L'art de croire             竹下節子ブログ

タグ:フランス ( 91 ) タグの人気記事

カトリーヌ・ドヌーヴらによる#MeeTooへの批判声明

今忙しいので、このブログはほとんど予約投稿で入れているので、何かを読んだり観たりした後の感想などがアップされるのがラグがあります。でも、1/10付のル・モンド紙にカトリーヌ・ドヌーヴなど100 名の女性が出した#MeeTooへの批判とそれについてすぐに湧きおこった論争のことを、挿入します。

要するに、女性を一方的に犠牲者にするこういう形の告発の蔓延はピューリタンの国の思考様式で、フランスでは、男性が女性に対してギャラントリーを表現する権利がある、というものです。


何かを強制したり、合意なく女性を触ったりするのは論外で別のことですが、言葉で気を引いたりするのは犯罪ではない、むしろ伝統 ?ということで、アングロサクソンフェミニズムとフレンチフェミニズムの差がはっきりでています。


で、あらためて日本での告発をネットで読むと、当然ながら、ネガティヴなものばかり。性的なニュアンスで、女性を貶める、というのがトラウマになっています。それに比べると、確かに、フランス男が女性に気軽に声をかけるとか、ハラスメントをする時は、たとえ「しつこい」ことがあっても、内容自体はポジティヴなものがほとんどです。嫌がらせとお世辞(たとえ煩わしい不快なものでも)には本質的な差があります。(日本での例を読んでショックでした。)


要するに、女神や聖母を崇めるような下から目線というのが伝統的なベースです。

もちろん、それを女性の方が不快なハラスメントだと受けとることはありますが、「相手の見た目」によることも大きい。早い話、どんなに崇められても、自分の嫌いなタイプの男だったり、見た目が警戒心を誘うような男だったりするとアウトです。で、権力があるとか、金があるとか、結婚もしているし遊ぶ女性にも不自由していなそうに見える男から下から目線でお世辞を言いまくられる場合には、警戒心が刺激されずセーフということもありそうです。

ドヌーヴなどこういう声明を出せるような女性たちは所詮女性の中でも強い立場にある少数者なのだという切り捨て方をされるかもしれません。

前にも猫のことでセクハラおじさんの心理を書いたことがありますが、私もうちの猫がぐっすり寝ているのに、かわいいあまり、あちこち触ってハラスメントすることがよくあります。でもそこに、「下心」というのは、もちろん性的なものも含めて1ミリもない。

そして猫飼いなら分かると思いますが、どんなにハラスメントしても、下から目線でお仕えしています。やり過ぎて引っかかれても、もちろんこちらが悪いのでこれから気をつけよう、と思うだけです。崇める気持ちは変わりません。猫からはますますさげすまれることもありますし、しつこいと顔を見ただけで逃げられたりもするので、こちらも学習します。

フレンチ・フェミニズムのスタンスの人たちが擁護するのはこういう関係なのだと思います。

それを可能にするのは、女性の側も「大人の女」である必要があるのかもしれません。

それだけではなく、それぞれのシチュエーションにおいて文化だけではなくいろいろな要素が複合しているので、アウトかセーフかというだけで割り切れる問題ではないことは自明です。

ともかく、相手に対して「強い立場」にある者がその強さを武器にして弱い者をいじめたり支配しようとしたりするのは論外で、そういう者を告発できる流れは歓迎です。

でも、それで、男はみんな敵、女は犠牲者という二元論的アングロサクソン型フェミニズムがますます広がるのには要注意です。


相対的に強い立場にあって、その強さを相対的に弱い者を支えるためにだけ使う人は必ず一定数存在します。そうでないと人間はとっくに淘汰されています。自分を犠牲にしても赤ん坊や子供を守る人たちがいるからこそ生きのびているのですから。

そして、多くの社会では、相対的に男の方が有利でマジョリティで、平均すると女性より体が大きくて身体能力が女よりすぐれているので、その中で、自分を犠牲にしても女性を守るという生き方をする人の絶対数は看過できないはずです。

