L'art de croire             竹下節子ブログ

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米朝首脳会談の後とシリアから戻った子供たち

 先ごろ、米朝首脳会談に関する日本のメディアの記事を読んでいるとなんだかネガティヴなものばかりで心もとなかったけれど、私がいつも読んでいるブログの三方は全員がポジティヴな見方をしていたので少しほっとした。


元広島市長による広島ブログ。


弁護士の澤藤さんのブログ

元外交官でレバノン大使だった天木さんのブログ


私は他のことに関して彼らの意見にすべて与するものではない。

彼らの間でも意見が異なるテーマがある。

でも、彼らはそれぞれ「ぶれない」ところが信頼できる。

家族会関係者のこの発言も興味深く読んだ。


なるほどだと思う。


40年も経っていれば、一方的に拉致被害者の返還などというより、日朝国交を回復して被害者が向こうで作ったかもしれない家族とも自由に行き来し、今の時点でそれぞれの当事者たちが最も望む形に沿えるように支援することが最善であるというのは分かる。

今のフランスで切実な問題は、ISに洗脳されてシリアに渡ったフランス国籍の女性たちが連れて行ったり、現地で生んだりした子供たちの「引き取り」だ。

子供たちはある意味で「拉致」されたと言える。

現在フランスに戻ってきた子供たちは70数名だそうで、シリアにはまだ300人以上残っているというが、現地で生まれた子供たちについては出生届とかがあるわけでないので正確な数字は把握されていない。

彼らは、テロ関係の犯罪容疑で裁かれる親たちと隔離される。

フランスによる再教育のプログラムを受ける年齢でない子供たちは、保護家庭に引き取られているが、ISの子供たち専門のオリエンテーションを受けた保護家庭ではない。

いろいろな問題が噴出しているようだ。

普通の移民や難民の子供たちを暫定的に引き受ける家庭に振り分けられるからだ。


ISから来た子供たちは多くの問題を抱えている。

もちろん、生まれた時から「戦闘地域」にいたというトラウマもあるが、みんな父親との関係がなく母親とだけ暮らしてきた。もちろん保育園や幼稚園や地域の「社会生活」というのも知らない母子隔離状態だ。だから子供たちは母親から引き離される時点でパニックに陥るという。


母親の中には積極的にテロリズムに参加した者から、洗脳の犠牲者、性暴力の被害者、最初から騙された者などいろいろなケースがあるが、それは裁判によって明らかになるまで「容疑者」として留置されている。(シリアで逮捕されて裁かれ、終身刑の判決を受けた女性もいる。)


どのケースであっても、子供たちはみな、被害者だ。


それを思う時、北朝鮮による拉致被害者に子供や孫がいる場合、彼らを一体どのように「保護」できるのか、というパースペクティヴをはたして日本政府が持っているのかどうかについての疑問が、頭を離れない。


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by mariastella | 2018-06-21 00:05 | 雑感

G7の共同声明からのアメリカの撤退とヨーロッパ

先ごろのG7サミットでのアメリカ撤退劇と続く米朝会談を見て思ったこと。

G7で、我々共通の「警戒すべき敵」は中国だから、と水を向けられたトランプが「いや、アメリカの敵はヨーロッパだ」と答えたのだそうだ。

これにはヨーロッパがのけぞったようだ。

G7のヨーロッパと言えば、英独仏伊、第二次大戦では連合国と枢軸国に分かれるし、独仏は、一時ドイツに占領されたフランスが戦後ヨーロッパ共同体を呼びかけた仲だ。

で、このアメリカ、特に、あらゆる国際合意を蹴って、二国間の力比べに改宗しようとするトランプの前で、一国ずつでは「勝ち目」のないヨーロッパは、本気でアメリカから自立しなくてはならない、と覚悟を決めるそうだ。

戦後ずっとアメリカの核の傘に入って守ってもらっていた「被保護者」の習慣からいよいよ抜け出すべきだと。

ヨーロッパと言えば、移民国家アメリカのルーツの国々だから、なんとなくそれなりの「権威」を保っているのかと思っていた。しかも、第二次大戦の連合国側だった英仏の二ヵ国は「核兵器保有」を国際的に正当化している国だ。日本の立場とは根本的に違うと思っていた。

でも、考えたら、第二次大戦というより、その後40年以上続いた「冷戦」が今のヨーロッパのメンタリティを作ったらしい。

つまり戦争で荒廃したヨーロッパは、「復興」のために、軍備どころではなかった。国境を接する「共産主義陣営」に対する「防衛」の余裕はなかった。そこで結局、NATOの名のもとに、実質上アメリカの庇護地域となっていたし、冷戦後もその状況に慣れきっていたのだ。


