L'art de croire             竹下節子ブログ

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マクロン、オンフレイ、ディオゲネス

昨年熱帯低気圧に襲われた被害からの復興が遅れているサン・マルタン島(カリブ海のフランス海外準県)に訪れたマクロン大統領が、黒人の若者二人に囲まれてにこやかに写真を撮らせた時に、若者の一人が卑猥なニュアンスのある中指を立てているものが最近出回った。(別に貼り付けたくないので、見たい人はここ

マクロン内閣は最近、側近のベナラ事件(ボディガードなのに警察の腕章をつけて銃を携帯し、デモ参加者を殴打した ?)に続き、ユロー環境相、コロン内務相に次々に離反されて危機的な状況にあるのだけれど、この写真の若者たちの肌に触れているビデオなども加わって、「ゲイ疑惑」が表に出た。

彼と同じリセにいたという黒人の同窓生がビデオで昔から更衣室で自分が上半身裸になるとマクロンは興奮していた、などと証言 ?しているのも拡散された。

ベナラ事件の時にもゲイ疑惑がでていたらしく「ベナラとは性的な関係はない」と堂々とジョークにしていたのだけれど、パリのゲイたちは、すでにそれも独裁者の自信の現れだ、と見ていて、今回の一連の映像にも男の体が好きなのは明らかだ、などと言っていた。もちろんただおもしろがっているだけで非難の口調はない。

と、ここまでは、別に、私の関心を特に惹いたわけではない。この手のゴシップの前では、いつものことながら、ネットの映像のせいでいろいろ大変な世の中になったなあ、という感慨が先に立つ。

それなのに、俄然おもしろくなったのは、あの哲学者ミッシェル・オンフレイが自分のサイトに『 Lettre à Manu sur le doigté et son fondement 』という「公開書簡」を発表してからだ。

マクロンをマニュという愛称で呼びかけるのがまず挑発的だ。マクロンはどこかの中学生に「マニュ」と呼びかけられて「大統領閣下」と呼ばなければいけないよ、とわざわざ注意したのがこれまたビデオで拡散されている。

で、オンフレイは前にも「公開書簡」をサイトで読み上げていて、まあ、いろいろあるのだけれど、人気哲学者がこれだけ言いたい放題堂々とものを言える社会は羨ましい気もする。「マニュ」や親称と、偉大なる王さまのような尊称の並べたてを併用して徹底的にからかっている。

ミッシェル・オンフレイと言えば私にとっては、ベストセラーになった『無神論神学』の著者であり、そのやはり挑発的で主観的な反キリスト教論は、誤解や無知もあって底が浅いものだと思っていた。その上に、なんだか個人的なルサンチマンとコンプレックスを抱えすぎていつも怒っている苦手なタイプだ。

今回、マクロンのことを「汗に輝くたくましい体の美しい黒人に心底魅せられた」のをオープンにするのは共和国の大統領としていかがなものかという趣旨で書いたことで、その言説が「同性愛嫌悪」と「認定」されて、ラジオ番組出演をキャンセルされ、テレビでは「後悔しているか」どうかと聞かれて「全然」と答えていた(確かに、フランスでは「キリスト教嫌悪」などは「認定」すらされないhas beenでもある。彼の反キリスト教論はベストセラーになった)。

で、オンフレイは、そのインタビューで、アレクサンドル大王に話しかけられて「陰になるからよけてくれ」と答えたギリシャの犬儒哲学者ディオゲネスの言葉を引いた。ジュピター、フランス国王、絶対政権を演出してきたマクロン大統領など怖くないということだ。さらに、現代のディオゲネスとして自分の友人であるピアニストのパトリック・コーエンの話になった。

パトリック・コーエンは古い農場で電気もなしに暮らしている人だ。どうしてそのような生き方を選んだのかと聞かれると、そのような生き方の方が私を選んだのだ、と答える。

巷にいるディープ・エコロジストだとか、日本のブログで見かける「東大を出ても山の中で3坪の小屋を建ててシンプルライフに挑戦」という感じの人ではない。なんだか、「簡素であることは実存の本質だ」と思わせるられる人だ。若き天才ピアニストとして登場してキャリアを気づいたピアニストによるディオゲネス主義には、「挑発」やナルシシズムはない。


考えてみると、今は映像系SNSのせいで世界中でビジュアルがインパクトを持っているけれど、もとはと言えば、ギリシャ=ローマ系とユダヤ=キリスト教系のふたつのルーツを持つ「西洋文化」は昔から、「外見から自由になって存在の中身に近づけ」という思想を、ギリシャ哲学や新約聖書から継承してきた。それが建前上は少なくとも「王道」であるという認識がある。


