L'art de croire             竹下節子ブログ

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パリ外宣と不思議のメダルの聖堂

日本へのお土産用の「不思議のメダイ」を買いに久しぶりに「不思議のメダイのノートルダムのチャペル」に行った。

すぐそばのパリ外国宣教会ではインドのベナレスで宣教活動をして10年になる宣教師の「絶対の探求--インドとチベットの間」という写真展をやっていた。

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この人は『ベナレスの司祭』という本も出している。ガンジス河が美しい。

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このau-dedansというタイトルは新鮮だ。「内に向かう」何か。絶対とか超越とか聖なるものとかを求める時は天に向かいそうだけれど、実はそれは自らのもっとも内側の深いところと通じている。

うーん、でも、フランス人によくある「インド症候群」を思い出してしまった。

カトリック文化に浸って宣教師になったフランス人が、突然ベナレスになぞ行けば、それは大カルチャーショックだろう。実際、写っている人物のほとんどはヒンズー教、仏教、ジャイナ教の人々ばかりなので、さすがに気が引けたのか、わざわざ「カトリック教会はすべての宗教の中の真なるもの聖なるものを否定するものではない」という第二ヴァティカン公会議の言葉を引いている。

ガンジス河に大量に放水される工場汚水だとか岸壁にびっしりはりつくゴミの山だののドキュメンタリー映像を最近見たところだから、ますます複雑な気分になる。このヴァヌー司祭でさえも、「自分は現実を見ないで理想化しているのだろうか」などと自問をしている。


で、気を取り直して不思議のメダイこと奇跡のメダル聖堂に行くと、ここはもう、なんというか安定の巡礼地だ。じっと座って祈っている人々の表情を見ているだけで、ガンジス河やヒマラヤに行かなくても、聖母マリアにすがるこれらの人々のau-dedansの濃密さに圧倒される。


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昔、母をはじめて連れて来た時に、ここに立ち込める祈りの波動としか言えないような衝撃に母が驚いていたことを思い出す。「家内安全」みたいなものをお願いする気は吹き飛ぶ。


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by mariastella | 2018-10-13 00:05 | 宗教

『I feel good』KERVEN et DELEPINE(ブノワ・ドゥレピーヌ、ギュスタヴ・ケルヴェン)

最近、わざわざ映画館に行って当たりはずれのない時間を過ごせるのは、アニメも暴力シーンもホラーも避けている私にとってやはり「社会派映画」ということで、『I feel good』(KERVEN et DELEPINE) を観に行った。何よりもジャン・デュジャルダンにヨランド・モローが姉弟というキャスティングに惹かれた。この二人の監督に寄せる役者たちの信頼がうかがえる。

アベ・ピエール神父の始めたエマウス共同体のワークショップでリーダーとして働く姉と、一獲千金を夢見る弟の話。

私はこれまで地方のエマウスに行ったこともあるし、ドキュメンタリーも見たことがあるけれど、この映画の舞台となったピレネーのエマウス共同体は、住居部分が不思議の国みたいなユニークさで、エキストラはみなエマウスで働く人たちだ。アトリエの様子も、あふれるモノのインパクトも、この映画ではじめて知った。

日本にもエマウスがあるけれど、エマウスワークキャンプなどの活動はむしろ縮小しているようだ。フランスのように移民や難民や不法滞在者や失業者が多い国ではなく、見かけが「日本人でない」と目立ってしまうし、ホームレスの非正規雇用が中途半端に機能しているからなのだろうか。また、アベ・ピエールの呼びかけが1954年に厳寒から始まったように、緯度的に言って、関東や関西の大都市がパリなどより温暖だからだろうか。

行き場のない元受刑者に、アベ・ピエールが「私を助けてくれないか」といって始めた活動だけれど、今は、大半がシングルの「失業者」であることが分かる。誰でもエマウスに行けば、出自も過去も問われずに、すぐに何らかの仕事を割り当てられて、わずかな給料、住むところ、食事を保障される。知的や精神的な問題を抱えた者、さまざまな発達障害をのり越えられなかった者も少なくない。けれども、ここで、連帯とは何か、生きるとは何かを見つけて、金に支配されている過酷な外部の社会から隔離された一種のユートピアを形成しているのだ。

とはいっても、カラフルなプラスティックのストローやスティックの山が持ち込まれ仕分けされるのはエコロジーにかなっているし、ずらりと並んだピアノだとか、あらゆる種類の衣服だとか、アンティック家具があふれる様子、それを修復しリサイクルし、デパートのバーゲン会場のように人々が押し寄せる目当てのものを見つけに押し寄せる光景は、たとえば自給自足の修道院だのエコロジストの目指す田園生活などとはかけはなれている。

物量そのものが共同生活を支えるというシュールな不思議の国だ。

その共同体でリーダーとして信頼を得ているのがヨランド・モローの演じるモニックで、そこにある日、タラソテラピーの無銭利用で逃げ出してきたガウンとスリッパ姿の弟ジャックがやってくる。

