なのかもしれない。


[PR]
by mariastella | 2018-09-19 00:05 | 雑感

ブルゴーニュ  その19 サン・ペール

ヴェズレーから数キロ離れた小さな村サン・ペールは、最初にヴェズレーにやって来たベネディクト会の修道院の分院もあったところだ。もう何も残っていないけれど、ここにはゴシック大聖堂のミニチュア版のようなノートルダム教会がある。13世紀から15世紀にかけてのブルゴーニュの建築技術の粋を極めた傑作だと言われている。


村の入り口に巨大樹の木陰にテラス席が広がるレストラン。

c0175451_19225263.jpeg
c0175451_19240852.jpeg

c0175451_19343033.jpeg
村の中心に向かうと、教会の尖塔の十字架が見えてくる。


全貌が見えてくる。

c0175451_19352942.jpeg
c0175451_19383455.jpeg
古くて黒ずんでいるけれど風雪に耐えた感じのファサード。

ここもヴィオレ=ル=デュックが修復した。

小ぶりなので、「子持ち風ガルグイユ(ガーゴイル)」もすぐそばに見える。

c0175451_19393837.jpeg

c0175451_19402871.jpeg

中もゴシックのカテドラル仕様。
c0175451_19440006.jpeg

c0175451_20004309.jpeg
ラッキーだったのは、その日のコンサートのリハーサルを聴けたことだ。

カウンターテナーを中心としたアンサンブル・セラドン。


その日のタイトルは「DEO GRATIAS ANGLIA」。

コンサートの曲目は、13世紀から15世紀にかけてのブルゴーニュの作者不詳の典礼音楽とイギリスのキャロル音楽の組み合わせだ。

時は英仏百年戦争、ブルゴーニュ公国はイギリス側と連携していた。

で、イギリスの民衆舞曲が教会音楽に転化したものが混ざっている。

もともと教会の祝祭行列で使われたようで、鈴を振りながら歩いて歌う。その動き方と音の響き方を試行錯誤しているところ。

c0175451_19553208.jpeg

変化に富み、非常に魅力的で、ナイーヴさとバイタリティが同居している。

アンサンブルのメンバーと話ができたのは、コンサートを聴きに来たよりありがたかった。

ノートルダムを出てシェール川を渡る。
c0175451_19580172.jpeg
c0175451_20032409.jpeg
c0175451_19563980.jpeg

木靴(サボ)職人の店があるのも、まるで中世のテーマパーク風。

c0175451_20013427.jpeg
川を渡ったところから教会を見る。

c0175451_20082409.jpeg
川のせせらぎに癒される。

音楽が、どこにでも、ある。



(お知らせ) 新刊のコメントをアップしました。


[PR]
by mariastella | 2018-09-12 00:05 | フランス

ブルゴーニュ  その16 ヴェズレー 7

ジュール・ロワの家から坂を下りていくと、右手にジョルジュ・バタイユの家。

c0175451_20481027.jpeg
彼が住んだのは1942年から49年という「戦後」の時代。

ヴェズレーを去ってからも何度も訪れ、1962年に死んでこの地に埋葬された。


彼がヴェズレーについて書いたものには様々な「音」が喚起される。風の音、鐘の音、虫の鳴き声、鳥の鳴き声。バタイユと言えば「無神論者」と自称していたのだから、一見ヴェズレーと異質のようだが、彼の全作品と生涯は神秘主義とエロティシズム、死と生と聖なるもののはざまで揺れ動いている。

もともとランスで暮らしていた時に、第一次大戦勃発時、17歳でランスのカテドラルでの司教ミサに出て「回心」し、一度は司祭になろうとして神学校にも在籍していたくらいだから、「神が存在しない」というタイプの無神論者とは程遠い。

「この世のカトリック教会の神」より大きな霊的存在を求めていたらしい。

ジュール・ロワもそうだけれど、20世紀前半を生きたフランス人はみな、2度の大戦のトラウマを背負っている。それが、イエスの復活に唯一立ち会った「罪の女」マグダラのマリアに惹かれる要因になったのかもしれない。