それに対して、フランスで比較のために持ち出されるのが中国の「顔」の文化だ。中国人とビジネスをする時の心得として必ず引き合いに出される。つまり、「面子を保つ」というのが社会的な最優先事だということだ。それはそのまま日本でも同じで、面子、面目、世間体、顔を立てるとか顔をつぶされるとかが今でも根強い規範の中に組み込まれている。もちろん出家や隠遁者はいたし、見た目ではなくて言論や文学や教えを重んじる人もいた。

でも公平に見て、「西洋文化」において、「実存の核」は「見た目」にはない、という言説が「見た目」より優先されてきたのは事実だと思う。

今回のマクロンの写真にまつわるマイナースキャンダルは、ひと昔前だったらまったく伝わりも拡散されもしなかったビジュアル情報だ。それをめぐって、いろいろな人の「見た目」ではなくて「生き方」への問いが浮かび上がってきたのは興味深い。


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by mariastella | 2018-10-10 00:05 | 雑感

『新潮45』 の話

『新潮45』が休刊したという最近の日本のニュースを聞き、この雑誌に一度でも寄稿した人には様々な感慨があるだろうなと思わざるを得ない。


今回のスキャンダルで、会社と、編集者とライターとそのコンテンツについて、いろいろな言説が飛び交った。

そのおかげで、興味深い情報も得られた。ネット時代の賜物だ。

けれども、その「ネット時代」こそが、紙の雑誌や本を瀕死に陥らせているのだから、複雑でもある。

たとえば、最終号で問題になった差別的記事についても、雑誌を手に取っていなくても、ネット上のあちこちで何度も引用されていたのでそのひどさはよく分かる。

同じ号にはその他にLGBT当事者だという松浦大悟さんという方の記事もあったということも、内容を含めて知ることができた。

その記事の切り口は他のものとは別でなるほどという部分もあるのだけれど、またそれについて、別の当事者である永易至文さんという方が「ファクトチェック」という形でネット記事を書き、批判もしていて、またそれに対して松浦さんがtwitterで答える、という経緯までたどることができた。こういうものは役に立つ。


ヘイトスピーチに近いような記事については、「表現の自由」の問題もいろいろ語られている。

フランスではもっと複雑な差別がたくさんあるし、シャルリーエブド事件で盛り上がった「表現の自由」の擁護についても繰り返し議論がなされている。

たとえば、LGBTで言えば、最近、「パリ市は同性愛者に牛耳られている」というフレーズが取りざたされた。

で、それは「表現の自由」の範囲内なのだそうだ。それは単なる命題だから、真偽を判断することもできる、つまりファクトチェックも可能だ。

けれども「同性愛者は変態だ」と言うのは尊厳にかかわる差別や攻撃を広めたり煽動したりするものでアウト、「表現の自由」は認められない。 

こう言われると明快だなあと思うけれど、実際はグレーゾーンがあるのだろう。

XXという場所にはOO国のスリーパーセルがたくさんいる」というのはOKで、「XXOO人は反日でテロリスト予備軍だ」はだめだとか? などといろいろ考えてしまう。

それにしても、ネット上の言論、特に匿名で繰り広げられる言論のせいで、差別や侮蔑の表現のハードルが一気に下がり、それを規制したり咎めたりするシステムはうまく機能しない。

書かれたものが編集者や校閲者の手を経てから発表されるというのは大切だ。

それは紙の媒体だけではなく、ネットマガジンでも、そういう手続きがあればリスクは少ない。

私に関して言えば、ネットの媒体にも時々原稿を依頼されるけれど、紙の雑誌と同じようにチェックもされて校正もしてという流れなので違和感を持ったことがない。

『新潮45』にも何度か書いたけれど、いつも特定の編集者とのやりとりだった。その方の考えていることや求めているものも理解できたし、日本でのコンサートにも来ていただいた。ちょうど中瀬ゆかりさんが編集長の頃で、自由な雰囲気があったし、中瀬さんは軽い人という演出があったけれど一度お電話で話した時は、きっぱりした礼儀正しさに感心したのを覚えている。

2001年の911の後にイスラムの女性のことか何かについて書いたことがはじめだったかもしれない。

その後も、日本の少子化に対するフランスの出生率の高さについての分析についてや、日本の裁判員制度導入前にフランスの陪審員制度の実態についてなどの記事を書いたこともあった。書いていない時もいつもフランスにまで雑誌が送られてきたのでずっと愛読していた。