このジャックが、なんだかもう生まれつきの虚言癖の詐欺師という感じの男で、働かないどころか、「ルーマニアで格安の整形手術をすれば人生が変わる」というキャッチフレーズで「I feel good」というスタートアップを立ち上げて、こともあろうに、エマウスで働く人々を「勧誘」するのだ。騙す才能はありそうなのだけれど、本気でビル・ゲイツになれると信じているところは、知的な問題があるのか現実逃避なのか「病気」なのか区別がつかない。エマウスでならいくらでも調達できるスーツなど着れば、有能なビジネスマンを騙れそうなエリートっぽい外見は、髪を振り乱して働くモニックとは似ても似つかない。

モニックは、そのジャックがエマウスで働く人々の心を乱していることを知っても彼がとても「幸せそう」なのではじめは黙認していたけれど、ついに、「あんたは病気だ」と言って医者に連れていく。でも、彼女の知っている医者というのは彼らが子供の頃に通っていた老小児科医だけだ。

このシーンで、ジャックはもともと「多動症」でリタリンを処方されていたとかモニックは躁うつの傾向があったことが分かる。

彼らの両親が貧しい工場労働者で共産党員として組合活動をしていたことも分かる。

この両親の遺灰を両親から受け継いだ乗用車の中に保存しているモニックはジャックが両親の葬儀にも戻らなかったことを恨んでいる。

誰がどう見ても、ジャックがひどいやつで、モニックがかわいそう、エマウスでそれなりに生き甲斐を見つけていた人々は被害者、という構図で、しかもそれが、カリカチュアになる一歩手前の過激さでカタストロフィに向かってたたみ込まれるので、なんだかもう見ているのが苦しくなる。


けれどもカタストロフィに向かう展開が、突然、これもシュールなロードムービーになっていて、ブルガリアの社会主義時代の大規模施設の廃墟などの映像はインパクトがある。

ところが、モニックが整形手術を受けている最中という最悪の段階になって、あっという間に事態が急転する。

しかも、二転三転する。

「見た目が変わればI feel goodとなって人生が変わる」というテーマが、社会派コメディ、エマウスの精神に見事に合致するラストになる。

でも、すべてがあまりにもスピードがあって破天荒なので、「ああ、もちろん社会派コメディだからこういうハッピーエンドになるよな」というお約束感などない。

こちらもハッピーになれる。しかも、笑える。

笑わせて意思表示するというのは最強だ。(そういえばローマ教皇も大切なのはユーモアと言っていた)

このテーマを描くのにこのようなユニークなシナリオを書き監督したKERVEN DELEPINE(ブノワ・ドゥレピーヌ、ギュスタヴ・ケルヴェン)に感心する。

この2人の作品は、日本では2011年のフランス映画祭で『マムート』が上演されているようだ。(この映画もおもしろかったのでコメントが残っているはずだと思ってブログ内検索をしたのだが、見つからなかった。不思議だ。)


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by mariastella | 2018-10-12 00:05 | 映画

マクロン、オンフレイ、ディオゲネス

昨年熱帯低気圧に襲われた被害からの復興が遅れているサン・マルタン島(カリブ海のフランス海外準県)に訪れたマクロン大統領が、黒人の若者二人に囲まれてにこやかに写真を撮らせた時に、若者の一人が卑猥なニュアンスのある中指を立てているものが最近出回った。(別に貼り付けたくないので、見たい人はここ

マクロン内閣は最近、側近のベナラ事件(ボディガードなのに警察の腕章をつけて銃を携帯し、デモ参加者を殴打した ?)に続き、ユロー環境相、コロン内務相に次々に離反されて危機的な状況にあるのだけれど、この写真の若者たちの肌に触れているビデオなども加わって、「ゲイ疑惑」が表に出た。

彼と同じリセにいたという黒人の同窓生がビデオで昔から更衣室で自分が上半身裸になるとマクロンは興奮していた、などと証言 ?しているのも拡散された。

ベナラ事件の時にもゲイ疑惑がでていたらしく「ベナラとは性的な関係はない」と堂々とジョークにしていたのだけれど、パリのゲイたちは、すでにそれも独裁者の自信の現れだ、と見ていて、今回の一連の映像にも男の体が好きなのは明らかだ、などと言っていた。もちろんただおもしろがっているだけで非難の口調はない。

と、ここまでは、別に、私の関心を特に惹いたわけではない。この手のゴシップの前では、いつものことながら、ネットの映像のせいでいろいろ大変な世の中になったなあ、という感慨が先に立つ。

それなのに、俄然おもしろくなったのは、あの哲学者ミッシェル・オンフレイが自分のサイトに『 Lettre à Manu sur le doigté et son fondement 』という「公開書簡」を発表してからだ。

マクロンをマニュという愛称で呼びかけるのがまず挑発的だ。マクロンはどこかの中学生に「マニュ」と呼びかけられて「大統領閣下」と呼ばなければいけないよ、とわざわざ注意したのがこれまたビデオで拡散されている。

で、オンフレイは前にも「公開書簡」をサイトで読み上げていて、まあ、いろいろあるのだけれど、人気哲学者がこれだけ言いたい放題堂々とものを言える社会は羨ましい気もする。「マニュ」や親称と、偉大なる王さまのような尊称の並べたてを併用して徹底的にからかっている。