フランスが愛国熱に駆られた第一次大戦にはっきりと異議をとらえたロマン・ロランの晩年の家もヴェズレーにある。

c0175451_23373090.jpeg


こう見てくると、ヴェズレーは「巡礼地」ではなくて「住みたい場所」なのかもしれない。

なんとなく、分かる。(続く)


[PR]
by mariastella | 2018-09-09 00:05 | フランス

ブルゴーニュ  その15 ヴェズレー 6

バジリカ聖堂を出てすぐ右に、ジュール・ロワの家がある。

c0175451_23370386.png

ここから見える聖堂は最高のアングルで、ヴェズレーへの「狂おしい愛」を切々と語り続けた彼の冥利に尽きる。

c0175451_20460269.jpeg

この作家は、1907年フランス領アルジェリアに生まれ、空軍パイロットとして第二次大戦で戦い、最初はヴィシィ政権を支持したが後でドゴールの自由フランスの空軍に加わる。第二次大戦後はすぐにインドシナ戦争に従軍したが、このあたりでフランス軍も含めた戦争の野蛮さや不条理に耐えられなくなって辞職。ジャーナリストとしてアルジェリア戦争にも従軍し、その残虐さを告発し、数々の戦争を総括するアクティヴな平和主義者になった。

1978年からヴェズレーのバジリカ聖堂の斜め向かいの家に住み、多くの政治家、文学者らが彼のもとを訪れた。2000年に93歳で死に、ヴェズレーに埋葬された。

彼の書斎がそのままの形で残されている。ここも無料。

c0175451_23364375.png

c0175451_20572027.jpeg

これはロストロポーヴィチがヴェズレーでのバッハ無伴奏チェロ組曲のコンサートと録音をした際の記録を本にしたもの。『ロストロポーヴィチ、ゲンスブール、そして神』

非常におもしろい。


ヴェズレーでロワと暮らしていたタチアナ夫人はロシア人だったのでロストロポーヴィチのために通訳もした。

ロワは、信者でないとバッハは弾けない、と断言している。

また、バッハに一番感謝しなければならないのは神だとも。

復活祭の聖週間、3月のまだ底冷えのするバジリカ聖堂での練習風景やコンサートでのアンコール演奏が五番のサラバンドというさらに凍りつくチョイスなどが詳細に書かれている。

私はロストロポーヴィチのこの演奏を聴いたことがないので何とも言えないけれど、ロワの文を読む限りは、「舞曲」とはかけ離れた感じだったようだ。


最も興味深いと思ったのは、ロストロポーヴィチが、自分は絶対にロシア正教の教会の中では弾かない、と言ったというエピソードだ。なぜなら、装飾品が多すぎるからだそうだ。

確かに。


ドイツ、イタリア、ハンガリーなどのカテドラルにもインスパイアされなかった。

ヴェズレーではすぐにここがバッハを弾く場所だと分かったという。


ヴェズレーのバジリカ聖堂は、簡素そのものだ。音響はすばらしい。


今回ヴェズレーに来た目的の一つが夜のコンサートだ。


「奏楽の動物たち」が修復されず居場所を与えられなかった聖堂で、17世紀のミサ曲を聴く。

(続く)


(お知らせ)新刊が出ました。

c0175451_21562170.jpeg
サイトでもまたお知らせします。








[PR]
by mariastella | 2018-09-08 06:01 | フランス

ブルゴーニュ  その14 ヴェズレー 5

聖堂の奥の方に、昔は壮大な修道院棟が続いていた。

今は残ったその一部が博物館になっていて、19世紀のヴィオレ=ル=デュックが柱頭彫刻などを修復した記録が残っている。

その一部は、修復できなかったオリジナルで、新しいものと取り換えられた。

個々ではオリジナルを見ることができる。

c0175451_19401710.jpeg
たくさんの紋章がかかっていた。これは、ヴェズレーが単独で世界遺産になってから、再びサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の道の一つ(フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼地)として1998の年に世界遺産に指定されてから20周年ということで、サンティアゴに行くまでに通過する場所の紋章を展示したものだ。