その後編集長が変わって、送本もなくなり、コンタクトもなくなったのだけれど、その頃から低迷と赤字が続いていたのだろうなあと思う。雰囲気が変わったことも気づいていた。

でも、今回、休刊のきっかけとなった特集記事について、執筆者の一人である藤岡信勝さんの手記読んだので、今でも編集者は懸命に執筆者をフォローしているのだなあ、と分かる。

雑誌に書くことも、本を出すことも、いつも、特定の編集者との共同作業で、その他に校閲さんをはじめとしていろいろな方のお世話になっている。だから、一つの雑誌の方向転換や、休刊などは、まるで知人の消息のような感慨があるのだ。


メディアも、音楽の配信も、写真も、情報の発信の形も受信の形も、ここ20年であっというまに変化した。

変わったのは手段だけなのか、それを支えるマインドも決定的に変わったのか、コスパと関係のない「志」とか「使命感」というものはまだ生きる場所があるのか、自問しながら、このブログをネットで、書き続けている。


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by mariastella | 2018-10-02 00:05 | 雑感

沖縄県知事選挙

Yahooニュースにはすぐ出ていなかったけれど、田中龍作さんのツィッターで玉城候補当確とあったのでこれを書き始めている。

ウェイン司教の祈り(多分)が通じたかな?

アメリカ人の絶対反戦論者ウェイン・バーント司教、

在沖縄アメリカ軍人の息子の玉城デニー氏、

そしてアメリカの軍事基地による汚染の実態をきっちりと調査したアメリカ人ジャーナリストのジョン・ミッチェルさん、


日本の対米従属とかトランプ大統領の暴政ぶりとか、近頃、アメリカにネガティヴなイメージを貼り付けてしまいそうな時期に、この3人が態度を表明してくれるのは力強い。

「アメリカ」の掲げる民主主義や自由に希望を持てるような時代が来てほしいからだ。

一昨日、Arte「人間動物園」のドキュメンタリーを見た。

西洋白人キリスト教国が19世紀から20世紀にかけて、植民地政策を正当化するためにいかに「人種」のヒエラルキーを構築したかという政策が、障碍者なども含める「異形の人」を見世物にする民衆娯楽として広がったかを振り返る。

それがなくなったのは、「映画」の登場で、映画の中で「人食い人種にさらわれる金髪の美女」などのストーリーを消費できるようになってからやっと「原始人」ショーはすたれた。

特にヨーロッパには黒人奴隷とその解放の歴史がなかったから、アフリカの黒人は即原始人でサルと人間の間の進化過程のミッシングリンクとまでされた。(その後、第一次大戦でアメリカの黒人兵が大挙してやってきたことが常識を変えた。)


それにしても、「原始人」「未開人」「土人」の基準は、肌の色ももちろんあるけれど、心象的には、「裸」が一番大きなインパクトだった。その頃のヨーロッパで、女性が人前で授乳したり胸をはだけて歩いたりというのはもちろん考えられない。で、動物園で、半裸の黒人が暮らす様子を演出した。

当然ながら、アフリカの黒人の肌が黒いのも、半裸で暮らしていたのも、その気候に適応していたからだ。

だから、パリやベルリンの「動物園」で冬場も半裸で見世物にされた黒人たちは、次々と肺炎になったりウィルス性の病気で倒れ、死んでいった。

アメリカでは普通のアメリカ人と同じ生活をしている黒人がいるからエキゾティックではないから、オーストラリアのアボリジニなどが見世物として「人気」を博したが同じように多くがかえらぬ人となった。

番組では、20世紀初めの頃の植民地地図が出て、そこには、日本に「併合」された朝鮮半島ももちろん入っている。

アイヌの人の生活場面も少し流れた。

ヨーロッパの万博で「ゲイシャ」風の着物の日本女性たちが楽器を弾いているシーンも出た。

でも、日本女性たちは全身を覆う着物を着ているので、エキゾティックではあっても、「原始人枠」、「土人カテゴリー」ではないし、アイヌの人々も、北海道で暮らす人々だから、当然半裸などではなく、見た目は「白人」に近い。

これを見ていて、昔、沖縄の人々がルーズな恰好で生活していることを観察したことが、差別の根拠にされたという話を思い出した。

南の国ほど、当然衣服は薄くなる。そんな当たり前のことが、「動物は裸で暮らす」「人間だけが文明化して服を着る」という規準を利用して、「未開人」を蔑視し支配する政治の道具にされたのだ。