ミッシェル・オンフレイと言えば私にとっては、ベストセラーになった『無神論神学』の著者であり、そのやはり挑発的で主観的な反キリスト教論は、誤解や無知もあって底が浅いものだと思っていた。その上に、なんだか個人的なルサンチマンとコンプレックスを抱えすぎていつも怒っている苦手なタイプだ。

今回、マクロンのことを「汗に輝くたくましい体の美しい黒人に心底魅せられた」のをオープンにするのは共和国の大統領としていかがなものかという趣旨で書いたことで、その言説が「同性愛嫌悪」と「認定」されて、ラジオ番組出演をキャンセルされ、テレビでは「後悔しているか」どうかと聞かれて「全然」と答えていた(確かに、フランスでは「キリスト教嫌悪」などは「認定」すらされないhas beenでもある。彼の反キリスト教論はベストセラーになった)。

で、オンフレイは、そのインタビューで、アレクサンドル大王に話しかけられて「陰になるからよけてくれ」と答えたギリシャの犬儒哲学者ディオゲネスの言葉を引いた。ジュピター、フランス国王、絶対政権を演出してきたマクロン大統領など怖くないということだ。さらに、現代のディオゲネスとして自分の友人であるピアニストのパトリック・コーエンの話になった。

パトリック・コーエンは古い農場で電気もなしに暮らしている人だ。どうしてそのような生き方を選んだのかと聞かれると、そのような生き方の方が私を選んだのだ、と答える。

巷にいるディープ・エコロジストだとか、日本のブログで見かける「東大を出ても山の中で3坪の小屋を建ててシンプルライフに挑戦」という感じの人ではない。なんだか、「簡素であることは実存の本質だ」と思わせるられる人だ。若き天才ピアニストとして登場してキャリアを気づいたピアニストによるディオゲネス主義には、「挑発」やナルシシズムはない。


考えてみると、今は映像系SNSのせいで世界中でビジュアルがインパクトを持っているけれど、もとはと言えば、ギリシャ=ローマ系とユダヤ=キリスト教系のふたつのルーツを持つ「西洋文化」は昔から、「外見から自由になって存在の中身に近づけ」という思想を、ギリシャ哲学や新約聖書から継承してきた。それが建前上は少なくとも「王道」であるという認識がある。


それに対して、フランスで比較のために持ち出されるのが中国の「顔」の文化だ。中国人とビジネスをする時の心得として必ず引き合いに出される。つまり、「面子を保つ」というのが社会的な最優先事だということだ。それはそのまま日本でも同じで、面子、面目、世間体、顔を立てるとか顔をつぶされるとかが今でも根強い規範の中に組み込まれている。もちろん出家や隠遁者はいたし、見た目ではなくて言論や文学や教えを重んじる人もいた。

でも公平に見て、「西洋文化」において、「実存の核」は「見た目」にはない、という言説が「見た目」より優先されてきたのは事実だと思う。

今回のマクロンの写真にまつわるマイナースキャンダルは、ひと昔前だったらまったく伝わりも拡散されもしなかったビジュアル情報だ。それをめぐって、いろいろな人の「見た目」ではなくて「生き方」への問いが浮かび上がってきたのは興味深い。


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by mariastella | 2018-10-10 00:05 | 雑感

「アンチ政権」の文学は政治哲学となるか

これは去年の16世紀文学の学会の講演内容をまとめた本だ。

今忙しいので、翻訳しないで表紙と裏表紙をそのまま紹介。

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ざっというと、ヨーロッパで「宮廷文化」が定着し始めた頃、「宮廷」での生き方、生き延び方、出世の仕方、自分より上位の者に対する忖度の仕方などのマニュアルももちろん出回っていたのだけれど、同時にそれを批判し、揶揄し、軽蔑さえして、宮廷を捨てて自然の中で生活しよう、という書物もたくさん出ていた、という話だ。

今でいうと、都会を捨てて田舎でエコロジーな生活をしよう、という感じである。

しかも当時それを書いたわけだから、庶民ではなく、宮廷の駆け引きのただなかにあった人たちだ。

スペインのアントニオ・デ・ゲバラによる「宮廷を軽蔑し田舎生活を賛美する」という本(1539)などは、またたく間に各国語に訳されてヨーロッパ中に広まったという。ラテン語の話ではない。驚きだ。

もちろん中世の頃から、権力、政治の駆け引きが渦巻く宮廷の世界を皮肉り、古代ローマ風の「田園」生活に憧れるというタイプの文学、絵画は存在していた。

それでも、そういう「貴族の想像上の遊び」だけではなく、この「宮廷での処世術」のカウンターである「シンプルライフの勧め」は、その後のヨーロッパの政治哲学に確実に影響を与えた、というところが興味深い。

もちろん、たとえば日本にももっと古い隠棲文学の『方丈記』などがあるし、中国だとさらにはるかに古い陶淵明のような隠遁文學もあるわけだけれど、その多くは、政治的な失脚、遁世、出家などと関連していて、「世をはかなむ」雰囲気もある。

