L'art de croire             竹下節子ブログ

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修道経済 その1

今読み始めた本は非常にユニークで、すばらしいものだ。

私は、次に出す本の中で、神、金、革命の関係とイデオロギー化、偶像化について、近代以降の世界が抱え続けているジレンマの分析や問題提起をしているが、具体的な「解決策」については例を挙げていない。むしろ、失敗例を積み上げる中からあるべき形を示唆はしているが、今現在の「成功例」は、長いスパンでどうなるか分からないので書いていない。

そんな私の問いの一部に答えてくれる本が出た。

『修道経済』という、学術論文をベースにしたものだけれどわかりやすく説得力がある。

本はこういうもの。

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これについての著者インタビューの1010答の記事が分かりやすいので、これから10回に分けてそれを紹介していくことにする。

まず、本と著者について。


著者はブノワ=ジョゼフ・ポンスといって、フランスのエリートコースであるエンジニアのグランゼコールを出た後、食品ミクロ生物学の研究者として生産業に従事、その後で、薬学化学の企業トップになった。リタイアした後で、経済学と神学を学んで博士号を獲得。その博士論文がこの本のベースである。現在はリヨンのカトリック大学で教えている。


本の内容。

修道経済は代替経済の一つになり得るか? 

地球のエコシステムの中で人類が最も調和的に活動していくことを視野に入れて社会全体が緩慢に少しずつ豊かになるために可能なモデルの一つとして修道経済を考えることはできないだろうか?

この本は2つの調査に依拠する。

まず、現在の修道院の創設基盤となった夥しい文書の渉猟。

次に、フランスのベネディクト会とシトー会の修道士、修道女たち20人へのインタビュー。

このインタビューの中から、エコロジーの問題の特別な面が見えてきた。

インタビュー調査は、その後、4つの軸を立てて分析される。

財産、時間、空間、他者。

修道経済のふたつの特徴は、私有財産の放棄と必要経済だ。

この2つは、今の我々に労働の意味、報酬、為政(ガバナンス)について目を開かせてくれる。



と、これだけでは分からないので、次回から著者インタビューを少しずつ訳していく。


近刊の本でも、何度も、初期キリスト教徒の原始共産制と近代の共産主義を比較した。

いわゆる東西冷戦は「自由主義経済」が「社会主義経済」に勝利した形で終わったが、その後の歯止めのない新自由主義経済が深刻な環境破壊や貧困の増大につながったことは誰でも知っている。

修道経済は、もう一つの経済活動の可能性を示唆するものだ。


ちょうど、政治と倫理学に関するヒューマニズムの分野で、

リベラル資本主義と

マルクス主義、アナーキズムとの

中間にある3つ目の道としての

「ペルソナリズム」の模索と軌を一にする。


(ここでいうペルソナリズムとはエマニュエル・ムニエが提唱したもので、最重要価値は一人一人の人格の尊重にあるとした大陸ペルソナリズムであり、アメリカのパーソナル・イデアリズムとはまったく別のものなので要注意。)

(続く)




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by mariastella | 2018-04-21 00:05 | フランス

シネティ師の選択

先日の復活祭のミサで出会ったパリ総代理司教のブノワ・ド・シネティ師は、4/4

『声をあげなくてはならない』 という「難民受け入れ」についての呼びかけの本を出版した。

難民の一人一人が「命」で「顔」なのに、我々は、「難民」というカテゴリーで冷たく扱っている。なぜ彼らはやってくるのか、なぜ我々は恐れるのか、について語った本だ。

この本についてのメディアからのインタビューを受けて、「またジョニー・アリディの葬儀ミサについて話すのはやめたいですね」と始めた。

ジョニー・アリディの歌の歌詞とパウロの言葉をつなげた印象的な説教は、テレビ中継を通してフランスで最も多くの人に聞いてもらえた説教だっただろう。

その彼は、復活祭のミサでも、ユーモラスで、庶民的で、余裕があってしかも説得力があった。まっとうなことしか言っていないのに、こちらの内面に伝わるような言葉だった。

この人はジョニー・アリディなど芸能人やセレブたち担当どころか、パリでは難民担当で、サン・ジェルマン・デ・プレ教会改修の650万ユーロの資金を集めた時と同じ情熱で難民のために必死になっている。