これらの過去の刷り込みは根が深い、サッカーの黒人選手やフランスの黒人の女性大臣について「猿」という言葉でヘイト言辞が出てくるのは、植民地政策に続いた「原始人ショー」という民衆カルチャーの総括がなされていなかったからだ、と番組はいう。それらの記録はずっと封印されてきたのだ。

21世紀の日本だって大阪府警の機動隊員が沖縄の人に向かって「土人」と発言した。その時に、1903年の大阪で開かれた博覧会で、沖縄女性2人が「展示」された「人類館事件」があったことを知った。これはまったく、ヨーロッパやアメリカの人種差別博覧会の、それこそ「猿真似」だ。

人類の人種は生物学的な人種ではない。すべての人はアフリカから移動してきたことはもはや常識だ。

その垣根を目に見える形で打ち砕くのが、「混血」であり、番組でも、ニューカレドニアからヨーロッパへの見世物興行に駆り出された一団の一人が、「白人のフランス女性」と結婚して生まれた女性が登場した。父と母の写真があったが、幸せそうな美男美女だ。父は病死した。それでも、母は、結婚した時に、フランス国籍を保持するための申請をしなくてはならなかったという記録が残っている。

そんなこともあって、アメリカ人の血をひく玉城デニーさんの当選はほんとうにシンボリックで希望が持てる。

世の中、悪いことばかりではないなあ、と思えてきた。

これからが大変だけれど、とりあえず、

玉城さんを支持されたみなさん、おめでとう。


来年の秋にトリオの沖縄公演を実現させたい。

平和と美が共振できるような何かをしたい。

フランシスコ教皇が、ヴィム・ヴェンダースの映画の中で、「アーティストは美の使徒です」と言っていたのを思い出す。





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by mariastella | 2018-10-01 00:05 | 沖縄

ギュンター・アンダースとヒロシマとソンミ村

エノラ・ゲイに原爆投下OKの指示を出したパイロットと文通を重ね、1958年の京都から広島への平和行進にも参加したギュンター・アンダースのインタビュー本(これ)を読んで今まで見えてこなかったものが見えてきた。

彼は、音楽哲学と自然哲学をやっていたけれど、生涯に4度のショックを受けて、4度目に世界観が変わった。第1は第一次世界大戦。

2番目はヒトラーの登場、3番目はガス室のホロコーストを知った時、そして4番目がヒロシマへの原爆投下だったそうだ。

この原爆によって、「人類は自滅できる」ということを理解して、最も大切なのは正義だの同情だの理性だのではなく、ただひたすら、「想像力」だと思った。アポカリプス、人類の終わりはあり得る、という想像力だ。

で、そのような世界に生きるからには、それまでの2500年の哲学の成果などは意味がないと思った。

必要なのはこの世界をどう解釈するかという哲学ではなく、この世界をいかに持続させるかの方法だからだ。

核兵器がヒロシマとナガサキ以来使われていないでただの抑止力だというのも大いなる欺瞞だと彼は言う。

ベトナム戦争は日本への原爆投下なしにはあのような展開はされなかった。

つまり、非戦闘員の無差別殺大量殺戮というハードルが取り払われた、というより、その「モデル」が堂々と掲げられた事実だ。で、戦闘機に追われてナパーム弾に焼かれる少女たちが登場し、今度はそれを「自分の手でやってみたい」というモティヴェーションに駆られてウィリアム・カリー中尉に率いられる一隊がソンミ村のミーライ集落に登場した。

それはアメリカのDIY、「Do it yourself」精神なのだとアンダースは言う。

戦闘機が原爆やナパーム弾を投下して適地を「壊滅」させる映像をすでに焼きつけられているから、次にはそれを自分たちの手でやってみようというわけだ。

高校生の私は当時の多くの若者のようにベトナム戦争に関心を持っていた。

ナパーム弾に焼かれて逃げる少女たちの写真には衝撃を受けていた。

ヒロシマの原爆よりも大きな問題のように思えた。

ヒロシマは私の生まれる前の「過去」の話で、ベトナムの子供たちが殺されているのは、私が平和にのんびりと暮らしている同時刻の出来事なのだ。「関心を持たないこと」は即「加害者側に加担すること」のような気がしていた。「ヒロシマ」は、アンダースが指摘するように、「忘れ去られていた」のだ。

ソンミ村の虐殺事件が表沙汰になったことももちろんはっきり記憶している。

けれども、私の中では、空爆でナパーム弾に焼かれて逃げる子供の映像の方が、ソンミ村の虐殺よりもインパクトがあった。戦時における「虐殺」というのは「南京大虐殺」も含めて「想像可能な悪」だと思えたのだ。