ヨーロッパにも、アッシジのフランチェスコのように町や「文明」を捨てて自然を賛美した修道士たちもいたのだけれど、出世と権力への色気たっぷりのまま「宮廷」と「田園」のはざまで文学を弄している16-17世紀文学とは種類が違う。この16-17世紀の「嫌宮廷文学」は、権力を掌握している世界で「現役」で生きている人による「自問」、そこから飛び出すことができるのか、それはどういうことか、という問いかけだからだ。

いってみれば、政権の欺瞞や「忖度」に我慢できなくなったり疲れ果てたりする人のために、本気で「下野」する風景を作り出す力がある。

ひるがえって、21世紀の今の世界の「民主国家」では、なんだか、独裁的な首長がやたらと増えていて、それを批判する言論が弾圧されたり、メディアが自主規制したり、役人が政権を忖度しまくったり、という風潮が広がっている。

16世紀文学がすぐれた今日的問題をあぶりだしてくれるとは意外だった。


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by mariastella | 2018-10-09 00:05 | フランス

音楽やバレーの新年度が始まっている

先週、新シーズン初めての室内楽の練習に行った。

スカルラッティのシンフォニアと、年度末に上演計画しているオッフェンバックのオペレッタ「Le Violoneux」を始めた。この記事を書こうと思ってタイトルを知るために日本語ネットで少し検索したけれど、この作品(一幕もの、1855年)は見つからなかった。1855 年には6作も発表している。

Violoneuxとは、Violonisteより格が下がり、世紀の教育を受けずに民謡などを弾く「ヴァイオリン弾き」という感じだろうか。今調べたら、英語ではviolonistに対してfiddler という言葉があるそうだ。

そういえば、ミュージカルの『屋根の上のバイオリン弾き』の原題は「Fiddler on the Roof」だった。

「バイオリニスト」は屋根の上では弾かないのだ。

いつもながら、オッフェンバックのオペレッタを弾くと、古臭いのと愉快で陽気でノスタルジックなのが混然一体となって鼻歌を歌いたくなる。歌手やオーケストラを少しずつ足していくが、それは万聖節休みの後になるだろう。

実は、いつものメンバーの一人が休んだ。

この夏、ブルターニュの別荘に行っていて、元気で泳いでもいたのだけれど、連れ合いが突然倒れて入院し、そのまま2週間集中治療室にいたけれど亡くなったのだ。彼女は抗がん剤の錠剤を飲んでいた。

病院で検査すると、血小板がほとんどゼロの状態だったそうで、どうしても正常に戻らなかった。

意識はずっとはっきりしていて、亡くなる前の日も、クロスワードパズルの回答を娘と一緒に考えていたという。

彼女は、私たちのほとんどすべてのコンサートに来てくれた。2007年の宇高会の能の公演にも、2011年の東日本大震災のチャリティコンサートにも、私が招待した日本文化会館の『夕鶴』にも。

現役時代は生物の高校教師で、穏やかで、謙虚で、音楽のアグレガシオンと楽器教授の国家資格を持つ二人の娘と、パリ市の役人でありながらバス歌手とヴァイオリニストの活動もずっと続けてきた夫をずっと支えてきた。

トリオは来年のパリのコンサートのプログラムを練習し始めている。

こちらは順調。

バロックバレーは、カンプラの『L'Europe galante』からトルコ人の踊りだ。

キャラクターダンスだ。実はすごく長くて難しい。最初の部分は男性が女性の前でアクロバティックで力強いところを固持するような振付なので、アントルシャ6なども入って大変だ。

これは全13枚の振り付け譜の最初の2枚。この部分を頭に入れるだけでも毎日譜を眺める必要がある。

このオペラ・バレエは、ヨーロッパとして、フランス、スペイン、ベニスに続いてトルコが出てくるのだ。トルコがEU加盟を望んでいた時にはこういうところを強調すればよかったのに。

それにしても、この楽譜の部分を見てもらうと分かるが、二分音符ふたつから始まるフレーズは5小節、4小節、4小節となって、また5-4-4となる。それに対応するステップの連なりがまた超バロック的だ。

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by mariastella | 2018-10-05 00:05 | 音楽

シャルル・アズナブールの死

シャルル・アズナブールが眠ったまま亡くなったということで、10/1のテレビはニュース番組まで彼の歌や映画(80本も !)で埋めつくされた。ジョニー・アリディより20歳上の94歳だから、ファンの年齢層がさらに広い。


100歳まで歌う予定だったそうで、ミッシェル・サルドゥーに、100歳の人口はこれからどんどん増える予定だから、マーケットは安定している、などと言っていたそうだ。

この9月に日本公演をしたという。亡くなる3日前にもTVに出ていた。


彼の後悔の一つは、ジャック・ブレルやジョルジュ・ブラッサンスやシャルル・トレネなどの「フランス人に最も愛される歌手」のグループには入れなかったことだという。アメリカではすごい人気だった。ルーツであるアルメニアでは国民的歌手だった。

