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L'art de croire             竹下節子ブログ

タグ:ムッシュー・ムーシュ ( 20 ) タグの人気記事

ムッシュー・ムーシュのおはなし 20

空中浮揚

ムッシュー・ムーシュは、自分は空中浮揚ができる、と断言した。

すぐにみんなが、それなら証明してくれ、と頼んだ。

群衆の圧力を前にしてムッシュー・ムーシュは床から1mのところにある台に上った。


「簡単な方法を選んでみました」とムッシュー・ムーシュは言った。

Sekko : 主として宗教者の超常現象に使われる空中浮揚の言葉は、立ったままや座ったままの姿勢でまっすぐ浮かびあがるというもの。結果として、要するに、自分の立ち位置が高くなればいいわけで、ムッシュー・ムーシュは結果が同じなら簡単な方法でほら、どうぞ、と見せたわけだ。もちろん人々は結果ではなくて上り方を問題にしているのに、すり替えたのだ。

物質の瞬間移動にも似たような話がある。苦労して、ある物体を1m横の容器に異動させる装置を開発したと自慢しても、1mなら手でホイと持って移動させた方が速いわけで、瞬間移動の意味はない。それを逆手に取って真面目顔で語るムッシュー・ムーシュを非難する正当性など私たちにはあるのだろうか。


by mariastella | 2019-05-05 00:05 | ムッシュー・ムーシュ

ムッシュー・ムーシュのおはなし 19

埋葬

ムッシュー・ムーシュがある埋葬に招待された。

棺を運ぶ行列の間、ムッシュー・ムーシュは、グロテスクに大泣きしてその大げさぶりがみんなの迷惑になるほどだった。

「でも、故人はあなたとそれほど親しい人ではなかったではないですか」と誰かが驚いて聞いた。


「親しくないからこそ親密にしみじみと泣かないのです」とムッシュー・ムーシュは答えた。

Sekko :本当に大切な人を亡くした時は涙も出ない場合もある。逆に、生前冷たくしていたのに葬儀では大げさに哀悼の意を表明する人も確かにいるだろう。ムッシュー・ムーシュはそれを皮肉っていると同時に、参列した全ての人に、死者との親しさと悲しみとその表現との関係を思わず考えさせたに違いない。


by mariastella | 2019-05-04 00:05 | ムッシュー・ムーシュ

ムッシュー・ムーシュのおはなし 18

泥棒

ムッシュー・ムーシュが朝市でリンゴを売っていた。

ひとりのあやしい男が明らかにリンゴを盗みそうな様子でうろついているのに気がついた。

ムッシュー・ムーシュはその男に近くに来るように合図して、リンゴを一つ与えた。

男はリンゴをつかむと全速力で逃げていった。


「してやられたな」とムッシュー・ムーシュは言った。

Sekko :

「してやられたな」というのはil a quand même le dernier motの訳。

論争で最後に主張して優勢を決めるという感じだ。つまり、ムッシュー・ムーシュはここで、リンゴを「恵んでやる」という優位に立とうとしたのだけれど、泥棒は「ありがとうございます」などと言わずに、泥棒としての初志 ?を貫徹した。


by mariastella | 2019-05-03 00:05 | ムッシュー・ムーシュ

ムッシュー・ムーシュのおはなし 17

英仏海峡

ムッシュー・ムーシュが英仏海峡を泳いで渡ろうとした。

まず足を水に浸けた。水がとても冷たかったので引き返した。


「少なくとも、試しては見た」とムッシュー・ムーシュは言った。

Sekko : 足先を水につけただけでひっこめるのなら、プールでも水風呂でも、単なる浜辺の海水浴でも変わらない。

それと同じことを、「英仏海峡横断」というケタ違いの言葉を前にしてやってみせるズレの感覚がムッシュー・ムーシュの真骨頂だ。でも、この種の大言壮語や誇大妄想、広告やポピュリズム政治などでも大いにありそうだ。


by mariastella | 2019-05-02 00:05 | ムッシュー・ムーシュ

ムッシュー・ムーシュのおはなし 16


ムッシュー・ムーシュは傘を持って家を出た。

振り返ると、隣の家の人が傘を持たずに出てきたことに気がついた。


「あなたが私のことを馬鹿だと思っていることは分かっていましたよ」とムッシュー・ムーシュは言った。

Sekko : これも対人関係。隣の人が傘を持たずに出てきたのは偶然だろうし、晴天なのに傘を持っているムッシュー・ムーシュにあてつけることなど考えられない。むしろ、雨もよいなのに傘を持たずに出て来た人を見て、「ぼくはちゃんと天気予報を見て傘を持って出るもんね、あいつは考えなしで後で困ることになるにちがいない」という方向なら理解できないでもない。それを逆転したムッシュー・ムーシュの「不条理」にはいろいろなことを考えさせられる。