でも、実は、ソンミ村の虐殺は違った。

核兵器が可能にした「全地域を壊滅させる」というパフォーマンスを自分たちの手でやってみたいというDIYの精神で、村に入って507人の村人を1人も残さないように殺しまくって焼き尽くした(生存者が奇跡的に3人いた)。

原爆がつくった光景を自分たちで再現できると思ったのだ。

原爆がなければ、ソンミ村の虐殺はなかった。

「核兵器でさえなければいい」という口実でナパーム弾のような恐ろしい兵器が「開発」されることもなかっただろう。

というのがアンダースの見解だ。

カリー中尉だけが軍事法廷で裁かれて1971年に一応は終身刑になったけれど3年後にもう仮釈放された。2009年にはじめて「謝罪」を口にしたそうだ。

アンダースは原子力発電所の核燃料と核弾頭との関係を最初に大声で訴えて原子力発電に異議を唱えた人でもある。

こういう人の存在があったから、ドイツが「フクシマ」以降に原発からの離脱を確定したのも偶然ではない。

最初の妻だったハンナ・アーレントもそうだが、アンダースは、戦争などの大きな流れの中で正義や人道に対する感覚を麻痺させた人たちが

「(その時の主流秩序にとっての)間違いは、犯さずに罪を犯す」

ことを明文化した。

彼はチェルノブイリ事故の数年後に90歳で亡くなったが、「フクシマ」のことは見ていない。

「ヒロシマ」をきっかけに「反核」を最も長く、熱心に、死ぬまで叫び続けた知識人だ。

彼がヒトラーを生んだドイツ、日本の同盟国だったドイツの出身だったのも興味深い。

最初はパリで暮らそうとしたが、失業者が増えていたフランスは外国人の就業を禁止し、結局アメリカに渡ったが、後にオーストリア人としてウィーンで死んでいる。


どんなに核廃絶を訴えても、大量破壊兵器や軍需産業、原発産業がエスカレートする中、絶望的な状況において希望を何に見いだすか、何を慰めとするか、どのように勇気を維持するか、と問われたアンダースは、こう答えた。


>>>勇気については分からない。私のアクションに勇気はほとんど必要ない。

慰めはまだ必要としていない。

希望? 原則としての希望のことは分からない。私の原則はこうだ。

我々が直面している恐ろしい状況に介入することで少しでも寄与することができるなら、たとえどんなにわずかでも、少しでもチャンスが残っているなら、それをすべきだということだ。<<<


アンダースは、美学や哲学に没頭していられた時代を懐かしみながらも、核のアポカリプスに対する警報を鳴らし続けることに後半生を捧げた。


世にはいたずらに恐怖を煽る終末論や陰謀論がはびこっている。

一方で、核兵器も核燃料も現実に増えるばかりでそれをコントロールする術もないことは事実なのにそれらは巧妙に隠され問題をすり替えられている。


私たちは、正しい想像力の使い方、正しい恐れ方、すべての人と環境を自ら破壊することのない道を識別する方法を常に学ばなければならない。


それにしても、潜在意識の中のDIY論、恐ろしい。


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by mariastella | 2018-09-18 00:05 | 雑感

『駅の子』に思う

NHKのドキュメンタリー『駅の子』をネットで視聴した

第二次大戦後の戦災孤児体験者たちによる証言だ。
涙なしでは見られない。

「靖国の遺児」が敗戦と共に「裏切られた」という話では、フランスの「国家の里子」のことを思い出した。

「テロとの戦争」ということで、フランスでは一応国内でのテロ被害者も「戦死者」として認定されている(実情はいろいろ複雑なのだけれど)。
 日本のオウム真理教のサリンテロの被害者に対しての日本政府による保障はどうなっているのだろう。

私には子供の頃に日本で「浮浪児」を見た記憶はないけれど、「靴磨きの少年」というイメージは子供にも広く共有されていた。
たくさんの戦争孤児を保護していた禅僧が私の名付け親であることも知っている。
エリザベス・サンダース・ホームとも僅かにご縁があった。
2003年からは、日本でカトリックの養護施設の子供たちのために音楽のアトラクションを考えたり、バロック音楽童話をつくったり、演奏したり、それを昨年ようやくDVDの形で寄付したりもしてきた。
今はいわゆる「戦災孤児」はいないけれど、「児童虐待」や親の育児放棄の末に入ってくる子供がたくさんいることに驚きもした。