パリのブルジョワ・カトリックの多くが、生まれる子供(代理出産問題)や死に向かう人(孤独死や安楽死問題)では子供や病人の生命の尊厳を絶対擁護するのに、避難場所を求める難民の命の尊厳については関わりたがらないことについて、ブノワ氏は容赦しない。

趣味はボクシングでその堂々とした体格と、無邪気にさえ見える自然体は、他のパリのエリート聖職者とかなり雰囲気が違う。

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《La Vie》No 3789


前に書いたようにパリ新司教のオプティ師が、30代の終わりになって神学校に入る前に、医師として11年間働いたように、エリート聖職者には最高学歴を経て一流会社に就職経験のある人も少なくない。ところがこのシネティ師は、なんと弱冠20歳で神学校に入ったのだ。

1968年の五月革命の年に生まれた若者だというのに。

母方の大叔父がパリの教区司祭で、日曜ごとに彼の家族の食卓を囲み、信仰や神について自然に普通に意見をかわしあうことを知ったという。ブノワ少年は、五歳年下の弟ポールとともに、福音書についての大叔父の話を途中で遮って質問をすることが許されていた。しかも、この大叔父の姪に当たるブノワの母親は、離婚していた。敬虔なカトリックで離婚に至ったのだから挫折感があったかもしれないのに、母は、二人の息子を世話するだけでなく七区のアパルトマンに、悩みを抱えていたり行き場のなかったりする人々をいつも受け入れていたという。ブノワ少年は、フランクラン、スタニスラス、とパリのカトリック名門リセで学んだ。

どんなグランゼコールのエリートコースにでも行けたのに、20歳で神学校に入った理由は? と聞かれた答えがこれ。

「確かに、簡単な選択ではありませんでした。でもどんな選択も簡単ではありませんし、何であれ、選択したものに忠実であることも簡単ではありません。私の幸運は、何が起こっても、いつも、愛されているという気持ちがあることです。神の存在を疑ったことはありません。なぜなら、自分が愛されていると疑ったことがないからです」

そういえば、確かに、この人には「幸せオーラ」が漂っていた。

幸せな人、いつも愛されていると感じている人が、こんな風にがんばるのを見るのは気持ちがいい。





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by mariastella | 2018-04-19 00:05 | 宗教

シリア爆撃とカンヌ映画祭

4/14 の 朝、シリアの毒ガス関連施設への米仏英軍の爆撃のニュースで起こされた。

日本のニュースではあいかわらずトランプが攻撃という印象で報道されているのでフランスの罪悪感が少し薄まる。
マクロンはトランプなしでも単独でやるつもりだったし、それを堂々とアサドにも言ってたし、フランスの世論も、それを批判するという感じではない。まあ今は国鉄ストや大学封鎖やらでそれどころではないという事情もあるのだろうけれど。

そんな中、なんだかホッとさせてくれるのが5月に始まるカンヌ映画祭のポスター。

戦争より愛を。

というわかりやすい、そしてフランスらしいメッセージ。
ベルモンドとアンナ・カリーナだと思うけれど、別々の車に乗る2人がキスして、しかもカリーナの腕がベルモンドを引き寄せている。
セクハラにまつわる「基準」で、「合意」は不十分であり、双方が「望んでいる」というのが必要だ、というのがあったが、それにも合致していて、コレクトであると同時に爽やかだなあと思った。

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by mariastella | 2018-04-18 00:05 | フランス

権力者の誘惑

近頃、世界のどこでも、政権支配者たちの独裁や横暴や、腐敗やその制裁のニュースが聞えてくる。

プーチンやトランプやシリアのアサドや中国の習近平や北朝鮮の金正恩はもちろんだけれど、韓国やブラジルの前大統領たちが有罪判決を受けたり、フランスでも6年前に引退したサルコジがしつこくいろいろな疑惑を追及されたりしている。

日本の官邸をめぐるさまざまなスキャンダルも目まぐるしく展開している。

でも、考えてみれば、あらゆる支配者とか権力者の地位というものと、「便宜供与」と「利益誘導」というのは、多かれ少なかれどこでもセットになっているのではないだろうか。