考えてみると、アメリカもそうだが、今のヨーロッパの政治家たちはみな「戦後」生まれだ。「世界はアイゼンハワーのアメリカとフルシチョフのソ連の二大国のにらみ合いからできている」と思って育った人がマジョリティである。

アメリカは南北戦争以来、戦場となっていない。911を除いては、「攻められて」いない。

「共産主義陣営」から直接ミサイルを向けられていたヨーロッパ、中東とも地続きで難民が押し寄せるヨーロッパ、北朝鮮や中国に近くソ連(今はロシア)とも近かった日本などとは「脅威」の質が違う。

「鬼畜米英」などと言われてアメリカを憎悪させられていた日本人がいつのまにかアメリカ一辺倒になって日米同盟と軍事基地提供がデフォルトになっていることにあらためて驚いていたが、ヨーロッパも同じだったのだなあ、と今さらにして思う。

でも、結局、ヨーロッパの決意が、

《ではあらためて、アメリカからの庇護なしで「自力の軍事力」を高めよう》

という方向になるのでは何かが間違っている。

あれだけ争いの絶えなかったヨーロッパ内をせっかく恒久非戦ゾーンにしたのだから、自分たちの保身だけではなくその平和の理念を外に広げていく方向に行ってほしい。


現実は、ヨーロッパ内の理念の共有さえあやしくなって、押し寄せる難民の前にナショナリズム全開になりつつある国も出てきている。

ジョスパン政権時代の外務大臣ユベール・ヴェドリンヌは、そもそもヨーロッパがアメリカに追従してロシアを制裁したのがまずかった、ロシアを取り込むべきだった、と言っていた。結局ロシアは、中国、イラン、インドなど「非ヨーロッパ新興勢力」とのが新しい「勢力圏」を形成し、そちらの方が少なくとも表面上は明らかに「協力」体制が強固そうだ。


それでも、人がすべての同胞との平和を希求する時代はきっとやってくる、と、信じたい。


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by mariastella | 2018-06-19 00:05 | 雑感

アメリカとイスラエルの関係

なんとなくイメージはあったけれど、はっきり言葉にされると思わずたじろぐ、という類の言説がある。最近読んだレジス・ドゥブレの論考にそれが出てきた。

アメリカとイスラエルの関係についてだ。

アメリカが大使館をエルサレムに移転したことでパレスティナ情勢の火に油を注いだとヨーロッパ諸国は非難している。

アメリカとイスラエルの「癒着」といえば、数々のユダヤ「陰謀論」を別にしても、

「アメリカの軍産コングロマリット」と

「ユダヤ金融資本」

との利害が一致しているから、イスラエルの核保有を含むアグレッシヴな政策が止むことを知らないのだという見方が一般的だ。

トランプの娘がユダヤ教に改宗していることなどを見ても、ユダヤロビーが強力なのはもっともだ、という印象をもってしまう。

ところが、これをあっさりと宗教のバランスでひも解くと次のようになる。

どちらも歴史の浅い二つの国の成り立ちは似ている。

建国の「神話」が共通している。


「選ばれた民」

「約束の地」

「植民者であると共に開拓者、パイオニアである」

「運命を切り開く確信」

「ユダヤ=キリスト教的メシア(救世主)信仰」

この共通の構成要素が、不思議な効果を生んでいる。


すなわち、イスラエルを保護する立場の超大国アメリカが、モラルの点ではイスラエルに従うことだ。


アメリカは大統領が聖書に手を置いて宣誓する国、危機が起こるとホワイトハウスで朝の祈りを開催する国、ホテルに旧約聖書が置いてある国だ。

そんな国が、聖典(旧約聖書)が憲法や土地台帳の根拠を提供している国の政治に異を唱えることなどできない。イスラエルは宗教においてアメリカの「兄貴分」であるからだ。

なるほど。

これがカトリック国とイスラエルでは少し違う。

ローマ教皇もユダヤ教は歴史的には「長兄」のようなものだ、と和解の手を差し伸べている。けれども、イエス・キリストは「兄」であるユダヤ教に刃向かったわけではなかった。

ナザレのイエスはユダヤ人でユダヤ教徒だったので、キリスト教は生まれていない。そして、ユダヤ教徒なのに不都合なことを言って当時のあり方を批判したので冒涜だといって殺された。

それに比べると、アメリカの建国神話のピューリタンが生まれた「宗教改革」は、叛旗を翻したリーダーたちは一方的に殺されたのでなく、離反して自分たちこそ正しいキリスト教だと主張した。カトリックとプロテスタントは何十年も戦争状態で血を流し合った。