このドキュメンタリーを見たので、児童福祉法とGHQの関係についてネットで検索して論文もいくつか読めた。

「無差別平等の原則」「国家責任の原則」「最低生活保障の原則」という「GHQ3原則」というのがあって、GHQ「児童福祉総合政策構想」というのがあり、日本政府とのいろいろなすり合わせを経て、児童福祉法が生まれた。
「平和憲法」がGHQの押し付けだから、古き良き美しい「国体ファースト」の憲法に改正しよう、などという動きもある今の時代だから、なるほど、戦後には憲法よりもある意味で緊急の児童救済があったのだなあと、なおさら興味深かった。

「浮浪児差別」「刈り込み」などがあった時代から、70年経って、「少子化対策」、女性はせっせと子供を産んで「生産性」を高めないと、などという言辞すら飛び交う今の日本を思うと愕然とする。

フランスで、アフリカや中東からの難民がひしめいている場所には近づかないようにしている私。
もし、うちの前に、瀕死の子供が倒れていたら?
うちに入らせて世話するということはあり得ない。
確実に、すぐ救急車を呼ぶだけだろう。

今にして思うと、「駅の子」たちと、住み込みの女中さんまでいて何不自由なく暮らしていた私との差は実は薄紙一枚でしかなかった。
彼らをさげすんだりいじめたり存在を否定したような大人たちと、今これを書いている私との差も、濡れればあっさりと破れる薄紙の隔たりでしかない。

それを意識化して自分の何かを追い込むことによってはじめて見えてくることがある予感がする。

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by mariastella | 2018-08-17 00:05 | 雑感

翁長知事の訃報で思ったこと。

これを描いているのは8/8。
沖縄県の翁長知事の訃報を聞いたばかりだ。

ネットを検索したら、翁長知事の生前のメッセージがたくさん出てきた。
夫人のこの代理スピーチも印象的だった。


これを聴くと、間違いなく、この三年間の翁長知事の戦いのストレスが死に至る病を誘発したんだろうと思う。彼はまさに戦場で倒れたのだ。

沖縄の問題を考えると、「いじめ」の構造だとか、本土の犠牲にされている、などという「不公平」「差別」に類する言葉がしばしば出てくるのだけれど、私は最近、つくづく分かったことがある。

これまで、この世の中の「不公平」とか「不公正」を見るとき、それを正さなくてはいけない、すなわち、不当に虐げられている人をそうでない人のレベルに引き上げなくてはならない、という思いがあった。
べトナム戦争で子供が米軍のナパーム弾に焼かれている時に、ハンバーグを食べている自分は加害者ではないのか、と罪悪感があった。
水も電気もないアフリカの僻地で水くみの重労働に従事する子供たちを見て、衣食住が足りている自分の暮らし方がやましかった。

でも、実は、これは自分の置かれている恵まれた状況と比べて不当だから正さなければならない、という責任感の問題なのではない。同情や共感や想像力の問題でもない。
私たちの多くが享受している「恵まれた」状況というのは、ダイレクトに、そうでない人に「犠牲を強いていること」の上に成り立っているのだ。
アフリカ人のすべてが、たかが今の私程度の「文明」でさえ享受できる日は来ないだろう。資源も足らないし、経済システムも回らず、地球が耐えられない。

「犠牲を強いられている人」の犠牲を解消するということは、さらにもっと弱い部分に新たな犠牲を強いるということに他ならない。

日本の基地問題がどんどん沖縄に集中していったのも同じ構造だった。

その負の連鎖を断ち切るには、安楽に暮らしている人の「恵み」の本質を切り捨てるしかない。
もっといえば、分配しなくては、連帯しなくては、という形ではなくて、今、弱い人、犠牲を強いられている人が平等な権利と自由を得られることを、望まなければならない

前にも書いたけれど、自由とは、他者の自由を侵害しない限りにおいて保障されるものだと普通は言われているけれど、本当は、「他者の自由を自らの自由と同じように欲する」境地にならない限り真の意味では達成できないものだ。

肩関節炎により私の右腕が「不自由」だった時期、私の左腕は「自由」を謳歌していたが、右腕の分も働かなくてはならなかった。けれども左腕は、自分の自由をやましいとは思わなかったし、右腕のために働くことに文句をいうこともなかった。
もちろん差別もいじめもない。
左腕は、右腕の復帰と自由を心から欲していた

日本が一つの体なら、世界が一つの体なら、人類が一つの体なら、どの部分も、他のすべての部分が円滑に動くことを欲するのであって、目指したり認めたりするのではない。

沖縄の人々の自由と人権と尊厳の回復をすべての人が「望む」日が来ますように。



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by mariastella | 2018-08-09 00:05 | 雑感