それでも、フランスの、ブレルやトレネのファンたちにとっては、アズナブールは「声が悪い」のが致命的だという。確かに若い時は酷評された上、「悪声のカジモド」とまで痛罵されたことがあるそうだ。

日本で「シャンソンの神さま」「フランスの至宝」などと宣伝されているような雰囲気ではない。今日本のブログを検索したら、「素敵な甘い声」などともあったけれど。

映画俳優としても活躍したように、彼は舞台の上でドラマを作るのがうまいから、全体のパフォーマンスとして、舞台でのカリスマがあったのだろう。確かに、小柄だし「見た目」だけでは、大ホールを熱狂させる歌手には見えない。でもその「語り」のうまさは飛びぬけていた。私も高校生の頃に、ラジオから流れてきた「イザベル」の迫力に驚いた記憶がある。フランスではドキュメンタリー番組で、家族に囲まれてゴッドファーザー的家父長オーラ全開だったことが印象的だったことを覚えている。

この9月の日本でのリサイタルはどうだったのかは知らないけれど、最近ドバイでのリサイタルを聴いたフランス人は、音程も悪くなんだか悲愴な感じで見ていられなかったなどと言っていた。

でも、いわゆる「健康長寿」のお手本として希望と元気をもらう人もいるのだろう。


「追悼番組」は作りやすい。何しろキャリアが長いし、ナナ・ムスクーリやフランス・ギャル、セリーヌ・ディオンから今の若手の歌手まで、膨大な数のデュエットを残しているから、窓口が広い。


ついつい長々と見てしまった。

アズナブールがいいというより、懐メロっていいなあ、と思う。


ナナ・ムスクーリが久しぶりにTVに出て、涙を流しながら、2人で歌った『愛の喜びの』デュオが一番好きだと言っていたので、貼り付けておく。


(この歌はアズナブール作のものではなく18世紀からの「ロマンス」と呼ばれるジャンルのスタンダードナンバーだ)




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by mariastella | 2018-10-03 00:05 | フランス

カレール=ダンコス、スレイマン・バシル・ディアヌとハンマド・イクバル

先日、女性のラビと女性のアカデミー・フランス会員(歴史学者)のエレーヌ・カレール=ダンコスがテレビで話していたのを聞いた(再放送だった)。

グルジアからの亡命者として生まれたロシア史学者のカレール=ダンコス(89歳でエネルギッシュな明敏さにあらためて驚く)が、ソ連での女性の地位について話していた。ソ連では、革命のすぐ後も、1921年から男女平等が掲げられていたが、実際は女性が重労働に駆り出されるだけで、政治の中枢は男ばかりだった。それでも38日の女性の日だけ女たちは働かずにデモ行進をし、男たちは女たちに花を捧げていたという。3/8の国際女性の権利デーって、そんなに歴史があったのかと後でネットで調べたら、1909年にアメリカの社会党が2/28を女性の日にしたのが始まりらしい。それから2月最後の日曜とかいろいろあって、3/8に落ち着いたそうだけれど、なるほど、もともと革新政党が始めたものだからロシア革命後のソ連でも続いたのだ。

すると同席していた女性のラビが、ユダヤ教では毎月の最初の日が女性の日となっています、と発言した。

知らなかった。

インタビューの女性が、年に一度よりも月に一度の方がましなのか、その他の日はすべて「男の日」なのか、と苦笑いした。

さらに、カレール=ダンコスが、ロシア帝国でエカテリーナ二世以降女性が皇帝になれなくなったのは、母と確執があった息子のパーヴェル一世が即位したときに、法を変えて決めたからだと言った。

後に、ロシア革命で倒されたニコライ二世には血友病で即位不可能な状態の未成年の息子1人と、健康な姉娘たち4人がいた。もし彼女らが帝位を継ぐ立場にあれば歴史は変わっていたかもしれない、と言う。

別の日には別の番組でスレイマン・バシル・ディアヌが話しているのをこれは「生」で聞いた。

セネガルの数学者、哲学者で、今はNYのコロンビア大学で教えている。

この人はフランス語圏アフリカの知識人としてエリート中のエリートで、バカロレアの後パリのルイ・ルグランから高等師範学校に進みデリダやアルチュセールに師事し、というか哲学のアグレガシオンを取得、ハーヴァード大学にも留学した後で、わいてくるソルボンヌで数学の博士号も取得した。

60代前半だが、見た目はごく普通の黒人のおじさん。フランス語にもわずかだけれどアフリカのフランス語圏出身独特の訛りがある。雰囲気としては、「白人社会に伍するエリート」には見えない。

ところが、この人が話しているのを聞いた15分ばかりで、彼の知性に圧倒された。

今までもちろん古今東西の大思想家、哲学者らの本は読んできたけれど、その著作を今まで読んだことがなく、外見の雰囲気からは「知的」というステレオタイプが欠如している人がTVで話すだけで、先入観も外見も関係なく、ただただ、こんなすごい人がいるのだと感動した。ジョークにしろ「人は見た目が9割」などと言う言説が存在する世界があるとしたら情けない。