だから、歴史的に(西ヨーロッパ・ベースで言えば、)、ユダヤ教、カトリック、プロテスタントの順で長兄、次兄、末っ子になるはずだけれど、プロテスタントはむしろ一種の「父殺し」で外に出た。激しい「家庭内暴力」の末に「約束の地」を外に求めたのだ。


カトリックはユダヤ人を「神殺し」と差別してきた。そしてその延長にあるナチスのホロコーストのせいで、ドイツや、ドイツに占領されていたフランスのような国は、その「罪悪感」のせいで、イスラエルに本気で説教することができない。(スウェーデン、イギリス、スペインなどはその「罪悪感」がないのだそうだ)

で、うちを飛び出して約束の地に「神の国」を建国したアメリカは、イタリア系やアイルランド系のカトリック移民は長い間しっかり差別してきたけれど、直接けんかしていないユダヤ人には「長幼の礼」をもって接し、選民意識を共有しているのだという。

もちろんこれによってアメリカの対イスラエル政策をすべてを説明できるわけではないし、実はアメリカにも「反ユダヤ」のレイシズム」は根強く存在する。


それでも、こういう視点で解説されると、今まで見えていなかったものが見えてきて、パレスティナ危機や中東クライシス(シリアのアサド大統領が金正恩に合うため訪朝するつもりだというニュースを聞いて驚倒したところだ)の平和的解決には、このようなところまで踏み込まないと真の安定はないのかもしれないと思う。


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by mariastella | 2018-06-11 00:05 | 宗教

沖縄を考える その10

沖縄に行ってからひと月経った。

まだ書いていないことの方がたくさんある。

沖縄で実際に行ったり、見たり、聞いたり、説明したりしていただいたことで、ますます、他の方や他の時代の沖縄についての論考を渉猟するようになった。

だから、考えをまとめるよりもどんどん深入りすることになっている。

私は今、ベトナム戦争でも兵役拒否をしたアメリカ人のウェイン師を新司教に持つ沖縄のカトリックと、韓国のカトリック教会などのつながりに、東アジアの平和への希望を見出そうとしている。
それなのに、そのような取り組みを、「反日」やレイシズムのヘイトに満ちた言葉で攻撃する人もいることも知るようになった。

でも、政治的などんな偏見やら思惑よりも、実際に毎日、「基地の島」の現実から被害を受けている人々の生き方、あり方を改善することが先決だと思う。

ライプニッツは、カトリックとプロテスタントの三十年戦争によって荒廃をきわめたドイツの現状を見て、キリスト教の宗派対立を調停するという道を選択した。モナドロジー(単子論)が生まれた。
人口の四分の三を失い、農業、商業が壊滅し、社会のモラルが失われた当時のドイツ社会を立て直すために、もはや宗教的な物語を利用することはできない。それこそが社会の荒廃を引き起こした本質的な理由だからだ。

(これは今のイラクで、もうスンニー派とシーア派の色のついた政党ではなく政教分離の民主政党を立ち上げる運動があるのと通じる)

そこでライプニッツは、自分たちの「絶対」を掲げる宗教ではなく、どんなものでも見方によって変わるという相対主義を唱えることになった。

ライプニッツは、ある町をどの角度から見るかによってその町のイメージがまったく違うことを例に挙げる。
見る人の視点だけ町がある。
ちょうど「群盲象を撫でる」と同じだ。「実際に触れた」ことから来る確信など、全体の真実にはつながらない。

けれども、町を取り囲む要塞の壁の前にたたずむ人と、中心部の丘に建つ塔から町を見下ろす人では情報の質も量も雲泥の差であることにライプニッツは注目する。

できるだけ多くの角度、多くの要素を取り入れるのも大切だけれど、絶対に見ることのできない盲点は常に存在する。

町を最もよく見はらすことができるのは「神の視座」である。
人間が神の視座に到達ことはできないが最終地点は必ずあるという意識が、この世界やモノや他者を「よりよく」見ようとすることを促す力動を生む。

ライプニッツの結論は、「真実を求めるエスプリにとっては、進歩は決して終わりがない」ということだ。

相対主義ではない普遍主義はいつも「神」と関係がある。

相対主義で、敵対するどちらの側にも一理ある、とおさめるのが便利なこともある。「どちらが悪いか」という裁きは難しい。

けれども、たとえば、ある共同体に人身御供や障碍者抹殺などの「伝統」や「文化」があったとしても、外部の者がその「多様性」に驚いていた時代から、今では、個々の文化や伝統にかかわらず、「すべての人の命の尊厳が守られるべきである」という「絶対」善がコンセンサスとなってきた。