それはどんな小さな組織でも変わらない気がする。

もちろん、何かというと「我々の血税」を私物化した、と言われるような「公務員」の領域における権力者の場合は、私企業のトップとは責任の度合いが違うのは分かる。

それを思うとよくできていると思うのは、例えばカトリックのヒエラルキーや修道会などでは上に立つ人はすべて「奉仕者」と位置づけられ、一番上の人は「奉仕者たちの奉仕者」と呼ばれ、信者からの崇敬を赦される「尊者」なども「神の下僕、神の婢(はしため)」などと呼ばれることだ。

ここから派生して、国のために働く公務員もcivil servant と呼ばれ、「公僕」という日本語訳もちゃんとある。

でも、その「公僕」。

民主主義国では「主権者である国民に仕える者」という言葉があるのにかかわらず、一部の人への「便宜供与」と「利益誘導」が伴うのは暗黙の了解なのだろう。

だからこそ、「直訴」「陳情」というのも生きてくるので、ヒエラルキーの壁があっても、弱者が権力者に直接窮乏を訴えれば、それを解決するための「便宜供与」を図ってもらえる道も開けるのだ。


「小さきものの声を聞く」というところが大事で、そこに私利私欲を入れてはいけないし仲間内の便宜供与は慎重にすべきなのはいうまでもない。

でも、仲間を、家族を、知り合いを、同郷者を優遇するという誘惑は誰の中にもある。どんなに小さな権力でも、権力を手にしたら、その誘惑は権力の属性のようについてまわる。

自国ファーストだとか極右の論理というのも突き詰めると同じだ。

仲間内の「便宜供与」と「利益誘導」の地平から出発して、他者を排除したり、搾取したり、無視したりすることに行きつくハードルは限りなく低い。

いったんそこに行きつくと、後は、他者を憎んだり攻撃したりすることにまでたどり着く。

大きな歴史も、私たち一人一人の人生の経験も、それを示唆している。

どんな相対的な小さな権力でも、手にしたらすぐに「奉仕者」として生きよう、というくらいの自覚がなければ、私たちは必ず、いつかは、腐る。





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by mariastella | 2018-04-16 00:05 | 雑感

ハンガリー選挙とカトリック

ハンガリーの総選挙で移民拒否の右派が大勝して、オルバン首相の三期続投が決まった。
なんだかポーランドと同じ雰囲気だ。
難民を入れないために国境にを封鎖することを厭わない。

この二つの国の共通点は、

冷戦以後のEU加盟国で、西側自由主義の歴史が浅いこと、
冷戦中は、もと東方正教文化圏の国からなる無神論共産国の社会主義陣営の中で、歴史的にローマ・カトリック文化圏の国だったことだ。

そのことに起因して、この二国では、冷戦中にも動乱があり、ポーランドのヨハネ=パウロ二世の働きかけもあって、共産圏崩壊のきっかけを作った。

そんな二国だから、今でも、カトリック国アイデンティティは強いのに、どうして、宗教に関係なく移民を受け入れよ、と熱弁をふるう現ローマ法王の言葉を 受け入れないのだろう。

一方、伝統的なカトリック文化圏の国でありながらヨーロッパでも珍しいくらいに徹底した政教分離を掲げ、左翼無神論がイデオロギーになっているようなフランスの方が、移民政策に熱心でキリスト教社会主義の流れをくむ社会民主主義の伝統が生きていて、 現教皇にも好意的だ。

フランスでの問題は、同性婚、代理出産、安楽死などの、死生観のカテゴリーにおいて、カトリック教会との齟齬を埋められないことだ。

それでも、4/9に、フランス司教会議(フランスにおけるカトリックの最高決定組織)の開会に招かれたマクロン大統領が、国と教会の新しい絆を、というような表現をした。
国が非宗教でも、社会が非宗教であるわけではなく、今でも社会のマジョリティ宗教であるカトリック世界と政府が「対話」していくことの必要性は当然だ。