それをなんとなく男全部を糾弾するような論調では、本当のリスペクトできる関係、性別とは別の差別の構造(民族とか宗教とか年齢とか心身の障害とか)を互いに協力して壊していく関係が築けない、というのは事実です。


フェミニズムとフリーメイスン、この2つは、アングロサクソン型とフランス型がまったく別の方向を向いている典型です。グローバリゼーションという名でアングロサクソン型が席巻しているのは事実ですが、これからもフランス型を支持していきたいと思います。

その方が絶対に次の世代のために大切なことだと、日本人としても、女性としても、高齢者としても実感します。


[PR]
by mariastella | 2018-01-11 00:05 | フェミニズム

フランス・ギャルとシャルル・アズナブール

フランス・ギャルが亡くなった1/7の夜のニュースの特別ゲストは、全国ツアーコンサートを控えた93歳のシャルル・アズナブールだった。二人はなんと一度だけデュエットで歌っている。フランス・ギャルの父のロベール・ギャルが作詞したマンマというのに曲をつけてくれる人が誰もいなかったところにアズナブールが引き受けて曲をつけてくれたのだ。


ユーロヴィジョンでグランプリ曲になり彼女を日本でも有名にした『夢見るシャンソン人形』は、ゲーンズブールが作曲していたのだということに今さら気づいた。そういえばゲーンズブールっぽい。フランス人には珍しく童顔で声も甘く、でも、エネルギッシュでリズム感がとびぬけてよかった。ジョニーは「神」と形容されていたが、彼女のキャッチ・フレーズは「フランス人の妹」だ。

フランス・ギャルは、おしどり夫婦だったミッシェル・ベルジェ(『夢見るシャンソン人形』を憎悪していたらしい : 付記あり )が1992年に44歳で急死し、ストレスからか自分も乳がんを患い、その後97年に娘に先立たれて、がんも再発、活動を減らしていた。でも2015年に夫の曲をアレンジしたミュージカルを発表して話題になったのを覚えている。生き生きしていた。セネガルやマリの子供たちの教育の支援に熱心で、アフリカに別荘も持っていたという。享年70歳で、がんの再発で年末から入院していたそうだ。


それに引き換え、アズナブールはぴしっと背筋を伸ばし、おしゃれで若々しく、今でも毎日一曲は曲を作るという。次の日にボツにすることがほとんどだが、今までに1400曲を生んだ。映画にも90本出演している。敬愛する歌手は、レオ・フェレ、シャルル・トレネ、モーリス・シュヴァリエの三人。

就寝前の二時間を読書と勉強(今は中国語の勉強)に当てているという。アルメニア移民の子であり多文化に通じていることの豊かさを強調する。

ピアフのもとからデビューした頃から、「背が低くて醜男で悪声で、将来はなかろう」と揶揄され続けてきたそうだ。しかも歌詞がみんな暗くて陰気だとも言われ続けてきた。

でも、93歳で現役。日本や中国でのコンサートも予定されている。

高齢での活躍の秘訣は、と聞かれて、「とにかく働くこと、学ぶこと」と答えていた。

子供、孫、ひ孫らに囲まれた大家長として君臨する昔一度TVで見たことがある。

家族みんなに尊敬されていた。

健康もやる気も含めて一種の天才なんだなあ、と思う。


付記) フランス・ギャルの夫がなぜこの曲を憎悪していたかというと、歌詞の持つ二重の意味のせいだそうだ。

原曲は、「シャンソン人形」というのではなく「蝋と糠でできた人形」、つまり、頭が蝋で、体の部分がおが屑などで詰め物をした布製という18世紀テイストの、でもこの文脈では安物の人形という感じだ。

フランスの女性歌手が、ロリータ扱いをされたのは、72年生まれのヴァネッサ・パラディのように実際14歳で舌足らずの声でデビューしてヒットした人の例もあるが、バネッサは「人形」ではなく、ジーンズで舞台に立っていたし、どちらかというとアンドロギュノス、中性的なイメージだった。