神の視座の普遍主義というのは、宗教の教義や宗派のトップの判断などとは関係がない。
個々の人間や風土を異にするさまざまな共同体にとっての「正義」だの「善」だのを超えた普遍的な視座がどこかにあること、そこに到達することはできないけれど、「よりよい」ものを求めるという選択は必ずあることを信じ、期待することだ。

ライプニッツの「町」と同じで、私がたまたま立った地点からだけで「沖縄を考える」などと大それたことは言えない。
同じように、「沖縄」の不条理だけを見てイランやシリアやアフリカや、世界中で起こっている不公正や不条理を語ることはできない。

でも、あらゆる不公正のある場所には、いろいろなレベルで苦しんでいる生身の人たちの毎日の生活がある。

私の「沖縄を考える」は、そこに絶えず回帰しながら続いていくだろう。

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by mariastella | 2018-05-30 00:05 | 沖縄

年度末のコンサートとロシア

フランスは6月末のいわゆる学年末が、文化行事の年度末だ。
7、8月は、アーティストもバカンスに出かけてバカンス先のフェスティヴァルに出演したりする。

その「年度末」の三度のコンサートの第一弾が5/25だった。

Torelli のアレグロ、アダージオ、プレストのカルテットを弾いているところ。
(写真はリハーサル)

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その他は、弦楽オーケストラでブランデンブルグの三番の全楽章、
ヴィヴァルディ、ヘンデル、シューベルトなどを弾く。

ヴィオラのトリオでヴィヴァルディの2台のマンドリンのためのコンチェルトをやっていたが、それはひどかった。
私は昔何度もこの曲を2台のギターのヴァージョンで弾いたことがあるけれど、魅力的な曲だ。それなのに、ヴィオラでまったり弾くと曲の魅力が全部隠れる。

こういうアレンジを弾く前に、オリジナルのヴァージョンをまったく研究しないのだろうか。
そういえば、バッハのブランデンブルグをギターのアンサンブルが弾いているのをネットで視聴したことがあるけれど、それは逆に、擦弦楽器のボーイングの魅力がすべて消えた間の抜けたものだった。

その曲の魅力を最大限に引き出すのに適した楽器というのはある。

6/8はラモー、モンドンヴィル、デュフリーなどをトリオ・ニテティスで弾くと同時にヴィオラではホフマイスターの曲、そして生徒たちとのピアノの連弾6曲、

6/13は、またブランデンブルグと、コーラスの伴奏。モーツアルトの宗教曲。

音楽とバレエのレッスンがなかったら私の生活はほぼ引きこもりだから、音楽による「分かち合い」の時間はとても貴重で幸せな時だ。

年度末最後のコンサートが終わったら次の書きおろしに集中できる。

6月はサッカーのワールドカップで盛り上がる時期だけれど、開催国はロシアで、政治的緊張の高まっている国でもある。

5/24、マクロンがロシアでプーチンと声明を出した。1時間の予定の会談が2時間半にのびて声明も遅れた。

ロシアとは、イラン、ウクライナ、シリアという三大問題があるから、話し合いは簡単ではない。それでもマクロンはトランプ大統領よりは「大人」な建設的なトーンでおさめることに一応は成功していた。

すぐそのあとの日本の首相のプーチンとの会談はどうなったのだろう。

首脳会談なのにウニの養殖とかイチゴの温室栽培とか秋田県の贈呈が話題になるのだと揶揄していた人がいたが、本当にそうならあまり意味がない。

これを書いている時点では米朝会談の行方も分からなくなってきたし、気になることはたくさんある。



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by mariastella | 2018-05-28 00:05 | 音楽

沖縄を考える その8 沖縄の新聞(追記あり)

沖縄では、いつも沖縄の県民の側に立ってぶれないことに感心している地方新聞2紙を、アナログで手に取ることができて感慨深かった。

琉球新報には「9条の行方ー沖縄から問う」というコーナーがあって、自衛隊明記についての記事があった。沖縄では、なんと、「復帰」前から憲法記念日を祝っていたという。
「復帰」すれば日本の軍隊を持たないという「平和憲法」が適用されるはずだ。
沖縄の人たちが望んで夢見ていたのは琉球処分以降の大日本帝国への「復帰」ではなく、基地を一掃してくれる「平和憲法」に合流することだったのだと思う。

でも、平和憲法も、復帰も、とんだ「看板に偽りあり」だったわけで、米軍基地の治外法権ぶりは変わらなかった。日本の「中央」にとっては、沖縄は琉球処分以来の戦略地点でしかなかったのかもしれない。