でも、例の左翼無神論の極左だとかその流れのフランスのフリーメイスンの代表であるグラントリアンなどが、このマクロンのスピーチ(実は1時間近くあって全部聞くとまともなことしか言っていない。マクロンはバカではない)に対して、カトリックへの迎合=共和国政教分離の裏切りだと言って、ツイッターで即 、炎上させた。

思うに、宗教も、非宗教も、無神論も、個人の アイデンティティの一部をなすのはしょうがないとしても、国や、国民や 国籍のアイデンティティにしてはいけない。

ポーランドもハンガリーも、無神論共産圏に組み込まれてしまった時代には、カトリックであるというアイデンティティが、「自由世界」と繋がるよすがでもあったし、個人の良心を守る砦でもあったのだろう。その場合には、カトリックはまさに「普遍」を体現していた。

けれども、いったん冷戦が終わると、周りはすでに神なき拝金主義の競争社会になっていた。これらの国のカトリックは、ナショナル・アイデンティティとなって残る。

無神論の共産主義を乗り越えて、ようやく自由と繁栄のスタートラインに着いたというのに、遠くの異文化圏からやってくる無産難民などに自国の安全や経済を 脅かされてはならない、と、守りの体制になり閉鎖的になる。

世界とつながる窓であったカトリックが、内側のナショナル・アイデンティティになったのだ。

クラクフの司教(後のヨハネ・パウロ二世)でもない限り、これらの国の「普通のカトリック信徒」たちは、冷戦時代に第二ヴァチカン公会議でカトリックが刷新された現実とも縁遠く生きてきた。

ましてや、アルゼンチン出身のフランシスコ教皇の言葉をなるほどその通りだと聴く用意がない。

カトリック教会自身が国の政教分離政策に関わって、共和国主義こそキリスト教のルーツだという自覚を持って、絶えず無神論イデオロギーと対峙することを余儀なくされているフランスのカトリック教会とは、普遍主義に対する覚悟が 違うのだろう。

どんな宗教であれ、宗教を、国の伝統やアイデンティティとして政治化してはならない、とつくづく思う。

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by mariastella | 2018-04-13 00:05 | 雑感

マイノリティがマイノリティを差別する

私はケルト、ラテン、ゲルマンが混在する白人がマジョリティのフランスで長年暮らしているので、フランスのマイノリティのあり方については当然関心がある。


フランスはユニヴァーサリズムが国是の国だから、公的な人種別統計も禁止されているし、いわゆる何々系フランス人という言葉も建前としてはない。


けれども、アラブ・アフリカ系の旧植民地との確執の歴史はあるから、いわゆるアラブ人やアフリカ人へのある種の偏見は残る。(特に昨今のイスラム過激派のテロリズムのせいでひどくなった)


でも、いわゆるアジア人に対しては、旧植民地の仏領インドシナ出身の人も、東アジア人に対しても、目立った偏見は感じない。共同体を作るいわゆる華僑などは確かに目立つけれど、特に、私の交友範囲であるアーティスト系やインテリ系のカテゴリーはもともと国籍も含めて多様性が高いので「差別」を意識することはない。

ビジネス界でも今は完全にグローバルな感じだ。

でも、例えば、政界などは、やはり圧倒的に「キリスト教文化圏の白人」が多いので、そんなところに、東アジア人の顔が見えると気になる。

近年、目立つ存在だったのは、フラール・ペランとジャン=ヴァンサン・プラセという、フランスの名前だけれど日本人の目からは「韓国系」と考えてしまう二人だ。


1973年生まれのフラール・ペルラン女史は、オランド大統領の社会党政権での文化とコミュニケーション担当大臣だった。生後数日でソウルの街角に捨てられていたのを養護施設に引き取られ、生後六ヶ月でフランス人原子核物理学者の家庭の養女となりフランスで育った。その後はいかにもフランスらしく問題なく高学歴と高キャリアを積むことができた

よくメディアに登場したが、若く美しい人だ。

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もう一人はジャン=ヴァンサン・プラセで、彼は民主党と緑の党合併のリーダーで、ペルランの少し後に改革担当国務大臣としてこれもメディア露出度が高かった。