一方、フランス・ギャルがこれを歌ってヒットした時は1965年で、フランスの「建前」を壊した1968年五月革命の前である。

自分で抗議の声を上げられない時代、それを意識化できない時代に、イタリア語や日本語でまで歌わされた。歌唱力も表現力もある歌手なのに、「ブロンドの人形」としてまさにアイドル(偶像)として玩味されたのだ。

日本人にとっては、シャンソンというとエディット・ピアフなどの「大人の歌」を連想している時代だったから、「手の届くかわいい子」のシャンソン歌手がフランスから来て日本語で歌ってくれるなんて珍しくて楽しかっただろう。

日本語の歌詞もロリータ的であるがフランス語ほどの含意は見られない。

で、フランス・ギャルは、そのような立場から脱し、ミッシェル・ベルジェと出会い、自分の意思を表現する大人の女、歌手、プロデューサー、人道活動家になった。

それにくらべて日本はどうだろう。言いたくはないが、未成年の少女たちにコスプレをさせて、脚をださせ、聴きたい歌詞を歌わせて躍らせ続けている。一人一人の主張や個性は問われず、品評会のようなことをしていて、しかも、それに憧れたり、それを勧める親たちがいる。

1965年のフランス・ギャルは、今のフランスの歌謡界には存在の余地がない。

どうして日本のサブカル・シーンからロリコン風味が消えるどころか濃縮になっていくんだろう。


私は『夢見るシャンソン人形』が好きだった。

それは、当時弾いていたベートーヴェンのピアノ・ソナタの第一番の第四楽章のプレスティシモのテーマの一つと重なったからだ。シャンソンの出だしの部分がはっきり聞こえる。

で、今回、あらためて、この曲についてネットで調べてみたら、その相似についてちゃんと書いてあったので驚いた。ゲーンズブールはよくクラシックの曲からインスピレーションを得ていたらしい。

なつかしくなって、すぐに久しぶりにベートーヴェンのソナタアルバムを出してきてピアノに向かった。確かに何度も出てくるし、ラストにも繰り返される。

(今はネットでも聴けるとおもうので興味のある方は確認してください。)



[PR]
by mariastella | 2018-01-09 00:05 | 音楽

シャルリー・エブド襲撃事件から3年

201817日は、2015年のパリのシャルリー・エブド編集部の襲撃事件からちょうど丸3年経った日だ。13日のシャルリー・エブド紙を見て、愕然とした。

あの事件の後、各界からの寄付で、経営難だったシャルリー・エブド紙は大黒字となり、世界的に有名となった。セキュリティも万全となった。前と同じように、いや、さらに過激なカリカチュアを掲載しても、後ろ指をさされるどころか、「表現の自由」の英雄のような扱いを受けてきた。

けれども、彼らには「普通の生活」をする自由は失われていた。

四六時中武装警官に鉄壁ガードされる檻のような編集部で働き、どこに取材に行くにも、警察やガードマンに囲まれるようになったのだ。

完全武装警護。

これでは確かに、テロリストのつけ入る隙はなく、ジャーナリストもカリカチュア作家も心静かに、安心して平和裏に自由な表現行為を満喫できる…のか?

「抑止力」という言葉を思い出す。

核の均衡による平和。

大国による核の所有は正義。

国家警察という正当な暴力装置による防衛装備は正義。

「正当を守る」のが正義。

「守る」という名の暴力によって担保される自由。

以下は1/3の『シャルリー・エブド紙』からいくつか。


c0175451_04154957.jpeg

完全警護壁の向こうの「平和」


c0175451_04162498.jpeg
安全に自由を楽しむならば、正当な暴力の重荷に耐えなくてはいけない。


c0175451_04165843.jpeg

「テロリスト」を撃つため正義の弾なら先に「自由」が打ち抜かれても感謝しなくては。


[PR]
by mariastella | 2018-01-08 00:05 | フランス

ノストラダムスとヒトラー暗殺

大晦日にノストラダムスについてのドキュメンタリー番組が2本、TVで放映された。


最初の『Nostradamus, les prophéties révélées 』というのは、2015年のアメリカ制作のもので、フランスでももう何度か放送されていたようだ。2015年にもなってまだこんなものが制作されていたのか、という感じのトンでも解釈の羅列だ。