沖縄タイムスには、「語れども、語れども」という「うまんちゅの戦争体験」という連載がある。

私の行った日は「屈辱の日」の翌日だった。サンフランシスコ条約で日本が主権を取り戻したのに沖縄が切り離された日だ。
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同じ琉球だった奄美大島は鹿児島県になって切り離された。
復帰後も、沖縄県となったので、「高校野球」の応援で、奄美の人は琉球だったのに沖縄代表よりも今は鹿児島代表を応援してしまう、というエピソードも、単に笑って聞き過ごせない気がする。

その「屈辱の日」は、2年前にうるま市の女性が元海兵隊員の軍属に殺されて遺棄された日でもある。犯人と結婚していた女性や子供、その家族の人生も破壊された。
次の日は遺体が発見された日で、金武町(キャンプ ハンセンなど、基地が60%も占めている町だ)の発見場所(追記:恩納村から金武町に抜ける県道104号の道路沿い。この2年間、お菓子やお花や飲み物、メッセージカードが絶えたことはないという)には追悼のテーブルと椅子が置かれていた。
被害女性のご両親などがいらっしゃるのを、前町長さんが待っていた。

殺されるのはもちろん、米軍関係者による交通被害にあった人も、乱暴された人も、生き延びても心身の傷は消えないだろう。

話だけでは抽象的であっても、美しい花が供えられている前で手を合わせると、理不尽さや無念さが胸を衝く。
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by mariastella | 2018-05-26 00:05 | 沖縄

沖縄を考える その6    糸数アブラチガマへ

4月末、沖縄戦で日本軍の陣地や野戦病院としても使われたアブラチガマを案内してもらった。

このサイトに詳しい説明がある。

ここに各地点を360°見渡せる写真があるので、実感を持って追体験できる。

生存者の証言も載っていて、一つ一つ読んでいると、戦争の放棄と武器廃絶以外に人間の尊厳を守ることにふさわしいものはないのではないか、とあらためて思う。

それでも、実際に連れて行っていただいたからこそ、このサイトを開き、じっくり読むことになったのだから、「情報との出会い方」は決定的だ。

ガマへ降りるには懐中電灯とヘルメットが必要だった。

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実際何度か頭をぶつけた。

最近沖縄のニュースで観光地の階段が石灰岩で滑りやすく、足元に気を取られて頭をぶつけた人が出ているというのをネットで読んだ。

私はこのガマの翌日にそれこそ観光鍾乳洞である玉泉洞にも入ったのだけれど、ライトアップも完璧だし、「通路」の周りの鍾乳石はバッサリと切り取られている。

エスカレーターやエレベーターもあって、なんだかわたしが子供の頃に時々訪れた「昭和の鍾乳洞」の趣だ。環境保全意識の発達した今なら「?」というようなところもたくさんあるけれど、最近公開された「ガンガラーの谷」の鍾乳洞などは、さすがによくできていて、火をともしたランプを手渡されて「自然」風味が残されている。

「アブラチガマ」などは、まったく別のコンセプトだ。

多くの方が亡くなった「死」の場所であり「慰霊」の場所であるだけではなく、アウシュビッツの収容所が負の歴史遺産として保存されているように、二十世紀の戦争の歴史遺産であるからだ。

ポーランド人神父などがやってきて沖縄戦の悲惨さを聞いて、アウシュビッツのように保存していないのか、と言われた時に、沖縄では地上は焼き尽くされたので、地下壕しか当時の状況を残しておけるものはないと説明するのだそうだ。

広島では爆心地のいわゆる「原爆ドーム」が残されている。長崎の「被爆の聖母」のインパクトも大きい。 

アブラチガマでは、私などは転倒しないように最大の緊張感を強いられるのでそれだけで感受性がマックスになる。こんな危ないところに小学生たちも「平和学習」に来るなんて驚きだけれど、非日常感を味わえてさぞや印象に残ることだろう。

沖縄の地下鍾乳洞や縦穴の壕、その中で展開された悲劇、痛み、苦しみ、エゴイズムや差別(わかりやすい差別で安全な壕の奥から日本兵、住民、朝鮮人慰安婦という証言が残っている)などや、それでもなお存在した助け合いや生命力の発揮を思うと、アウシュビッツの記録を読むのと同じように「極限状態の人間」について考えさせられる。