彼もソウル出身で、ペルランより5歳上の1968年生まれ。7歳の時にフランス人弁護士夫妻の養子となってノルマンディで育ち、1992年にフリーメイスンのグラントリアン(大東社)に入会し、急進左派の政治活動を始めた。1999年に緑の党に転向、以後、地方議会や欧州議会の緑の党リーダーとなり、上院議員にも当選した。

ペルラン女史がすらりと美しいのに、彼の方は、年のわりにでっぷりとして政治家としての迫力や風格がない。日本で人気の韓流スターなどの爽やかさとは程遠い。

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同じ東アジア人としては、こういうメディア露出の多い人たちは外見も見栄えがいいといいのにと思ってしまう。何しろ東アジア系フランス人政治家はこの2人しかいないのだから、「外見」が気になってしまうのは人情だ。

おまけに、このプラセが、最近、大変なことになった。

45日の深夜2時に、酔っ払って人種差別発言をして暴力を振るい逮捕されたというのだ。

パリ六区のラ・ピシーヌというバーに議員と一緒に入り、若い娘たちに近づき、10 代の女性に、議員と踊るなら金をやると言った。女性は自分が娼婦だと思われているのかとショックを受け、バーのガードマン(おそらく黒人だったのだろう)が止めに入ると、「ここはマグレブ(アルジェリア、チュニジア、モロッコなど北アフリカのアラブ国)じゃないぞ、朝の便でウガドゥグー(これはいわゆるブラックアフリカの旧フランス植民地ブルキナファソの首都)に送還してやる」などと、 アラブ人も黒人もいっしょにした人種差別ヘイト発言をしたという。駆けつけた警官までも罵倒して、逮捕され二日間拘留されたという。

自分もいわゆるマジョリティの白人ではないのに共和国政策でエリートコースを進んで国務大臣にまでなった人が、こともあろうにレイシズムをむき出しにしたのだ。

極右政治家ではない。

マニュエル・ヴァルス(この人もフランスに帰化したスペイン人だが首相になった)内閣の一翼を担っていた人だ。

あまりにも自然に「普通のフランス人」になって権力の一端まで握ってしまうと、低劣な差別主義の本音を抱えるということなのだろうか。

フランスで、アラブ系やアフリカ系のテロリストの名や顔がメディアで出るたびに、似たような名や外見を持つ「フランス人」はさぞや居心地が悪いだろうといつも思っていた。

昔は日本赤軍というのがあったが、たとえば今のフランスで日本人がテロをしてその顔や名前がメディアにさらされるとどんなに気分が悪いだろうと想像する。


東アジア人の外見を持つフランス名の政治家が差別発言をしたと聞くだけで不愉快だ。

マイノリティは、マイノリティの矜持を持って生きてくれないと困る、という気持ちと、根強い人種差別の前にはフランスの共和国主義ユニヴァーサリズムが実は機能していないのではないかという懸念とが、交錯する。





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by mariastella | 2018-04-12 00:05 | フランス

ジャンヌ・ダルクと人種差別

今年もまた、58日は、15世紀から連綿と続くオルレアン解放記念祭がオルレアンで開かれる。百年戦争で、イギリス軍に包囲されていたオルレアンを、17歳の少女ジャンヌ・ダルクが白馬にのってフランス軍を引き連れて、「解放」した日だ。

毎年、オルレアンに住む若い娘がその年のジャンヌ・ダルクに扮して、ジャンヌの足跡をたどり、行進する。

今年は13人の候補者の中から、2/19に、新しいジャンヌが選ばれた。

候補の条件は、10年以上オルレアンに住む高校生で、カトリック(ジャンヌ・ダルクは神の声を聞いてフランスを救ったカトリックの聖女でもある)で、人道活動などに関わっていることだ。