2本目の『LesProphéties de Nostradamus』はかなりまともで興味深かった。こちらは今はリタイアしたジャクリーヌ・アルマンさんが出てくるのでもっと前の制作だろうが、やはりアメリカのものらしい。アンテクリストがサダム・フセインだという説やオバマという説があるところを見ると2008年以降の編集なのか。

以下、2本目の方を視聴した感想。


ノストラダムスについては、個人的にいろいろ思い出がある。

1996年にサン・レミ・ド・プロヴァンスやサロン・ド・プロヴァンスで取材した後、97年にTBSヴィジョンの誘いで鏡リュウジさんと一緒にもう一度ロケをして番組を作り、98年に朝日新聞社から、99年に文藝春秋社から単行本を出し、私の本にインスパイアされたという岩波書店からのノストラダムスとルネサンスの本に参加するなど、思いがけない展開があったが、もう20年も前のことだ。


日本ではあまりにも「1999年の7の月」の終末論で知られていたからその後は急速に関心が薄れたようだった。それでも2001年のツインタワービルなどの同時多発テロの時は、それもノストラダムスの予言にあるとかないとかで意見を聞かれたことがある。

そういう懐かしいプロヴァンスの風景や博物館の知り合いの姿などを画面で見てノスタルジーに誘われたし、3人のアンテクリストのことを強調して一人がナポレオン、二人目がヒトラー、というのはいいとして、驚いたのはドイツとの関係だ。


ヒトラーの出現やホロコーストをノストラダムスが予言している、という類の解釈のことは知っていたが、出世作の『化粧品とジャム論』が1573年にドイツでも翻訳されていたことは覚えていなかった。

そして、ヒトラーのドイツがオカルト趣味全盛期だったことは知っていたし、ノストラダムスやその他の予言者を研究したり登用したりというのも知っていたが、その事情に通じていたイギリスが、それを利用したプロパガンダをやっていたのは知らなかった。

イギリスはオカルト科学をまったく信じていなかったが、ナチスが信じていたことを知っていたので、6人がヒトラーを暗殺する、という内容のノストラダムスの4行詩をフェイクで作って、それをプリントしたビラをドイツの上空からばらまいていたというのだ。


そんなことを思いつくのも、実行するのもなんだか信じられないが、


それでどういう効果があったのか、

かなり多かったというヒトラーの暗殺計画や暗殺未遂との関連はあるのか、

あるとしたらいつ、どれと、どういう風につながったのか、


そこのところがとても気になったが、番組では詳しいことは語られていない。



(この50分から51分20あたりに出てくる)


ノストラダムスはフランスのルネサンスの人間で、時の政権からも重用された。

著作はフランス語だ。

予言書と言われる4行詩などはわざと分かりにくく書いているし、それを動詞変化の少ない英語やドイツ語などに訳すると余計に分からなくなる。


なによりも、このノストラダムスを利用して対独のプロパガンダに使おうという発想は、まず、フランスではあり得ないタイプのものだ。


アングロサクソンがゲルマン人に対するものとしてならそれがあったのだ。

うーん、なんとなく納得するが、まだ言語化を試みていないので、ここに覚書として書いておく。

けっこうおもしろい切り口になるかも。


[PR]
by mariastella | 2018-01-04 00:05 | フランス

カトリック信者の結婚、日本とフランス

年末に、私のサイトの掲示板にカトリックの結婚と離婚についての質問がありました。

分かる範囲でお答えしたのがこちらです


実は、このブログで、いろんな方がコンスタントにアクセスする記事に「カトリック信者の離婚と再婚」というものがあります。

こんなこと気にする日本人なんているのかなあ、と思っていたのですが、単純に「カトリックは離婚は禁止」とか思っている人もいるようなので、読んでみて役に立てば幸いです。