しかも彼の語るのはイスラム文化である。

この御時世に、セネガル人でムスリムでイスラム文化擁護者というだけで、愚かなこちらの偏見、先入観が無意識に発動されていたと思うのに、あまりにも明晰であまりにも説得力があり、しかも、ポジティヴで、一瞬でファンになった。

で、そんな彼のイスラムとは、スーフィズムだ。西アフリカのスーフィー信心会で活動していて、イスラム啓蒙思想の基本に据えるべきユニヴァーサリズムの重要性を唱える。

歴史的には西洋文化(ギリシア・ラテン・ユダヤ=キリスト教、ケルト・ゲルマン)ルーツを持つユニヴァーサリズムは、非西洋や非白人、非キリスト教文化圏からは、「白人からの押しつけであり普遍などではない」と見られることもある。それはその伝播が政治経済的に「帝国主義」を経由した「上か」のものだったからであり、これからは、同じコンテンツを、水平方向に、そして「交渉可能」なものとして展開すべきだと言っている。

まったく同志という気がする。

彼の著書の『イスラムと開かれた社会、ムハンマド・イクバルの思想における伝統と前進Islam et société ouverte, la fidélité et le mouvement dans la penséede Muhammad Iqbal 』に俄然興味が湧く。

ハンマド・イクバルは1877年にラホールで生まれたムスリムの父詩人で哲学者で音楽家で、英領インドからパキスタンが分離独立するに至った思想的な建国の父であり、インド人からも、アフガニスタン、イランでも敬愛されている人だ。「知の巨人」で、ミュンヘンではペルシャにおける形而上学の発展についての論文で博士号を得て、故郷では弁護士、政治家としても活躍した。すごい。ペルシャ語でも作品を残している。

うーん、なんだか遠い世界の人にも思える。

いや、私との接点もかすかにある。私もイクバルと同じようにルーミーの神秘詩に傾倒したことがあるところだ。ルーミーをペルシャ語で読みたくて大学院時代にペルシャ語を習ったけれどガザ―リーを少し読んだくらいのところでほぼ諦めた。でもそのわずかな接点のおかげで、イクバルにも、彼を紹介するスレイマン・バシル・ディアヌにも親近感を覚える。

フランスに住んでいると、ここ数年、テロのリスクはもちろん、移民のゲットー化のせいなどで、「イスラム系のアフリカ人」には反射的に警戒する癖がついてしまった。

そんな偏見を吹っ飛ばして尊敬と敬愛の念を抱かせてくれるような「出会い」が、TV番組の中で得られるなんてすばらしい。

(言いたくないけれど、日本のテレビのインタビュー番組でこのようなインターナショナルで多様な視座(ロシア系学者や女性ラビ、黒人ムスリム哲学者まで)のもとで、知的に興奮できたり感心したりできるものに出会った記憶がない。)


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by mariastella | 2018-09-25 00:05 | フランス

『肉体の冠』(1952) ジャック・ベッケル

『アフリカの女王』を新しい視点で観た次の日、なんだか同じ時代のフランス映画はどうだったのかと見たくなって、やはりTVで放映された『肉体の冠』を視聴した。

で、この記事を書くために日本語ネットで検索して『肉体の冠』という邦題に驚いた。

しかも当時のキャッチコピーが、

「非情な美しさ、悪魔的な冷酷さを豊満な肉体の底に秘した巴里女! 男たちをしたがえ、燃えるようなブロンドの髪を陽光に輝かせて行く」

というものだ。

「肉体の何とか・・」というのは「昭和」の映画によく使われた気がするけれど、タイトルもキャッチコピーもまったく内容とあっていない。

ラディゲの『肉体の悪魔』(クロード・オータン・ララ)がヒットした後だったからなのだろうか。

それでも、こちらも「身に潜む悪魔」と訳してもいいのだから、「肉体」はやはり昭和テイストなんだろう。

原題の「Casque d’or」は直訳すると「金兜」という感じで、肉体とは関係ない。ブロンドの前髪を高く結い上げた娼婦のニックネームだろう。

シモーヌ・シニョレの演じるマリーは、「悪魔的な冷酷さ」とは無縁でどこか無邪気だし、赤毛ならともかくブロンドが「燃えるような」というのもなんだか変な形容だ。

20世紀初めのベルエポックのパリのベルヴィルに実在したアメリ―・メリという娼婦にまつわる事件にインスパイアされた映画で、彼女のニックネームが「カスク・ドール」だった。バイセクシュアルで他の娼婦と同棲していたし、マンダという男は映画のようにギロチンにかけられず1902年にギアナの強制労働に送られ、彼女も1917年に結婚して堅気になっている。

その意味では、この映画は『アフリカの女王』と制作年も1950年代初頭でほぼ同じだし、1914年が舞台の『アフリカの女王』と物語の時代も重なっている。

アフリカの奥地とパリという違いがあるけれど、馬車が走っていたりするパリの方が「時代物」という感じがする。アフリカのジャングルの映像なら21世紀の今も同じイメージだからだ。特殊な場所だから、ある意味古くなっていない。

