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L'art de croire             竹下節子ブログ

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ノートルダムの疎開先  その3

説教壇に立ったオプティ師が真っ先に口にしたのは、

「女は男の将来だ」La femme est l'avenir de l'homme

という言葉。

日本語にするとちょっと分かりにくい。

男の将来は女にかかっている、という意味だけれど、フランス語の「男」は「人」一般も差す。

(けれどそれがよくないというのでフェミニストは「人」という言葉の代わりに「人類」という言葉を使えと言っている)

ともかく、「人の将来は女次第」という風にも聞える。

この言葉はすごく有名で、

ジャン・フェラという歌手がそれをタイトルに歌ったシャンソンはスタンダードナンバーになっている。



もとははシュールリアリズムの詩人であるルイ・アラゴンの言葉で、「男の将来は女だ」"l'avenir de l'homme est la femme"と言ったのをジャン・フェラが順番を変えた。アンダルシアを舞台に異文化との共存を歌う『エルザに夢中』(1963)の中に2度出てくる。

ジャン・フェラはアラゴンの詩にそのまま曲をつけて歌っているのが10曲もありるのだけれど、このヒット曲はアラゴンの詩ではなくて、「アラゴンが言うとおり」と引用して歌っているのだけれど、こちらの言い回しの方が有名になったのだ。

「詩人はいつもわかってる。

地平線より上を見る。

未来は詩人の王国だ。

我らの世代を前にして

僕はアラゴンのように宣言する

女が男の将来だって。」

から始まり、

「男たちが法律を作り聖書を根拠になんと言おうとも、

イヴとリンゴのイメージを詩人たちは破る」、

と言って、またアラゴンと共に「女が男の将来だ」と宣言する。


で、オプティ師は、「これは本当ですよ、なぜなら女とはマリアのことです。我々みんなの将来は聖母マリアにかかっているのです。だって天の門を開いてくれるのは聖母マリアなのですから」

と続けた。

人が神との関係に入る時のかけ橋となってくれるのが聖母。

みんな、そんな必要はないと思っているかもしれないが、いつか死の時が来たら、何に頼れますか?


という展開だ。

体について興味深いことも言っていたけれど、私の思ったのは、


ああ、この人って、ほんとうにマリアさまが好きなんだろうなあ、

ノートルダムが焼けてショックだったろうなあ、

でも聖母像がみな無傷で嬉しかったんだろうなあ、


ということだった。

聖母を崇敬している人たちって、強くて弱い、弱くて、強い。








by mariastella | 2019-08-18 00:05 | 宗教

ノートルダムの疎開先  その2

サン・シュルピス教会に入ったのは久しぶりだ。

『ダ・ヴィンチ・コード』の時はすっかり有名になってアメリカの観光ツアーなどが来ていた。子午線や天文時計がお目当てだった。
私はもう35年以上前に、解説ツアーに参加したことがあって、その時のことは今もよく覚えている。ドラクロワの絵にもちろん感激した。

聖母被昇天祭は、今は公現祭などと同じで日曜日のミサと合わせてやることになっているので、祭日にもかかわらず8/15に特別ミサをする教会は実は少ない。

でも、ノートルダム大聖堂は、そこで聖母にフランスを奉献したルイ一三世やそれを感謝するルイ一四世が像を造らせたものがあるのだから、被昇天祭がすごく大切なものになる。フランス革命後のナポレオンですら、8/15を自分の誕生日で聖ナポレオンの日として祭日にしたのでずっと残った。

サン・シュルピス教会はノートルダムのようなゴシック大建築とは違って宗教戦争後の建物で、17、18世紀の意匠だけれど、フランス革命で司祭たちが革命政府に忠誠を誓わされるのを断固拒否した教区司祭の勇気によって、教会の破壊や収奪を免れたという由緒がある。
1791年1月9日の劇的なシーンはこの説教壇上だった。
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ミサの後に、バチカン国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿が完璧なフランス語でフォローしていた。すごく感じのいい人だった。
ノートルダムもそういえばここ数年は入ったことがなかった。テロ騒ぎ以来、パリの観光名所は避けていたからだ。(そしたら今日のサンシュルピスで怖がるな!というヨハネ=パウロ二世の言葉と顔を書いたプラカードを持っていた人がいた)