離婚は禁止されているのではなく、結婚は夫婦だけでなく聖霊も一緒の絆なので、人間の都合だけでは離婚できないという意味合いです。


ちょうどひと昔前の日本の離婚が、夫婦だけでなく仲人さんの立場もあるからまず相談しなくては、というのと似ているかも。


[PR]
by mariastella | 2018-01-03 00:05 | 宗教

「テロリストは僕だった」と2017年のマクロン

「テロリストは僕だった」というドキュメンタリーを視聴して、

「ベテラン・フォー・ピース」という退役軍人たちの平和活動を知った。



沖縄からベトナムやイラクに出兵した米兵たちの証言と覚醒の意義は大きい。

沖縄の基地増設反対の座り込みなどに、沖縄の人以外のプロ市民がいるとか、在日だとか反日だとか、だから沖縄の多くの人は実は受け入れているのに「活動家」に利用されているのだ、という類の批判がもっともらしくなされることがあるが、このような運動は多様な人が協働してこそ大きな意味を持つということは前にも書いた。

そんな中に元沖縄の米海兵隊にいた兵士もいるのだということをもっと強調してほしいくらいだ。

一撃必殺、と繰り返させる兵士の「洗脳」の様子は、シリアのISの軍事訓練と変わらない。人間を殺すことについて「命令に従う」という以外のオプションしか与えられないという点ではヒットラーのナチスや世界中の死刑執行官も同じだ。

殺される方ももちろんだけれど、殺す側の尊厳もそこにはない。

兵士になれば教育を受けて、家を建てて仕事も見つかる、などという甘言に惹かれる若者たちの存在は、新自由主義経済社会が生む経済格差の結果でもある。

従軍司祭たちと話をしてみたい。

七二年前、原爆を搭載した飛行機を祝福した従軍司祭もいた。

アメリカのような国では従軍司祭の影響は看過できない。

兵士たちは故郷で「祖国のために戦う英雄」として崇められる。

死ぬか生きるかの前線では、「聖なるもの」にすがる気持ちもあるだろう。

フランシスコ教皇のようにはっきりと戦争を糾弾している首長のいるローマ・カトリックの体制に属しているカトリックの従軍司祭は、今、どういう折り合いをつけているのだろう。

沖縄の日本人信徒から慕われている米人カプチン会のウェイン師が新司教になることはどういう意味を持ってくるのだろう。

2017年、フランスのマクロン大統領は世界中からポジティヴな評価を受けた。

第一に、「先進国」を席巻しつつあるかに思われるポピリュズム国家主義者に選挙でストップをかけて勝利したことがある。

第二に、トランプの不支持と悪評が増し、イギリスの首相はブレクジットで苦戦し、ドイツのメルケル首相も過半数を確保できず弱体化している、という他の「欧米諸国」のリーダーの状態に比べて相対的に強く見える。

第三に、冷戦末期以来、他の先進国が新自由主義に拍車をかけてきたのにフランスだけが、伝統の「社会民社主義」の慣性を引きずって「規制緩和」が遅れていたのをマクロンがついに、新自由主義の中での競争力をつけることを優先的にしているので、大企業家や富裕層から大いに歓迎されている。