『沖縄スパイ戦史』とオウム真理教

先日、前に私が書いたブログに呼応してくださった小寄道さんが『沖縄スパイ戦史』を観てブログに感想を書いてくださった

今の時点でこの映画を見ることができないない私にとって貴重な記事でありがたかった。

陸軍中野学校から沖縄に派遣されて少年ゲリラを組織した「護郷隊」の元隊長らが、戦後、亡くなった少年兵の親たちに土下座して深謝して、死ぬまで毎年慰霊にやってきたという話に、私は「オウム真理教」事件の刑死者たちのことを思った。

沖縄では、陸軍中野学校エリート将校とはいえ、当時20代前半だったような若者が、軍国主義に洗脳されて多くの人を死に追いやる「戦争犯罪」に手を染めた。けれど、敗戦後に過ちに気がついて反省を深めていったのだ。

オウム真理教事件の首謀者や実行犯らの多くも、生き方に悩んだ若者たちで、当時のポストモダンの相対化の海に溺れて「最終解脱者」を名乗る教祖に洗脳された「優秀な」犠牲者だった。
犯行の凶悪性や反社会性はみな同じだったかもしれないが、その後どうやって過ちに気づいたか、反省や贖罪を実践しようとしたかという道はそれぞれ違う。
戦争犯罪で実際に死刑になった人たちもいるが、生き延びた多くの人もいる。
裁かれなかったことと赦されたことは違う。

「間違うことは人間的であり、自分の間違いに固執することは悪魔的である」と言ったのはアウグスティヌスだ。

「魔が差した」という言葉は日本語にもある。

アウグスティヌスは、間違うことは事態は悪魔の業でなく、人間性の一部だという。

私たちは誰でも迷い、間違い、騙され、判断を誤り、善悪の観念を失うこともある。それでも、「悪魔的」なのは、それ自体ではなく、その間違いに固執することだとアウグスティヌスは言うのだ。

オウムの教祖だった人物でさえ、家族愛に恵まれず、視覚障害者の全寮制学校で、弱視であるという相対的な力を発揮して同級生たちを支配してきたという生い立ちの中で自己肥大の妄想を育てていった。
「他者に優越して強く生きる」ことの誘惑はどんな状況でも存在する。

「よれよれになって足を引きずりながら正しい道を歩く方が、意気揚々と間違った道を行くよりもいい。」と言ったのもアウグスティヌスだ。

死刑執行であれ、戦争であれ、国家が殺人装置を制度化してはならない、とつくづく思う。

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by mariastella | 2018-08-08 00:05 | 雑感

ワールドカップから宗教を考える

ロシアのサッカー・ワールドカップで優勝したフランスチームは、カトリック雑誌からも「祝福」された。

「移民」出身が多いフランスチームは「六番目のアフリカチーム」などと揶揄されたが、選手たちが「フランス人」であること、それは普遍主義的共和国理念によって結びついていることと同義であると、しっかりとチーム全体で反駁していたのは好感が持てる。

カトリック雑誌もそれを踏襲している。


オリヴィエ・ジルーの腕には詩編23のダビデの賛歌「主は羊飼い、私には何も欠けることがない」というタトゥが刻まれている。

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ジルーは優勝したら頭を剃ると言っていたらしいが、7/22に三男の洗礼式があるので取りやめたという。

アントワーヌ・グリーズマンも右肩のイエスや聖母マリアのタトゥがある。教会で定期的に大蝋燭を供えるそうだ。

ポール・ポグバは規律を守るイスラム教徒。

スタジアムへの出入りに必ず十字を切るブレーズ・マチュイディはパリ・サンジェルマン・チームの元同僚で福音派キリスト教牧師のブラジル人マルコス・セアラから洗礼を受けている。


スポーツ選手にとっていろいろなジンクスが必要なのは分かるし、それぞれ「信じる」ものがあるのも不思議ではない。どんなに自力で努力しても、「勝負の神」の機嫌はまた別にある。


で、フランスチームがまとまっていたのは、それぞれがそれぞれの「信心」に堂々と従いながら、互いをリスペクトし、その上位に「フランス万歳、共和国万歳」を自覚的に掲げていたからだという。


フランスでは、大統領はもちろん、極右から極左まであらゆる大統領候補は公式のスピーチの最後を「フランス万歳、共和国万歳」で締めくくるのが習慣になっている。だからこのフレーズはフランス人にはなじみがある。


これさえ唱えていれば、「フランス人」認定と言ってもいい。そしてその「共和国理念」は自由・平等・同胞愛を普遍原理とするものだ。

同胞愛というのは「友愛」とも訳されるが、「きょうだい愛」であるが、別に血縁のことを言っているのではない。そこに「親」はない。つまり父権的関係を拒否してみんなきょうだいということで、「平等」とセットになっている。