サン・シュルピスはノートルダムと違ってロマン派先取りっぽくエモーショナルだ。
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聖歌などはラテン語。左にフランス語がある。カテドラルの疎開先だから、外国人の聖職者や信徒もたくさん来ているから「共通語」なんだろう。
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オプティ師が最後にパリ大司教らしくパリのメイン守護聖人に祈った。
聖女ジュヌヴィエーヴと聖ルイ王。

オプティ師は、最後に、ノートルダムの屋根が崩れ落ちても聖母像は立っていた、聖母は我々が立っているよう支えてくれる、と言った(あの時に聖母像も損壊していたらなんて言ったんだろう…)けれど、メインの説教ではノートルダム大聖堂のことには触れなかった。その代わりにこういうフレーズを真っ先に口にした。(続く)



by mariastella | 2019-08-17 00:05 | 宗教

ノートルダムの疎開先  その1

8/15は聖母の被昇天祭。
フランスは祭日。

フランスのカトリックにしか意味がないだろうけれど、ルイ一三世がフランスを捧げたのはこの「被昇天の聖母」だ。正教会の聖母は被昇天していないし、プロテスタントも聖母の地位は格下げられたから、「被昇天の聖母」はカトリックご用達、特にフランスでは自分ち御用達というわけだ。

でも、今年はノートルダム大聖堂が使えなくなったので、聖母マリアの行事はサン・シュルピスに疎開。

恒例のセーヌ下りなどの行事も、ノートルダム大聖堂のあたりは今、焼けおちた塔の鉛公害のせいでかなり大変だ。それでも今朝9h30に出発した聖母子像が11時にようやくサン・シュルピス教会の入り口に見えてきた。打ち鳴らされる鐘とアベマリアの唱和。
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行列が入ってくる。
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これはミサの終わりに戻っていくところ。
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オルガンが見える。
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パリ大司教のオプティさんも。
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聖母子像は香部屋にしまわれる。
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いつも通り聖墳墓騎士団の人たちが活躍。
でも、ノートルダム大聖堂に行けなくてかわいそう。

広場は通行止めになっていたけれど、すごい人かと思っていたら、そうでもなかった。ノートルダム大聖堂と違って観光客が圧倒的に少ないし、パリのブルジョワ信徒たちはバカンス中だし。教会は満席だったけれど教会前に設置されていた大スクリーンは、必要なかったのでは、という感じだ。(続く)


by mariastella | 2019-08-16 00:05 | 宗教

アートの教区 パリのサン・ロック

これまでも時々紹介してきたけれど、パリの教区司祭にはユニークな経歴の人がかなりいる。

パリ大司教そのものが公立病院で総合医として10年診療していた後で神学校に入った人だ。


パリ中心部のサン・ロック教会の司祭であるティエリー・ローラン師は中でも経歴がユニークだ。


16歳ころにいちおう司祭の道を思い浮かべたこともあったそうだから、カトリック環境で育ったのだけれど、とにかくエネルギッシュで、まず士官学校に入って軍人になった。

けれどもパラシュート事故で軍を離れ、今度は法律の勉強をして27歳で弁護士になり、生来の弁舌を活かして活躍していた。

ところが弁護士事務所のボスから共同経営者にならないかという話を持ちかけられた時に、突然、自分のとるべき道が分かり、すべてを捨てて、神学校に入る前の準備クラスに登録した(パリにあるサン・オーギュスタン館で、「召命」を確信いるために1年の識別期間を過ごす)。


15歳も若い他の学生とやっていけるのかも不安だったけれど、一番心配だったのは、それまでの給料が1万ユーロ(120万円くらい)だったのに、司祭の給料は900ユーロと、10分の1以下になるので、それで暮らしていけるのかということだった。(結局、消費が少なければ金は要らないということが分かったという。)

で、神学生の時にバングラデシュに派遣され、そこで地域の四種類くらいの言語を習得(ヨ-ロッパ系言語はすでに6ヵ国語を話せた)したものの、あまりの貧しさに、子供に毛布も支給できず、子供が凍死してしまったというショックを受ける。その後もバングラデシュとずっと関わっている。宣教などよりも「生きること」に手を貸し、命を守ることが「隣人愛」だと知った。