でも壕の特徴はなんといっても「暗闇」の恐怖だろう。いや、証言を読むと、真の暗闇は、恐怖をも凌ぐ。

暗闇が駆り立てるのは光の渇望、色のある世界の渇望だ。

「生きること」と「光」は切り離せないのだなあと分かる。

「信仰の闇」を体験して苦しんだという聖人たち(マザー・テレサやリジューのテレーズや十字架のヨハネなど)の語ったことの意味が少しわかる。

「神を見失った」ことと、だからこそより「神を渇望する」こととは同じなんだろう。

「健康」だの「若さ」だの「親」だの、「失ってはじめて分かるありがたさ」と言われるものはいろいろあるけれど、視力が残っているはずなのに「光」を断たれることは、「ありがたさ」がどうとかいう次元ではない。ただただ、「命の渇望」なんだということが、証言者の言葉でよく分かる。

「戦争になってはじめて平和のありがたさが分かる」なんていう日を来させてはならない。


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by mariastella | 2018-05-24 00:05 | 沖縄

ロイヤル・ウェディング、カンヌ映画祭

5/19

夕方のニュースは、トップがロイヤル・ウェディングで、フランスらしく、ウェディングドレスはフランスのブランドのジバンシィ(でもデザイナーはイギリス人でメ―ガンと二人で決めた)、イヤリングとブレスレットはカルティエだった、と嬉しそうに報道していた。

ドルドーニュのある村でイギリス人コミュニティがあって彼らがカフェで結婚式の様子を皆で見ながら感激で泣く人もいた様子も映される。

アメリカからメーガンが呼んだプロテスタントの牧師がマルティン・ルター・キングの名を何度も出しながら、トランプ批判とも聞こえる熱弁を振るう様子も。

政教分離のフランスでは考えられないですね、とフランス人のコメンテーターが言うと、同席のイギリス人が「イギリス国教会は世界で唯一神を信じなくてもOKの教会ですから」などと言っているのもおもしろい。

ヨーロッパと「離婚」状態になったイギリスとアメリカの結婚みたいですね、しかもカリフォルニア出身で混血となればまさに移民国家アメリカのシンボルで、コモンウェルスの全ての国にとっても朗報です、とも。


突っ込みどころがあるような、ないような・・・。

二番目のニュースがキューバのボーイング機墜落、三番目がテキサス州の高校の銃撃事件。

アメリカではこのケースなら17歳でも死刑になる可能性があるとか、この少年は無神論者(教会に所属していないということだろう)で非政治的だった、とかいう解説で、これもなんとなく、日本ではスルーされるのかもしれないとも思う。

カンヌ映画祭のパルム・ドールに是枝裕和監督作品が選ばれたというニュースも伝えられた。

是枝作品で今フランスでも上映中の『the third murder』は、この前、日本に行く機内で観たところだ。

父親と娘の関係の強調と重層が少しうっとおしいけれど、役所広司の演じるつかみどころのない多重殺人者のインパクトが大きい。

でも、私はまだ加賀乙彦さんの『宣告』を引きずっているんで、主人公にこれからが大変なんだよ、と言いたくなる。


「私はいつも真実しか語らない、たとえ嘘をつく時でも。」


というのは『スカーフェイス』の中でアル・パチーノが言うセリフなのだけれど、証言をころころ変えて弁護士を泣かせるこの「犯人」にぴったりだという気がした。


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by mariastella | 2018-05-21 00:31 | 雑感

近頃思うこと---バレーにコンサートにロイヤル・ウェディング

5/17、久しぶりに青空の広がった日、バロックバレーに行った。


公共交通機関に一人で乗ること自体がひと月ぶり以上だ。

午後はじめの生徒のレッスンの後、ゲラの校正に集中するつもりだったのが、クリスティーヌ・ベイルからSMSが届いて青空に誘われて出かけた。

彼女と二人だけだったので、かなり長い振付を通して踊り、バロック音楽と踊りについて、足と体幹のメンテナンスについていろいろなことを話し合った。


今年はクラシック・バレーの主任教師が足を手術することになり、その後、次々と5人の先生におそわった。バレーのレッスン場はヨガのクラスとしても使われていて、いろいろな小道具がある。先生によってゴムの帯や、さまざまなボールを使った訓練の仕方があり、今まで何十年も、一度も聞いたことのないようなヒントがいくつもあった。

そのことをクリスティーヌにも披露した。本当に、ひと昔前と違って、バレーのレッスンの世界は進化している。

私が日本語で作成した子供のためのバロック童話のシャコンヌなどにクリスティーヌが振り付けるというプランも考える。でも、私は演奏に回ったら、彼女といっしょに踊ることはできない。


18日は、カルテットでトルレリの練習をしてからヴィオラ・アンサンブルのシューベルトやビバルディの練習に参加、その後でブランデンブルク三番を弦楽オーケストラ編成での練習にも参加。バッハは、相変わらず、弾いていて夢中になれて楽しい。そして仲間もみんな生き生きしているのが伝わる。来週がコンサートだ。