なぜ親がないかと言えば、この「理念」がキリスト教由来のもので、親は創造神だけで、すべての人間は「同胞」でしかないからだ。

共和国主義はこの「見えない神」を「ないこと」にして成立したけれど、逆に、この「共和国理念」そのものを、「超越神」的に掲げてきた。

成り立ち上、それは「民族神」ではなく「普遍」神なので、肌の色や出身や宗教帰属や政治的立場の差を超えているというわけだ。


フランスチームのことをアフリカだと言って揶揄したのはイタリア人で、イタリアは今右傾化していることもあり、ナショナルチームにも「純粋」を志向する。

20年前にフランスが優勝した時は「白、黒、アラブ」と言われたが、他のヨーロッパチームはほとんど地元の「白人」だった。

今回のフランスは、「白、黒、アラブ」でなく「青、白、赤」の三色と言われる。もちろん共和国の三色旗の理念を表しているのだ。


20年経てば、他のヨーロッパチームにも「移民出身」選手が目立つようになってきた。

でも、ドイツチームのトルコ人選手は、ドイツが敗退したとたんに差別言辞を浴びせかけられた(まあこの選手はトルコのエルドガン大統領を支援しているかのように政治利用されているから複雑なのだけれど)。

イングランドチームは、大英帝国っぽく、自分たちの多様性を誇っていたが、「あ、うちは出自や宗教などは多様だけれどカルチャーは一つです。イングランド文化だけです」とイングランド人がテレビで協調していたのは興味深かった。

前に、「クリケットをする国出身ならイギリス人認定」という記事を書いたが、 そういえば、サッカーもイングランド起源だよなあ。

で、「イングランド文化」と自称すること自体が、すでに「普遍主義」の対極にある。


全く別の話だけれど、最近の、タイの洞窟からサッカー少年たちとコーチが国際的な支援を受けて救助された事件を覚えているだろうか。


体力の回復した少年たち12人とコーチが7/25から見習い僧として、剃髪して、地元の寺で修業を開始したそうだ。

救助活動への感謝と救助中に亡くなった人の冥福を祈るためだという。

一生に一度は短期出家が推奨される小乗仏教の国だし、こうして共にトラウマを克服していくシステムがあるということ自体は悪くないと思うけれど、今回、少年12人のうち一人がキリスト教徒なので参加しないという。

タイでキリスト教徒なんてかなりマイノリティだ。

でも宗教と関係なくサッカーというスポーツを通して結びつき、洞窟の中でもその団結や一体感が支えになったからこそ、一人も欠けることなくみんなが生き延びることができたのだ。

で、そのアフターケアが突然、特定宗教の「伝統」とは。


他の少年たちが「短期出家」というセラピーから戻ってきた時に、このたった一人の「キリスト教徒」の少年は、またいっしょにサッカーを続けられるのだろうか。彼は彼で、「教会」の共同体からスピリチュアルなケアを受けているのだろうか。


なんだか気になる。


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by mariastella | 2018-07-30 00:05 | 宗教

沖縄スパイ戦史

リテラで読んだ『沖縄スパイ戦史』についてのインタビュー、興味深かった。

監督2人が女性で、決意のほどが伝わる話だった。
名前を出して資料を見せて発信している人々に対して陰謀論やフェイクニュースや勝手な誹謗をネット上で仕掛けてくる人にどう対応するか、という部分も考えさせられる。


その後、予告編を見た。


この映画、見てみたい。


お知らせ

先日10/28 の講座の案内、申し込みがここここにあります。
おみやげ用意していくつもりです。





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by mariastella | 2018-07-29 00:05 | 沖縄

LGBTと生産性と普遍価値

サイトの掲示板にこういう質問をいただきました。

こういうお返事を書きました。

普遍主義については、『バロック音楽はなぜ癒すのか』『聖女の条件』『アメリカにNOと言える国』という普遍主義三部作以来いろいろな形で書いてきたのですが、今最終校正中の本でも別の形でまた展開していますので興味のある方は是非お読みください。

お返事の中で、質問の中にあったLGBTについても触れているのですが、この話はなかなかこのブログで取り上げないので、少し話すきっかけになってよかったと思います。

私は何につけ論争を避けたいタイプなので、センシブルな話題をあまり取り上げないようにしていますが、掲示板でご質問くだされば
できるだけ誠実にお答えしますのでどうぞ。おしゃべりに加わってくださるのももちろん歓迎です。

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by mariastella | 2018-07-28 00:05 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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