パリで女性が帽子を被っていないのは召使か娼婦だというのは少なくともブルジョワ地区では5月革命の前あたりまでそうだった。

宗教的なシーンとしては、教会から歌が聞こえてきて、「日曜じゃないのに」と覗いてみると結婚式だったという場面がある。その時に娼婦のマリーはショールを頭にかぶって髪と胸や腕を覆い、マンダの方はかぶっていた帽子を脱ぐ。カトリック教会の習慣があらゆる階層の人に共有されていたのが分かる。

ギロチン台に引きたてられていくマンダを無理やり支えて十字架を顔の前に近づける監獄付きの司祭もいる。

今と変わらないフランス的な場面は、マリーがギャングの親分の部屋でチーズを食べるところかもしれない。

「陽光輝く」というのは、パリから逃げて農場に実を隠す二人の牧歌的なシーンがあるからだ。

『アフリカの女王』はカラーだがこの映画はまだ白黒、というのは米仏の経済力の差だろう。

1871年のパリ・コミューンといつも結びつけられるLe Temps descerises(さくらんぼの実るころ)のメロディが何度も流れる。

これはイヴ・モンタンの歌。

この映画の撮影時にはシモーヌ・シニョレとイヴ・モンタンは結婚したばかりだった。

今思うと、ドイツ移民とイタリア移民出身のこの二人は、フランスを代表する文化人で知識人のカップルだった。

しかし、ドイツ系からかもしれないけれど、この映画のシモーヌ・シニョレはなんだかロミー・シュナイダーとそっくりだ。

相手役のセルジュ・レジアニはオマー・シャリフの若い時みたいだ。セルジュ・レジアニはイヴ・モンタンとほぼ同じ年で、やはりイタリア移民出身。

こう見てくると、日本人的感覚では「フランス人って何?」となりかねない。でも、フランス人の「混ざり具合」というのは、移民国家アメリカと変わらないと思えば不思議ではない。

純粋に映画としてみれば、視線の使い方がうまいのが目立つ。

ダンスのシーンも。

ラストの螺旋階段も。

拳銃を連射するマンダも、手元はまったく映さないので、撃ったのか撃たれたのか分からないくらいの怖さだ。

最初にマンダがマリーとワルツを踊る時に、まったく左腕を使わないでだらりと垂らしたままなのが印象的だった。ギャングたちのキャラが豊かなのもおもしろい。

でも、単純に比べると、『アフリカの女王』と『肉体の冠』というほぼ同時代を舞台にしてほぼ同時代に制作された二つの映画の最も大きな違いは、やはり、ハリウッド映画のハッピーエンドとシビアな終わり方のフランス映画、ということになるのだろう。


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by mariastella | 2018-09-21 00:05 | フランス

パリの石上純也展

ジャコメッティ館に行った時、すぐ近くのカルティエ財団の現代美術館に寄って石上純也展を観た。

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好評だとは聞いていたけれどスルーしていたのが、ついでだからと思ってチェックしてみた。

石上純也と言えば、「四角い風船」で、度肝を抜くコンセプチュアルアートという先入観しかなかった。

あらためてネットでインタビュー記事など読むと、作品とそれが置かれる空間、環境を同時に設計する際の発想の自在さが、やはり建築家ならではの感性に依っているのが分かる。

実際に行ってみて、天才だ、と思った。

しかも、透明度があって緑に囲まれたカルチェ美術館にぴったり。

場の全体がデザインされたインスタレーションになっている。

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「場所に合わせてデザインする」のではなく、「場」そのものを、視線や体の位置との関係で変容させていく。

地下で上映されているインタビューやドキュメンタリービデオも説得力があり、誰一人中座しないでじっと聞き入っていた。新しい世界の発見のようだ。

(日本人だから、日本語でネットを検索してもいろいろ見ることができるのでどうぞ)

中国で造ったものはさすがに金と空間がふんだんにある国での度肝を抜く冒険という感じ。谷間の聖堂は、谷の中にもう一つの谷という聖堂を入れ子にしたものだ。

水との関係も驚倒させられる。

ヴァーチャルなゲームの世界やテーマパークにあふれた世界で育った世代の自在な発想が、マクロなのかマイクロなのか、人工なのか自然なのか、二次元なのか三次元なのか、などの区別を取り払い突き抜けた世界を実現する。

デンマークの水の中の瞑想スペースやシドニーの雲のアーチなども魅力的だけれど、日本でも栃木県や神奈川県の大学や保育園、山口県のレストランなど、魅力的な作品がたくさんあるようで、いつかチャンスがあれば行ってみたい。

愉快なことに、カルチェ美術館の庭園の売店には、日本のドリンクや日本のスナックが置いてあった。

輸入したというより、石上展のスタッフが大量に持ってきた?とでもいうようなファミリーでキッチュな雰囲気で不思議だ。

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私のピアノの生徒で、バカロレアを終えてこの秋から建築の道に進むという学生に、この展覧会は必見だとメールを送った。