2010年、43歳で、パリのノートルダム大聖堂で他の8人と共に司祭叙階を受ける。法曹仲間も含めて700 人に招待状を送った。夜のパーティにも60人が参加した。


叙階前に『パリジャン』紙のインタビューで独身誓願は躓きにならなかったかと聞かれ、自由意志で選ぶ独身は辛くない、パリの男の45%は独身だ、とも答えている。確かに、今の大都会では独身者などめずらしくないし、高級の弁護士だった頃のローラン師もすでに独身生活に不自由は感じていなかったのだろう。


今は52歳、マルチリンガルの秘訣を聞かれて「お喋りだから」と答えていた。

とにかく、伝えたくてたまらない。

言葉によって世界にかかわりたい。

しかるべき状況に必要なしかるべき言葉を探したい。


いろいろな活動をしていろいろな情報を発信している。

今のフランス人の教会離れはよく知られているけれど、こんな人が出てきて自由に語るのが聞えてくるというところが、土壌の違いなのかもしれない。


by mariastella | 2019-08-12 00:05 | 宗教

アリエル・ドンバルのアベマリアの秘密

5月初めに日本から戻ってきた時、無神論ユダヤ人である友人が、アリエル・ドンバルが「アベマリア」を自分のSNSにアップしたのを見せてくれた。4/17、ノートルダム大聖堂が炎と煙に包まれた日から2日後だ。

アリエル・ドンバルはオペラ歌手になれたくらいの立派なソプラノだけれど、女優としての知名度と、ベルナール=アンリ・レヴィの連れ合いということで知られている。結構エキセントリックな人だとは知っていたけれど、その涙を流さんばかりの「アベマリア」の歌と、ノートルダムへの愛の告白の大仰さには驚いて、滑稽だと思った。火災直後のにわかノートルダム狂騒曲の典型で、巷の急な信仰熱にどう対応していいか分からなかったインテリ左翼無神論者のグループは、これを見ながら笑えることで「ガス抜き」ができるというわけだった。こういうやつ。



ところが、最近、アリエル・ドンバルがメキシコで少女時代を過ごしてすっかり中南米風の「信心」を身につけていることを知った。メキシコと言えばグアダルーペの聖母だし、パリに住むようになってからはもう「ノートルダム大聖堂」命、という人だったようだ。ノートルダムの聖母こそが彼女のメキシコとパリをつないでくれるものなのだ。

そういえば、ベルナール=アンリ・レヴィの妹がやはり過激な回心によってノートルダムで洗礼を受けたことを前に書いたことがある。


なるほど。この義理の姉妹の信仰熱はさぞや互いを増幅していたことだろう。

だから、ドンバルのあの動画は、にわかパフォーマンスや話題作りの演出なのではなくて、「本物」だったのだなあ、と感心した。

そう思って見なおすと、ドンバルさんやBHLの妹、かわいそうに、と思う。

大聖堂の火災という強烈なビジュアルのために、かえってバイアスがかかって感情移入できずに申し訳なかった。


複合的なコンテキストをまずちゃんと読み解くことが、私のような素直でない人間には必要だ。

ツィッターとかやってなくてよかった。


by mariastella | 2019-08-11 00:05 | フランス

サン・オーギュスタン教会

ミリタリー・サークルに行くとなれば当然、サン・オーギュスタン教会に寄ることになる。

で、久しぶりにサン・ラザールからオスマン大通りをサン・オーギュスタン教会の方に徒歩で行く。

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このあたりって本当に19世紀後半というかナポレオン三世の時代だなあ、と思う。

でも、左手のスクエアには、ルイ16世とマリー・アントワネットの遺体が21年間埋葬されていた場所を記念してルイ18世が造らせたチャペルがある。19世紀前半だ。

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遺体はサン・ドニのカテドラルの王の墓所に埋葬し直された。

サン・ドニの歴代の王の墓所はフランス革命の時に荒らされたから、ルイ16世と王妃は、ギロチンにかけられたとはいえ、後で丁重に王の墓所に戻されたわけだ。

ルイ18世も自分はサン・ドニへ埋葬されるはずだと知っていたけれど、他の家族のためにはオスマン通りの先にサン・オーギュスタン教会をわざわざ造らせたのだ。彼はルイ16世の甥で傍系だったからでもあるのだろう。


この教会にも久しぶりに来たら、工事が終わってぴかぴかになっていた。

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でも、白くなったのは表だけで、横手は黒っぽいまま。

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奥に見える塔はノートルダムのような鉛だらけで今公害をまき散らしているものではなく亜鉛だという。