この週末は聖霊降臨祭の月曜で休日なので、トリオの練習を一日中やることを決めている。

校正は、近代日本の革命とキリスト教の章を読み直している。

昨日の記事でも書いたが、日本の戦力を無化するためにアメリカが絶対平和の憲法を提案したのは皮肉だ。

日本もヨーロッパも「焼け跡」からの復興が第一で、まず人類史上最悪の核兵器を廃絶しろ、という声が世界のどこからも上がる暇がないままに、日本の軍備放棄とアメリカの「核の傘」がセットになってしまった。最初から倒錯的だ。


皇室存続というのも考えてみれば同じように倒錯的だ。

イギリスではヘンリー王子とメーガンの結婚式があったが、このメーガンさんは、黒人ハーフのアメリカ人で、自らも離婚経験があり両親も離婚していて、メキシコに住む父やその親類らをたどると、いわゆる「問題のある人々」が少なからずいる。父親もスキャンダルが発覚したり事故があったりして結婚式に出ることを断念した。

でもエリザベス女王がOKを出して、結婚式にかかる数億円の費用はすべて女王が出す。エリザベス女王は自分が突然王位継承者になったことに伯父と離婚経験のあるアメリカ人夫人との恋があったことを忘れていない。

もちろん、数十億円かかるという「警備」の費用は「税金」から出されるのだが、その何倍も、「経済効果」が見込まれるから、ブーイングは少ない。

BREXITによって、ヨーロッパから孤立するかのような印象を与える危機にあるイギリスにとっては政治的、外交的メリットも大きい。


日本の皇室の女性の婚約が相手の家庭の「問題」でいろいろ叩かれて、何かと言うと「血税」を使うのはいかがなものか、のように言われるのとは大違いだ。

第一、今は女王も「税金」を払っている。

王室にかかる費用よりも女王が払うものの方が大きいと言われるくらいだ。


「大違い」なのは当たり前で、イギリスの王室と国民の間には1760年以来の合意が生きていて、王家は貴族たちと同じように膨大な資産を持っていて不動産収入もあって、要するに「金持ち」のままなのだ。

今の王家はドイツ系だけれどわざわざウィンザーと名を変えて、ドイツとの二度の大戦に「勝利」し、王子たちもみな「軍隊」に参加している。

「戦勝国の王室」なのだ。


長い間「戦闘」とは無縁でやってきた日本の皇室が、明治維新で突然、近代式の国民皆兵軍隊の統率者の役割を担わされて、しかも一神教風味の「現人神」に祀り上げられた。

その挙句、世界大戦に敗れた。

そして、立憲君主システムとは無縁のアメリカのもとに、「皇室存続」が決められたのだ。


イギリスでさえ、王室を廃棄せよという意見はある。


確かに、冷静に見たら、互いに姻戚関係のある数々の王室が今もあちこちに残るヨーロッパって、中世ですか、というくらいにアナクロだ。

でも、多くの王室は、文化財であり歴史の証人であると同時に、メディアを通して消費されることで、国にとってのコストパーフォーマンスを成り立たせているようだ。

王や王妃をギロチンにかけた共和国フランスも、イギリスとモナコという「隣の王室」でロイヤル趣味を満足させているし、「大統領が王で、首相が為政者」というスタイルが暗黙のうちに認められている。


地続きのヨーロッパで「敗戦」国となったドイツやイタリア(しかもこの二国は長い間領邦国家だった)と違って、極東で「敗戦」国となった日本のその後の運命の差は大きい。


日本との共通点は、外国から訪れる元首たちがみな女王との会見と記念写真を望むことだ。首相はどんどん変わって短命な政権も多いが、「定年」も「選挙」もない女王はずっと「顔」であり続ける。1952年の即位以前の王室の顔を記憶している世代は少ない。誰にとっても女王は昔からいた「国母」的イメージ、いや、「祖母」のイメージにすらなっている。


「敗戦国」の負荷を引きずったまま同じ役割を要求される日本の皇室は気の毒だ。政治にタッチしないことと政治利用されることが別であればいいのだが。


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by mariastella | 2018-05-20 00:05 | 雑感

沖縄を考える (番外)

これを書いているのはフランス時間で5/15

沖縄復帰から46年の記念日だ。

澤藤統一郎さんのブログに沖縄タイムスの記事が組み替えて引用されているのを読んだ。

ここにコピーしておく。

「復帰後生まれの人口が過半数を占め、米軍基地の形成過程を知らない人が多くなった。沖縄に基地が集中するようになったのはなぜなのか。

米軍普天間飛行場のように、《沖縄戦で住民らが収容所に入れられている間に米軍が土地を接収し基地を建設》したり、《本土から米軍が移転してきた》りしたケースがある。
共通しているのは日本政府が基地建設や米軍移転を積極的に容認していることだ。