自分はずっと4時間睡眠で困らないから、ということで、閣僚にも結果主義の激しいノルマを課しているところはブラック企業みたいだ。

でも、これらの高評価を背景にした自信を持って、地球温暖化の問題などについては、フランスを、久しぶりに「アメリカにNOと言える国」にしている。

地球の環境を守ることと、戦争をなくすことと、武器を捨てることは、本当は一体であることだ。

2018年が未来にとってどういう意味を持つ年になるかは、私たち一人一人の覚悟にかかっている。


[PR]
by mariastella | 2017-12-31 00:05 | 雑感

サルコジとマクロン

先日の朝のラジオで、移民問題専門家の歴史学者で政治学者のパトリック・ヴェイルが話していたのがとてもよく整理ができていて納得した。

彼にとっては、マクロン政権は移民に対するフランスの原則を否定するとんでもない大統領になりそうな男のようだ。

最近、移民、難民や路上生活者に赤十字などが差し入れた食物や寝袋などに警察が催涙ガスを撒くなどの事件があり、違憲判決などが出ている。
しかし、例えばマニュエル・ヴァルスが内務相の時に暴走した時も、上から支持されたものでなかったが、今のコロン内相は全面的にマクロンの指示でやっている。

また、サルコジとマクロンは正反対だ、という。

サルコジは言葉の上では暴力的だったが、現場ではそれなりに現実的だった。
マクロンは言葉の上では移民にようこそ、などと丁寧で親切だが夜になると食べ物や避難所を襲う。

冬の夜のホームレスを一時迎え入れる避難所に警察を入れて不法滞在者かどうかのチェックをし始めたというのだ。

フランスには、三ヶ所、身分を確認しないで無条件で受け入れる聖なる場所が三つある。

子供を受け入れる学校、
病人を受け入れる病院、
宿のない人を受け入れる避難所

だ。

実際、それを知っているから、あえて就学年齢の子供をフランスに不法に送り込む親もいる。

不法滞在で働いている外国人が、体に異変を感じた時にパリの公立病院に行けば無料でMRIなどの検査をうけて治療も受けられるセクターがある。身分証明書も何もいらない。

ホームレスが炊き出しに並んでも、避難所に宿を求めても、身分の確認はない。

それがフランスの伝統でアイデンティティで、どんな政権も変えることができなかった。

身分の確認をメトロの中で、労働現場でやるのなら別だが、学校、病院、避難所はご法度である。

それに手を付けたマクロンは、核兵器を使用したようなものだという。

来春に向けて新しい移民法案が議論される。
じっくり経過を見ていきたい。


(フランス語OKな人はここで聞けます。)

[PR]
by mariastella | 2017-12-30 00:05 | フランス

トロカデロの「勝利の踊り」

先日、イエナからエッフェル塔の方に向かってトロカデロを横切った時に、ギリシャの女神アテナの彫像(樹脂製)の前を通った。サラブゾルが1925年に制作したがここに置かれたのは1989年とかで、今まで気づかなかった。

c0175451_01233490.jpeg

動きがバロックぽくって気を惹かれて銘を見たら、「勝利の踊り」とあった。

「神々が巨人たちを征服するのに貢献したアテナ」、「物質を支配する知性」に捧げたものだという。(パラス・アテナとあるのは、トリトンの娘で宛名と共に育ちやはり戦いの乙女だったパラスがフランスではアテナと合体したりアテナの異名となっているからだ)

c0175451_01240162.jpeg


「物質を支配する知性」というのはタロット・カードの大アルカナの「力」の解説でもある。

このカードのたいていの意匠は若い女性が楽々と、荒れ狂う獅子の口を鼻の鎖でおさえたりしているもので、精神が物質を、知性が本能や欲動を、女が男を、天使が獣を、魂が肉体を支配する、という意味だとされる。


そういえば、「柔よく剛を制す」、という言葉もあったなあ、と思ってネットを検索するとその由来は

>>古代中国の 兵法書「三略」に記載されている。 「柔能剛を制し、弱能く強を制す」とある。 「軍しん」 という、戦についての予言書から引用された句で、「三略」はそれに続けて、 「柔は徳で、 剛は賊である。弱は人が助け、強は人が攻撃するものである」と説いている。<<