全体に鉄筋が多く丈夫なロマンとビザンティンの折衷デザインだけれど、敷地が三角形なので、表の幅が狭くて奥行きが長い。

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聖母像にはいろいろなヴァージョンがあって、聖母子像、聖心の聖母、女王の聖母など、それぞれチャペルがある。


サン・オーギュスタンとは聖アウグスティヌスのことで、彼を回心に導いたおかあさんの聖モニカの像もある。

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これが息子のアウグスティヌス。
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これがおかあさんのモニカ。


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これはジャンヌ・ダルク。

この聖女ジャンヌ・ダルクは勇ましくなく陰影がある。
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不可能案件の聖女リタのチャペルもあって、願いがかなった感謝の奉納板がたくさんあった。


by mariastella | 2019-08-06 00:05 | フランス

豪華客船付き司祭の話  その2

(前の記事の続きです)


クルーズの経験などごく少ない私だけれど、カルテットの友人でヴァイオリニストのジャンはクルーズマニアで、飛行機のクルーズ世界一周も行っていた。

いろいろなものに挑戦し、特に、音楽クルーズでは、客が最後にはいっしょにオペラを上演するというのもあった。詩の朗読のクルーズもあった。日本なら句会のクルーズみたいなものがあるのだろうか?

ジャンは日本にも寄るクルーズにも申し込んでいて楽しみにしていたのに、ちょうどその年に311の大震災があって、クルーズが中止された。ジャンの失望は大きかった。

ジャンのおかげでさまざまなテーマのクルーズがあって趣味が同じ人たちが集まる独特なものが存在するのを知っていたけれど、クルーズ付き司祭のトマス神父の体験談には想像を絶するものがあった。


クルーズ会社にとって一番利益率がいいのは、「貸し切り」クルーズなのだそうだ。

普通のクルーズなら、中流の人がこつこつと貯金して何かの記念に奮発して参加する、というケースもあるけれど、「貸し切り」の場合は、富裕度が高いから、チップを含めて洋上の消費も限度がなくなるからだそうだ。

トマ神父は、貸し切りのケースではゲイの団体のクルーズに乗り合わせたことがある。

2000人もの同性愛者が集まるのだから、さぞや独特の雰囲気だったろう。それ自体は問題がなかったのだけれど、寄港地やスタッフがたとえばインドネシアだとかインドネシア人であるなどの場合、同性愛を罪とするスタッフの葛藤や反発があってそれが一番大変だったそうだ。


で、もっと驚いたのは、神父が乗り込んでいたクルーズ会社では一年に二度、ヌーディストの団体の貸し切りクルーズがあるのだそうだ。神父が乗り合わせたのはカナダのヌーディストのグループだった。

うーん、驚き。

ヌーディストというのは、専用ホテルやビーチなどがあるけれど、全裸で過ごすことを一種の健康法にしているベジタリアンみたいなもので別に露出や性的意味があるわけではない。

神父の同乗したカナダのヌーディストグループは平均年齢が65歳くらいだったそうだ。

で、その間、神父はほとんど船底の船室に閉じこもって、デッキや食堂にも顔を出さなかった。

でも、船のチャペルでミサをあげる。そこに平気で全裸で入ってくる人たちがいた。

彼はあわてて、服を着てくれと頼んだ。

実は乗船時の契約書の合意事項に、「ミサには着衣で」と書いてある。

神父がそれを見せると、みな納得して服を着てきたという。

もともとカトリックの人たちだろうから、教会では露出の多い服は避けるという「常識」は知っているだろうが、別に挑発しようと全裸で来たのではなく、彼らにとってはそれがあまりにも自然で、気づかなかったというのだ。

いやあ、いろんな人たちがいるものだ。世界にはいろいろな共同体があり、難民キャンプもあり、差別主義者のゲーテッドコミュニティだってあるけれど、期間限定で動く島国にはこんなにバラエティがあるのだ。


どんなところにも入っていける司祭っておもしろい職業だ。

彼にインタビューした人が、そんなに豪華客船で長く暮らして、消費主義や快楽主義にそまりませんか、羨ましくありませんか、と質問していたけれど、彼はどちらかというとスタッフの側に寄り添っているので充実している、そして、期間と空間限定であれ、多くの人が機嫌よくゆったり過ごしているのを見るのは楽しい、と答えていた。