ただ一つ喉につかえる気がするのは、近頃の異常気象のせいで潜在意識に刷り込まれた不安のせいだ。

石上純也のような環境を封じ込めたり環境との関係性を変えたりするような空間デザインは、地震だの豪雨や洪水だのに耐えられるのだろうか、という疑問が湧きおこるのをとめられない。


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by mariastella | 2018-09-15 00:05 | アート

ジャコメッティのアトリエとジャン・ジュネ

ジャコメッティの最後のアトリエは、私が2005年頃からダンスの研修やクラスに通っていた14区の通りにあった。

そのアトリエの壁に至るまで夫人が大切に保存していたものが、40年後の今年、ラスパーユ近くの瀟洒なアールデコのホテル・パルティキュリエ(一戸建て邸宅)に再現されることになった。


公開されているが、入館チケットの販売はなく、すべてネットでの時間指定の予約のみ。最初の特別展は「ジャン・ジュネが見たジャコメッティのアトリエ」だ。(9/16で終了)

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前に書いたことがあるけれど、ジャコメッティのアトリエというのは私にとって「伝説」というか神話的な場所だ。

パリに住んで初期の頃にコレ―ジュ・ド・フランスで聴いていた講座にピエール・ブーレーズやイヴ・ボヌフォワのものがある。そして、ボヌフォワの語ったジャコメッティ論が私には強烈なインパクトだった。

ジャコメッティは「本物」、「生命」を表現しようとして工夫していたけれど、どんな肖像画や肖像彫刻を「本物」らしく制作していても、例えば、頭の丸みの中には「何もない」のは明らかだ。内臓や血管や血流も作れないし描けない。

で、ただのマチエールに過ぎない部分をどんどん削り取っていった。

それでも「本物」は現れず、彫像はどんどん細く、どんどん小さくなっていった。

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マッチ棒のようなものばかりになった時期がある。

それでもまだ命は宿らず、それを鑿の一撃で壊した。

その壊れる一瞬に、火花のように「本物」が現れたという。

いのちとは、形と形の消滅の境界線で輝くらしい。

その頃、もしアトリエが火事になったら、どの作品をもって逃げますか、と聞かれたジャコメッティは、迷わず「この猫」と、愛猫を指したそうだ。

猫は「命」を生きていたからだ。


やがて、すべてを極限に削っていった後に残るのは「視線」だと気づいた。

すべては「視線」を支え、「部分」やディティールの「本当らしさ」はどうでもよくなって、視線を支える「全体」が顕現するようになった。


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そういう話で、私にはジャコメッティのアトリエは神話の舞台のようで、広く深く薄暗い地下神殿みたいなイメージがなんとなくあった。

で、今回忠実に再現されたというアトリエはすごくコンパクトだった。

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休むためのベッドもそのままだという。

ジャコメッティ自身がアトリエをデッサンしたものも展示されていて、なるほどまさにこんな感じだったのだなと分かる。

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ここで、彼は、作品に絶えず手を入れ続けた。練って、揉んで、削ってという動きをやめなかった。

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そして、彼がある作品をいじりだすと、アトリエにあるすべての「未完成」作品が、脈打ち震えだすようだったというジュネの証言がある。クリエイトの波動がアトリエ内の彼の手による全てのオブジェに伝わっているらしい。

全時間と全空間を巻き込んでいかないような局所的クリエイトなどクリエイトではないのかもしれない。

「到達点に行き着くために探し続けている」のだけれど、「到達した作品は、失敗ということ」だ、と晩年にも言っている。探し続ける過程にのみ真実が宿るということだろう。そうなると、ボヌフォワが語った、全作品がミニチュア化していったスランプの時代と本質的に変わらない。この世における「完成」とはフェイクであり「失敗」なのだ。時間芸術である音楽とは違い「完成」した一点もののオリジナルが「作品」として残る

美術作品のジレンマだ。

だからジャコメッティの作品とは生命の希求、本物の探索をそのまま内包しているもので、それが、鑑賞者の生命哲学と呼応した時に新たに脈打ち始める。

 

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この犬の像は猫と物と同じく私の好きなものだけれど、アトリエにも置いてあった。

たとえば「犬の剥製」みたいなものと対極にある。

この犬に向ける視線で何かが息を吹き返す。

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ジャン・ジュネの肖像画。

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ジャコメッティの右がジャン・ジュネ。

丸顔だ。全てをぎりぎりにそぎ落としていくタイプのジャコメッティのスタイルで残ったぎりぎりの「視線」以外の「温かさ」が感じられる。
一連の作品を昔観たことがある矢内原伊作の顔の方が「ジャコメッティ」向きかなあ。  

いや、ジャコメッティの顔の方が彼の作品に似ているかも。
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彼は自分もまた「生きている」ことを知っていたのだろう。

おまけ:
今回修復されたこの建物はアールデコの小住宅の傑作で、建築か装飾系の人が窓や壁や階段などを盛んに撮影していた。トイレもドアを開けてから三段くらいステップを降りてこんな感じの作りで驚いた。
ジャコメッティには、似合わない。


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by mariastella | 2018-09-14 00:05 | アート



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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