だとあった。


「柔は徳」というのがなかなか奥が深い。


古今東西、せっかくこういう考えがあるのに、今の世界を見ていると、弱肉強食がまかり通っているのはいったいどうしたことだろう。


[PR]
by mariastella | 2017-12-29 00:05 | 雑感

エッフェル塔のジュール・ヴェルヌ

先日、エッフェル塔内のレストラン『ル・ジュール・ヴェルヌ』で食事した。

c0175451_02185139.jpeg

ここはフランス革命記念日のパレードに招待されたトランプ大統領夫妻がマクロン夫妻に招かれて会食したことでさらに有名になった。トランプは窓から見える鉄骨を見て、「まだ足場が残っているんだね」と言ったとか言わないとか。

フランスに40年以上も住んでいるけれど、エッフェル塔に上ったのははじめて。エレベーターの列に並ぶのが嫌で、両親が最初にそろってパリに来た時も、凱旋門の上で我慢した。モンパルナスタワーの最上階のパーティには出たことがあって夜景がきれいだったけれど。

で、『ル・ジュール・ヴェルヌ』に行くには専用エレベーターがあって並ばなくてすむ。

けれども、テロ対策で今はエッフェル塔の周りに柵が張りめぐらせてある。

北のゲートと南のゲートがあり、トロカデロにつながる北側の方がメトロに近いので警戒も厳重ですごい列だ。

レストランは南側で、予約専用ゲートのセキュリティ・チェックを済ませて、さらに専用エレベーターを使える。

c0175451_02195015.jpeg

料理はアラン・デュカス監修で、ややヌーヴェル・キュイジーヌ風。

窓際の席で寒空の下のセーヌ河が見える。

食事の後は向かいのマルシェ・ド・ノエル(クリスマス・マーケット)を歩いたが、隔てる道は通行止めになっていての徒歩でも横切れない。

c0175451_02082828.jpeg

マーケットの入り口にもセキュリティ・チェック。中ほどに子供用のアイススケートのコースが平行に作ってある。

子供たちの歓声を聞いていると、年末の雰囲気が味わえる。

c0175451_02135228.jpeg
フランスは観光客が戻ってきているそうで、2020年には一億の大台を目指しているという。

2020年、東京オリンピックは、放射能はアンダー・コントロールと言って、

2024年のパリのオリンピックは、テロがアンダー・コントロールということで

それぞれ、開催地に選ばれた。

何だか、どちらにも、いまひとつ信頼感をそそられないのはなぜだろう…。


[PR]
by mariastella | 2017-12-28 00:05 | フランス

クリスマスのミサ

今年のクリスマスの深夜ミサは歩いて5分の近くの教会の入り口にも兵士がふたり立っていて驚いた。出る時には10人くらいになっていた。
非常事態宣言が解除されて、シリアのISも排除されたけれど、ISは特にクリスマスをめがけてのテロを呼びかけていたからかもしれない。
「家族の集まるお祭り」であるクリスマスに、寒空で不動の若い兵士を見ていると気の毒だけれど、銃をしっかり構えているのを見ると、なんだか怖い。
武器を持たせてスタンバイさせる、ということ自体の異常さを身近に感じる。

でもクリスマスイヴのミサはクリスマスの歌がたくさん歌える。
ミサ自体も歌われる部分が多いのだけれど、その他の歌だけでも13曲の歌詞が配られた。
日本の普通の子供にでもなじみなのは『きよしこの夜』だけれど、音楽の時間に『グローリア』を習えたのは印象的だった。小学校だったか中学校だったか覚えていないけれど(公立学校です)ラテン語部分がちゃんとカタカナで書いてあって、独特の節回しは忘れられないものになった。今の日本の公立学校でもグローリアが歌われているのだろうか。日本の民謡で『刈干切唄』というのも同時期に習って、この節回しも快感だった。二つとも、当時は学校で以外耳にしたことがなかったのだけれど、マイレパートリーになった。
c0175451_05551358.jpeg
c0175451_05554065.jpeg
c0175451_05592888.jpeg
「主の祈り」の前には、「翻訳が変わりましたからね」とだけ伝えられた。
みんなちゃんと新訳を唱和していた。後ろにいた夫婦(多分クリスマスと復活祭にしか教会に来ない人たち)が「いったいどこが変わったんだろう」と言っていたので「もうsoumissionがないんですよ」と教えてあげた。