在沖米軍の主力で、兵力の6割、面積の7割を占める海兵隊はもともと沖縄に存在していたわけではない。1950年代に反基地感情が高まった岐阜や山梨・静岡から米軍統治下の沖縄に移転してきたのが実態だ。

復帰後本土では基地が減ったが、沖縄の基地はほとんど変わらなかった。その結果、国土の0・6%を占めるにすぎない沖縄に米軍専用施設の7割が集中する過重負担の構造が出来上がったのである。

日米の軍事専門家らが認めているように、海兵隊が沖縄に駐留しているのは
《軍事的合理性》からではなく、《政治的理由》からである。

クリントン米政権下で駐日米大使を務めたモンデール元副大統領が普天間の返還交渉で、1995年の少女暴行事件で米側は海兵隊の撤退も視野に入れていたが、日本側が沖縄への駐留継続を望んだと証言している。引き留めるのはいつも日本政府である。

橋本政権下で官房長官を務めた梶山静六氏が98年、本土での反対運動を懸念し普天間の移設先は名護市辺野古以外ないと書簡に記している。本土の反発を恐れ沖縄に押し付ける論理である。

屋良朝苗主席は復帰前年の71年、「復帰措置に関する建議書」で「従来の沖縄はあまりにも国家権力や基地権力の犠牲となり手段となって利用され過ぎてきた」と指摘している。46年後の現在も何も変わっていない。

辺野古新基地ができてしまえば、半永久的に残る。普天間にはない強襲揚陸艦が接岸できる岸壁や弾薬搭載エリアが計画され、負担軽減とは逆行する。米軍の排他的管理権によって国内法が及ばない基地ができるのである。

 基地が集中する沖縄で、生物多様性豊かな宝の海を埋め立て、基地を建設するのは明らかな禁じ手だ。

 北朝鮮情勢が劇的に動き始めている。日本政府は東アジア情勢を俯瞰する大局観をもって、辺野古新基地建設をいったん止め、海兵隊や不平等な日米地位協定の在り方を問い返す機会にすべきである。」

先日沖縄を案内していただいた時にも、技術を要する海軍や空軍は規律も厳しく兵のレベルも高いが、最も問題を起こしやすいのが海兵隊で、辺野古の基地も、海兵隊が増えることの懸念が反対の理由の中にあるということだった。

基地の資料を読んでいくと、沖縄の人々の痛みが伝わってきてよく我慢していられるなあ、とも思うが、現実には我慢しないで声を上げ続けているのがよく分かる。

でも、フランスに戻ってきてから、シリアでの惨禍に加えて、パリのテロや、パレスティナでのイスラエル軍の暴虐などの映像ばかり見せられて、茫然としてしまう。

全てに共通するのは、大きくて強い者が一貫して、小さくて弱い者を支配し、搾取し、尊厳を踏みにじる、ということだ。

考えてみると、世にはびこる「セクハラ」でも、結局は、人類の半数以上を占めているという意味ではマイノリティなどではないはずの女性に対して、一般に男の方がフィジカルに「大きくて強い」というただそれだけの理由で女性を支配したり襲ったりする連鎖の上に成り立っている。


運動場でのいじめから、大国が小国を脅し、大量破壊兵器を持つ国が民主的手続きを無視したり破壊したりする国際関係まで、一貫して「弱肉強食」の実態がまかり通っているのだ。

宗教者が唱え続けてきた利他だとか、助け合い、連帯、共生のスローガンだとか、過去の蛮行を反省し過ちを繰り返さないという歴史の学びなど一体どこにあるのだろう。

「大きくて強い者」が自分より小さくて弱い者に仕えるという原則、強さは弱さを支えるためにだけ存在する、ということを毎日毎日、何度も何度も、一人一人が自分で唱えなくてはいけない。

笑顔は大切だと思う。

でも、ついこの前まで悪魔のように見えていた金正恩の笑顔の外交を見ると、「優しい言葉をかけるよりももっと効果的なのは、拳銃を持って優しい言葉をかけることだ」と言ったアル・カポネの言葉を思い出す。すべての「平和条約」はアル・カポネのレベルと変わらない。

何年も前から何度も何度も繰り返してリンクしているヴェイユの言葉をまた自分のためにここにリンクしておこう。



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by mariastella | 2018-05-18 01:14 | 沖縄



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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