by mariastella | 2019-05-01 00:05 | ムッシュー・ムーシュ

ムッシュー・ムーシュのおはなし 15

小さな魚

ムッシュー・ムーシュがとても小さな魚を釣り上げた。

すぐに水に放してやった。


「あいつは私のことを下手な魚釣りだと思うだろうな」とムッシュー・ムーシュは嘆いた。

Sekko : これは「対人関係」の話。何かを主体的に、自分の中の原則に従ってやった後、それでも、相手は、誤解するだろうなと思うことがある。誰にでも分かる例でいうと、子供と遊んでやっていた大人が、子供の真剣な様子を見てわざと手加減して負けてやったのに、子供に「自分は大人よりも強い」と錯覚させてしまうのではないか、大人は頼りにならないと思わせるのは、長い目で見ればよくないのでは? などと迷ってしまう瞬間などだ。判断の根拠や原則をいちいち当事者に説明することなどはできない。でも、そのうちに、目に見える数字など即座に比べられるような損得のルールだけで動く世界が出現するとなると心配だ。


by mariastella | 2019-04-30 00:05 | ムッシュー・ムーシュ

ムッシュー・ムーシュのおはなし 14

馬 

ムッシュー・ムーシュが馬に乗って、すばらしい馬術を披露した。

「ご満足でしょう」と指導官が言った。

「いいえ」とムッシュー・ムーシュは答えた。

「でも、あなた行きたいところに正確に馬を誘導できましたよ」と指導官。


「ええ、でも私は馬の行くところに行くんです。」とムッシュー・ムーシュは答えた。

Sekko : これは何となく答えが予測できた。

犬は命令したことに従うけれど、ネコのサーカスをやっていた人が、猫は、やりたがってうずうずしているのを抑えておいてぱっと放すことで芸をしているように見せるのがコツだと言っていた。

うちの猫たちもルーティン化している「芸」のいくつかをやる直前にこちらが掛け声をかけてやることで、まるで命令に従っているかのように見える。うっかりしていると、こちらの掛け声を待たずに勝手に芸をした後で食べている。いや、この話は動物の制御の話ではない。急がば回れということも含めて、人は、置かれた状況を注意深く観察して波に逆らわないようにうまく対応することが、全体のパフォーマンスを高めるという話なのだろう。「対話」もまず「相手の話に耳を傾ける」ことなしには円滑に進まない。


by mariastella | 2019-04-29 00:05 | ムッシュー・ムーシュ

ムッシュー・ムーシュのおはなし 13


ムッシュー・ムーシュが、ある農家で卵を一つ買った。

うちに帰って卵を割ったら、ヒヨコが一匹出てきた。

「こいつに全部食べられた!

とムッシュー・ムーシュは言った。

Sekko: 1行目、2行目と読むうちに、最後にムッシュー・ムーシュが何というのか、わくわくしてしまう。

これも秀逸だ。確かに、卵は、無精卵というのが普通に売っているように、本来は、人間に搾取される「栄養」と、新しい命の元になる部分とからなっている。人間の胎児なら母胎とへその緒でつながっているけれど、雌鶏から離れる卵は本当はヒヨコの命を養う栄養のすべてなのだ。

「人間に全部食べられた!」と言いたいのは生まれることのないヒヨコの方かもしれない。


by mariastella | 2019-04-28 00:05 | ムッシュー・ムーシュ

ムッシュー・ムーシュのおはなし 12

五つ子

ある村の中央広場に村人が全部集まっていた。

五つ子が広場を通っていたからだ。

それを見ていた人が質問した。

「どうして五つ子は、外に出る時に五人いっしょに出かけるんでしょう?

ムッシュー・ムーシュは答えた。

「彼らは四つ子だと間違われるのが嫌だからです」

Sekko : 何か「普通と違う」ということでどうせ注目されるなら、それが中途半端であるのはたえられない、というのは分かる気もする。極端なことを言えば、両眼の視力がないのにすばらしい名人技を見せる人が、「片眼の視力がないのにすばらしいパフォーマンスだ」などと賛美されると、いや、両眼とも見えないんです、と言いたくなる。逆に、「美談」を語る時に、ハンディを大げさに演出する人もいるだろうし、「稀代の犯罪者」の伝記に生育のトラウマを水増しすることもあるかもしれない。聴覚を失ったという「天才作曲家」の「難聴度」がしつこく話題になった事件もあった。

見世物とかメディアと群集心理の関係について考えさせられるエピソードだ。


by mariastella | 2019-04-27 00:05 | ムッシュー・ムーシュ

ムッシュー・ムーシュのおはなし 11

外聞

通りで立小便をしていたムッシュー・ムーシュは、通行人から突然声をかけられた。

「あなたのようなちゃんとした大人が一体どうやってこんなことができるんですか」

ムッシュー・ムーシュは答えた。


「私は犬を飼っていないもんでね」

Sekko :確かに、犬の散歩で、大の方は袋を持参で持ち帰ることができるけれど、小の方は普通は何も言われない。条例での規制があるとか、くり返して他人の家の塀やガレージや車を汚すなどなら不法行為として慰謝料や賠償金の請求があるかもしれない。「受忍限度を超えるかどうか」という基準もあるようだ。

パリの小学校の前の道で子供を迎えに来た母親が息子に立小便をさせていた時、通りすがりの大人が叱責したのを見たことがある。その母親は、「犬ならOKで将!」と怒鳴り、叱責した方は、「あなたはあなたの子供を犬だと見なすのか!」と怒鳴り返していた。

シンボリックな意味でもけっこう微妙な問題だ。


by mariastella | 2019-04-26 00:05 | ムッシュー・ムーシュ



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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