そうだろうなあ、と思う。


by mariastella | 2019-07-26 00:05 | 雑感

豪華客船付き司祭の話  その1

フランスの海軍の船や長距離船に司祭が乗り込んでいるのは知っていたけれど、豪華客船のクルーズにも司祭が乗っているとは知らなかった。こういう移動する場所は特別教区扱いになっていることも知っていたけれど、クルーズとはね。

日本でも知られているイタリアの大手クルーズのコスタの船などもそうで、ヨーロッパ系のクルーズ船は担当司祭を募っているという。

もちろんカトリックの司祭だけとは限らないのだけれど、プロテスタントの牧師も、イマムやラビも、なぜか関心を示さない、キリスト教は伝統的に教会で信徒を「迎える」だけでなく、積極的に外へ出て、巡礼者や病者や一人暮らしの世帯の所に赴いたりすることが組み入れられているのでハードルが低いのだそうだ。


で、何千人という客を乗せるクルーズでは、もちろん無神論者やムスリムやいろいろいるだろうけれど、クルーズの最初にスタッフの紹介がある時に、口笛を吹いて揶揄されたことなどは一度もなかったそうだ。


『カゲロウの船』を書いたトマ・ズィグレール司祭は、過去に10年間もこのようなクルーズ付き司祭をしていた。

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船の中で毎日ミサを挙げるし、告解も聞く。

そのほとんどは客船で働くスタッフを対象にしているけれど、食事の時はいろいろな人のテーブルにつくので、悩みをきくこともあるし、結婚記念のクルーズ旅行である夫婦からは「祝福」を頼まれたりもする。

ローマンカラーにスニーカーという服装でデッキにいた神父は、「どうして司祭が乗り込んでいるのか」と聞かれて不快感を示されたこともあるけれど、何しろ非日常空間で時間はたっぷりあるからゆっくりと話し合って、その人も下船する頃には世界観がすっかり変わっていた、ということもあったという。

クルーズというとリタイアした夫婦などを想像するけれど、子供連れも多いから平均年齢は48歳、スタッフの平均年齢は28歳だそうだ。今50歳のトマス神父は、ちょうど信頼を置いてもらえるいい年代だったという。

船上で迎えるクリスマス・パーティでは、スタッフ全員が招かれて客といっしょに祝う。それは特別なひと時だった。スタッフはよく訓練されて愛想もいいけれど、普段はやはり客とは別で「友」の関係にはなれない。それがクリスマスにはきょうだいとなるのだ。


トマス神父はテーブルでアルコールはまったく口にしない。いつ何があっても完全にしらふでいるためだ。実際、急病になった客に付き添って、病者の秘跡を与えて最後まで看取ったこともある。


クルーズ船はあちこちの寄港地で停泊し、客はいくつかのグループに分かれたりして観光に出かけるが、トマス神父はそれに加わったことはない。寄港中は客がほぼいなくなるのでスタッフに余暇ができるから、告解を聞いたり相談に乗ったりすることに費やす。

実際、今、船が一体どこの港に停まっているのか、自分がどこに向かっているのかも意識しないことがあるという。

日常を忘れる豪華客船だけれど、地中海クルーズなどでは難民の難破船に遭遇することもある。それは決して見捨てられない。たとえアメリカの豪華船のキャプテンでも迷うことはない。客たちにも説明される。そういう時にも司祭の存在というのは見えない支えになっているのかもしれない。


日本の豪華客船というのはどうなっているのだろう。

司祭とか僧侶とか乗っているのだろうか。想像しにくい。


今の豪華客船はどんどん大型してまさに動く島国みたいだ。

私が最初にクルーズを体験したのは今から60年近く前、神戸港から瀬戸内海を通って別府までという一日クルーズだった。家族4人で乗り込み、船の中にプールや映画館があることが非現実的で浮き浮きしたことを覚えている。船の中なので、親と離れても自由にあちこちを探検できるのも楽しかった。

大人になってからは地中海クルーズにも参加した。いろいろなショーが満載で、客も国際色豊かで、プールどころかミニゴルフコースまであって、いろいろな島やトルコにも上陸できて確かに非日常的で楽しかったけれど、司祭なんていたのだろうか? まったく気づかなかった。