ヴィオレ=ル=デュックの仕事は驚くほど緻密だ。

c0175451_19500490.jpeg

デッサン。


こういう天使が

c0175451_19491147.jpeg

こうなる。

c0175451_19475643.jpeg

描かれた聖書と言われる柱頭群は傑作ぞろいだけれど、聖書だけではなく聖人伝もある。

これは聖アントニウスを誘惑する悪魔。

c0175451_21113692.jpeg
c0175451_22375374.jpeg
これも聖人と悪魔。

ブルゴーニュ風の葡萄畑の場面もある。

3月はまだブドウの木が成長していない。

c0175451_22350065.jpeg

4月になると葡萄の葉をヤギに食べさせることができる。

c0175451_22352706.jpeg

この場所でしか見られないのは「奏楽の天使」ならぬ「奏楽の動物たち」。

これはヴィエルを弾いている。弓が欠損している。

c0175451_21082154.jpeg
完全形はこれ。
c0175451_21094041.jpeg


これは、楽譜を持っているのではなく、パンフルートを吹いているところ。

c0175451_21102028.jpeg
ヴィエルもパンフルートも、鳥の求愛の連想で堕落した「世俗音楽」とされ、この動物の横には、片側に、淑女が配され、反対側には、音楽を聴いて踊り、胸をはだけた遊女風に「堕落した」姿が配されていたという。

なぜかこの奏楽の動物の柱頭は復刻されないままになった。

c0175451_22341202.jpeg
本来ならこの部分だ。

ネットで「奏楽の動物たち彫刻」をフランス語で検索したら、ところどころに残ってはいるようだ。

でも最初にヒットするのがグリム童話の「ブレーメンの音楽隊」の彫刻だったのは笑える。

修道院跡から裏手に回るとブルゴーニュ風景のパノラマが見える。

c0175451_22355281.jpeg


[PR]
by mariastella | 2018-09-07 00:05 | フランス

ブルゴーニュ  その13 ヴェズレー 4

「聖遺物」が「類推魔術」のような効果をもたらすためには「量」や「形」(聖女リタはミイラのまま飾られている)に左右されるのかもしれない。 その点、リアルな姿を表現した「彫像」は人の心をインスパイアしてくれやすい。

大聖堂にあるマリー・マドレーヌのチャペルにはこういう像がある。

c0175451_01332229.jpeg

ちゃんとここにも柱のところに「聖遺物」がはめ込んである。


c0175451_01354494.jpeg
c0175451_01363916.jpeg

ロウソクも供えられている。

この女性像を見上げると、地下の豪華な聖遺物入れを前にした時よりも、聖処女マリアと原罪をもたらしたイヴとをつなぐ架け橋としてマグダラのマリアに託されてきた人々の思いが伝わってくる。(続く)

c0175451_01361287.jpeg


[PR]
by mariastella | 2018-09-06 00:05 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ある戦没者追悼碑
at 2018-11-15 00:05
ある兵士の手紙
at 2018-11-14 00:05
第一次大戦戦没者追悼式典
at 2018-11-13 00:05
機内で観た映画 2 『22..
at 2018-11-12 00:05
機内で観た映画1 『終わった人』
at 2018-11-11 00:05
渋谷川
at 2018-11-10 00:05
大阪で
at 2018-11-09 00:05
よそのネコ
at 2018-11-08 00:05
御殿場高原
at 2018-11-07 00:05
久しぶりの京都
at 2018-11-06 00:05
日本で買った本
at 2018-11-05 00:05
久しぶりの奈良
at 2018-11-04 00:05
藤原真理さんのコンサート
at 2018-11-03 00:05
道徳と倫理--- アレクサン..
at 2018-11-02 00:05
アレクサンドル・ジョリアン ..
at 2018-11-01 00:05
アレクサンドル・ジョリアン ..
at 2018-10-31 00:05
アレクサンドル・ジョリアン ..
at 2018-10-30 00:05
アレクサンドル・ジョリアン ..
at 2018-10-29 00:05
大いなる健康ーーーアレクサン..
at 2018-10-28 00:05
アレクサンドル・ジョリアン ..
at 2018-10-27 00:05
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