25日正午には、ローマ法王が世界に向けて発するスピーチ(Urbi&Orbi)の中で、クリスマスは「時の巡礼」だと言っていた。タイムトラベルではなくてタイムピルグリメイジtime-pilgrimageというわけだ。なんだか毎年、キリストの誕生を祝うのは永劫回帰みたいな感じがしていたけれど、前の年のものを繰り返したり踏襲したりするのではなくて、2000年前のベツレヘムの時空へ毎年巡礼するのだというイメージは悪くない。

そして馬小屋で生まれた赤ん坊という降誕のイメージを、「居場所のない子供」ということで、難民の子供、貧しく、家のない子供の中にこのクリスマスの赤ん坊の姿を重ねるのも実感がこもっている。
中東はもちろん、南スーダン、ソマリア、ナイジェリアなどの子供たちのことが喚起された。「子供の形をとった神」というバージョンを一神教に可能にしたのがクリスマスだ。

フランシスコ教皇はさらに、エルサレムをめぐってのパレスティナの対立、ベネズエラ、朝鮮半島、ミャンマー、バングラデシュ、などに言及し、今と未来の子供たちにより人間的でよりふさわしい世界にしようと呼びかけた。

ローマは抜けるような青い空だ。

同一首長を仰ぐ宗派では世界最大のローマ・カトリックのトップが、公の席で世界中の紛争に堂々とコメントするのはある意味では大したものだ。
国家の首長ならやはり自国ファーストだし、「象徴」とされる元首などなら世界どころか自国の政治に関わるようなコメントさえできない。

ローマ法王なら政治家のように選挙民や支援者の顔色をうかがう必要もないし選挙地盤や特権や財産を受け継がせたい子孫もいない。そういう立場の人が正論を口にし続ける意義は大きい。

もうこれで5年も難民の受け入れを呼びかけているのに、カトリック大国であるはずのポーランドがますます閉鎖的になっているのを見ても、ローマ法王の勧告など効果がない、という人がいるが、効果がないから言うのをやめてしまうのと、言い続けるのでは大きな差がある。

サンピエトロの広場に整列するスイスの衛兵たちを見るのも今年は特に印象的だった。

近所の教会で迷彩服の兵士が銃を抱えている威圧的な姿を見たところだったので、ミケランジェロのデザインとも言われる中世の制服を着た衛兵がコスプレ風にずらりと並んでいるのは非現実的だ。
彼らの装備は「軍備」としての「抑止力」にはならない。
ゼロだ。
でも、シンボリックな抑止力はある、と思った。

抑止力としての核兵器の所有を許す暫定期間は終わった、すべての紛争は話し合いと譲り合いと連帯で解決するべきだ、と訴える80歳を超えたリーダーを守るこの中世風の衛兵の列を、誰かが武力で撃破することのシンボリックなハードルは、とてつもなく高い。

クリスマスの午後は4日前から食べ物を口にしなくなった92歳のチベットの高僧を見舞った。
私のために祈ってほしい、と言われた。
私はクリスマスの教会でもすでに彼のために祈っていた。

でもこれまでずっと彼に頼ってきたので、瀕死の彼に向って私は、「私たちのために祈ってください」と厚かましくも頼んだら、彼は「ずっと祈り続けているよ」と言ってくれた。

そうか、これまで私たちのためにずっと祈ってくれている彼が、今はじめて自分のために祈ってくれ、と口にしたのだ。

中国に侵略される前のチベットで最高学歴を極め、ゲールク派の最高学府の院長となり、一代で「活き仏」に認定されたゲンラの一部の何かが、なぜか今、私の中で息づき始めた。



[PR]
by mariastella | 2017-12-26 07:36 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