次にクルーズに参加する時は、司祭付きのやつにして、贅沢におしゃべりを楽しみたいと思ってしまう。(続く)


by mariastella | 2019-07-25 00:05 | フランス

カトリック教会の同性愛と性犯罪

カトリック教会の同性愛と性犯罪についてはもう何度も取り上げてきたけれど、20年来この問題に取り組んできて700ページ以上の大著を出した女性研究者が答えていたインタビューを聞いていて、あらためてなるほどと思ったことが2点ある。


一つは、フランスでは毎日曜日に教会に通うようなカトリック家庭は、保守的な階層が多い。貴族やブルジョワの階層もそこに含まれる。で、そういう階層の男性のうちの同性愛者の率というのはもちろん一般人と変わらない。けれども、保守的な階層の家庭では男子に対して「結婚し子孫を残す」ことを期待する率が多いし、プレッシャーが多い。で、いつまでも独身でいると、その理由を訪ねられたり、カミングアウトを余儀なくされたりする。それを避けるために神学校に入るケースがあるわけだ。

別に、神学生になったら「男ばかりのユートピア」だからワクワク、下心があるからなどというわけではない。

異性愛の神学生が独身と貞潔を受け入れて守るように、同性愛者の神学生も貞潔を誓うというだけだ。


今時は、異性愛者であろうと同性愛者であろうと、独身を続けたり子供を持たなかったりというケースが社会的にマイノリティ差別をされる時代ではなくなった。でも、今でも、保守的な両親の期待を裏切らずに両親の誇りとなり得る道として司祭の道をチョイスする若者が存在する。


同性愛者は、閉鎖空間で欲望を満たすチャンスをうかがうために司祭になるのではなく、自分の性的志向と異なる社会的規範に従う必要を避けるために司祭になるわけだ。

もちろんそこに「信仰」がないわけではなく、幼い時からカトリック環境の中で育てられて両親の信仰も見ているから、すべてがうまくいく、まるくおさまるわけである。


一方、少年時代に司祭からセクハラを受けたような人は教会から離れるので自分が司祭の道を選ぶことはない。彼らがトラウマを抱えて、社会生活や結婚生活に支障をきたすことは明らかなわけで、その彼らが声を上げるようになってきたということである。それでも他のセクハラや性犯罪の被害者と同様、沈黙を守る人も多いから、実態は見えにくい。もちろんこれはフランスの例だ。

一番の問題は、司祭の独身制や教会の保守体質などではなく、学校でも、部活でも、家庭でも、各種の施設でも、

「より多く力や実権を持つ者が、より弱い者の尊厳を害する」

ということだということはいうまでもない。

先日のマダガスカルの例でもそうだけれど、共同体全部がそれらを容認している、というよりなんの自覚も持っていない社会ですら存在する。


「独身」やら「貞潔」やら「禁欲」やらのメリットを訴える「教え」の存在価値は十分あるようだ。


(続く)


by mariastella | 2019-07-22 00:05 | 宗教

ヴァンサン・ランベールの死

7/11午後、ヴァンサン・ランベールが死んだ。

交通事故の後で10年間いわゆる植物状態で生きている人だった。

母親たちのあらゆる法的手続きが絶たれて、これで3度目、7/2に水と栄養補給が中止されても10日間生き延びたのだから、病気がなく基礎体力がある壮年の生命力がうかがえてつらい。

7/10の説教でフランシスコ教皇は「愛することは命を奪うことではない」と、明らかにこの件についての立場を言葉にしている。

私はこの件について、7/10発売の『カトリック生活』8月号で書いている。

何としてでも息子を生かしたい、とするヴァンサン・ランベールの母親、苦しみから解放してやりたい、とする妻と甥の二つの対立は、宗教観も含めて大騒ぎになっていた。

私はその記事で自分の意見は書いていない。

選択ができなかったからだ。

で、迷った時はとりあえず命の方を選ぶというあるキリスト者の言葉に共感はしたのだけれど、よく分からなかった。自分が当事者だったとしたら、はたしてどういう反応をするかにも自信がなかった。

今回、延命措置停止の判決確定を受けてから、病院は、ヴァンサンの部屋の向かいに二つの部屋を用意して、一つには母親たち、もう一つには妻や甥たちと、別々の場所を提供した。それぞれのグループ ?が入れ替わりでヴァンサンの傍に寄り添っているという話だった。母親は全力を尽くしたけれど、「あきらめ、判決を受け入れる」「後は祈るだけ」だと言っていた。

この状況を聞いた時、それまで自分が当事者だったらどうするか…という選択ができなかった私に、突然、「結論」が「降りて」きた。

それは次のようなものだ。

私がこの母親の立場なら、この妻の立場を最初から受け入れる。

私がこの妻の立場なら、母親の立場を受け入れる。

もっとも大切なのは命の維持の是非ではなくて「和解」だということだ。

私がヴァンサンの立場なら、死ぬにしても生きるにしても、自分を愛してくれる母と妻が敵対し合っている状態に耐えられない。両者が和解して同じ選択をするのなら、このまま生かされるにしても、延命措置を外されて死に至るにしても、受け入れる。

自分を愛してくれる人たちが安らかな気持ちで支え合って生きていってくれることを願う。

死の床の傍で共に涙を流し、自分への愛は永遠だと確認し、互いに自分への愛を感謝し合い、それを糧に生きていってほしい。事故に遭った自分の状況が残された家族を分断するのではなく結びつけるのであってほしい。

「愛は死よりも強し」、というのは本当だと思う。(というより、愛は、他のもの、欲望だとか金だとかイデオロギーを相手にすると、たいてい弱い…。)


(参考に、ヴァンサン・ランベール事件の経緯について、『カトリック生活』の記事の最初の部分で解説したものを補強したものを以下にコピーしておきます。)

>>ここ最近、フランス人を一喜一憂させている一人の青年がいる。

二〇〇八年九月、三十代前半の看護師であったヴァンサン・ランベールは、勤務先の病院に向かう途中で運転していた車が木に激突して、脳挫傷を負った。共に精神病棟の看護師である妻との間に最初の子供である娘が2ヶ月前に生まれたばかりだった。ヴァンサンは、命はとりとめたものの、全身不随の状態で、目を開けていても知覚や理解が機能しているのかどうか分からないままで胃婁によって栄養補給されていた。ヴァンサンの母親はそれでも息子とのコミュニケーションを信じてリハビリを続けた。

 けれども、二〇一三年四月、両親には知らせぬまま栄養補給を止められたことが十日後に判明した。妻の希望で決断したカリジェール医師はカトリックで、キリスト民主党のメンバーだった。胃婁は三十日後に再開された。若く、心肺機能も正常なヴァンサンは飢餓を乗り越えることができたのだ。

 二〇一四年、成年後見人である妻のラッシェルが安楽死を認めるベルギーに引っ越したので、恐れた両親の申し立てにより、ヴァンサンをフランスから出さないという判決が出て、病室には鍵がかけられ、監視カメラがつけられることになった。二〇一六年の末、両親の前で四度、声を出そうとした。その四度目を目撃した介護士も驚いたと証言している。一二歳でカルメル会の全寮制学校に入れられたヴァンサンの父は産婦人科医で母はピウス十世会のメンバーであり、どちらも中絶法に反対する保守陣営に属する。折しもフランスは、安楽死や代理出産についての法制改革を審議中で、ヴァンサンの救命措置を続けるかどうかは、医療行政、政治、司法、ヨーロッパ人権法廷まで巻き込んだ一大案件となった。

 二〇一九年五月、経管栄養を中断できる判決が出て管が外されたが、「命を守る」派の抗議によって、二日後には執行の一時停止が決まった。けれども、その知らせを受けて「勝利」の快哉を叫んだ弁護士らの姿は多くの人に違和感を抱かせることになった。ヴァンサンの「命」がいつのまにか、「賛成派」と「反対派」という敵味方の一騎打ちでやり取りされるボールの様相を呈していたからだ。

ヴァンサンにはいわゆる「病気」はなく、肉体的には飲食機能障害とコミュニケーション機能障害だけで、認知症が進んだ高齢者に胃瘻造設をするのと大差はない。けれどもヴァンサンは若い。夫を苦しい状況から解放してやりたいと思う妻と、どんな状態でも子を生かしたいと思う両親の気持ちは折り合わない。法的には可能な離婚の選択も両親は受け入れると言うが、妻は、自分たちの家庭こそヴァンサンが自ら最初に選んで築いたものだから彼の意思を代弁できると強調する。<<


by mariastella | 2019-07-21 00:05 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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