ところが、この決定が、ツイッターで嵐を巻き起こして、大騒ぎになった。

今年のジャンヌに選ばれた少女、マティルド・エディ・ガマスーさんが、アフリカのベナン出身の父を持つ混血の少女だったからだ。

ベナンは1960年にフランスから独立した旧植民地でいわゆるブラックアフリカに属する。

ポーランドにもルーツがあるというから、父がすでにハーフだったのか、母親がポーランド人なのかは分からない。

日本人的な感覚ならすでに「フランス人っぽくない」認定をされそうだが、フランスはユニヴァーサルな共和国市民の国だ。フランスとは「フランス語」でもある。


それなのに、ひどい差別の中傷の種になった。

みかねたオルレアンの検察庁はすでに差別禁止法で訴追している。

ナショナリズムとジャンヌ・ダルクの関係は古いが、それについては次に書くことにして、ここではその可愛い高校生が、『ジャンヌ・ダルクとしてふさわしいか?』というインタビューに答えて「評価」されているビデオを紹介しよう。(問いと答えを書いておく。評価は緑と赤のジャンヌのシルエットで出される)

(これは差別とは関係がない。いじっているようなニュアンスはあるが、好意的なものだ)


Q どのくらいオルレアンに住んでいる?

A 15 年くらい。

Q 成績は?

A 平均15/20

Q 好きな科目は?

A 英語…と、フランス語

Q どんな活動している?

A 「昨日今日明日の聖ジャンヌの会」と「不可視の小道」「ヨーロッパのスカウトとガイド」

Q 毎週ミサに行く?

A もちろん、すごく大切。

Q 馬に乗れる?

A 全然。

Q ジャンヌ・ダルクを一言で定義すると?

A 勇気のある人

Q イギリス人をフランスから追い出したい?

A ? でももう彼らはフランスにいないから ...

Q 好きな小説は ?

A 三銃士

Q 好きな歌手は ?

A ダリダ

Q 新しい髪形に早くしたい ?(ジャンヌダルクの髪型)

A はい 

Q ワンピースと甲冑ならどちらを身に着けたい ?

A ワンピース

Q 剣を持ったことある ?

A いいえ

Q 将来何したい ?

A リセの後カトリック学院で文学と歴史の学位をもらって国際機関で働きたい

Q 今、混血のジャンヌ・ダルクは重要だと思う ?

A うーん、白人でも混血でも関係ない、大事なのはフランス人かどうか

Q ポーランド人の血も引いてるね、ジャンヌはポーランド語でこんにちはって言える ?

A (こんにちは)

(続く)


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by mariastella | 2018-04-07 00:05 | フランス

テロリストを赦すことができるか? その2

(これは前の記事の続きです)


2012年の311日、パラシュート部隊の下士官イマド・イブン・ズィアテンが、オートバイを売ろうとして、ある駐車場で買い手と待ち合わせをした。それがモアメッド・メラだった。メラはフランスの軍人、しかも、イスラム系でありながら、フランスの体制側で働く軍人を不信心者として殺害するターゲットにしていたからだ。自動撮影可能なカメラでその時の模様が記録された。


まずイマドが軍人であることを確認してから、銃を取り出して、「地面に伏せろ、本気だぞ」と脅した。イマドは従わず、「武器をすぐにしまえ、僕は伏せない。立ち去れ、僕はこのままでいる」と答えた。

メラは再び命令し、イマドは従わず、頭を撃たれて絶命した。

このイマドの最後の姿は、母親にとって強烈なメッセージだった。

息子は地面に伏せることを拒絶して立ったまま撃たれた。

メラは、3/15に、スクーターでやってきて、別の場所の兵舎の近くのATMを使おうとしていた2人の兵士を射殺し、さらに19日にユダヤ人学校を襲撃したのだった。

この連続テロの最初の犠牲者となったイマドの母親、ラティファ・イブン・ズィアテンの「その後」の活動が驚くべきものだった。

ラティファさんの活動はドキュメンタリー映画にもなっている。


この記事の最後に紹介を貼ります。


ラティファさんは、1960年にモロッコで生まれ、フランスの国鉄で働いているアメッド・イブン・ズィアテンが故郷に帰った時に出会い、互いにひとめぼれをして、結婚し、1977年に夫についてフランスにやってきた。4人の息子1人の娘を授かり、フランス語も学び、子供たちを教育し、車の免許をとり、小学校の給食係として就職するなどエネルギッシュに働いた。子供たちは学校の宿題の作文などに対して、フランス語が分からない母親が、「これはダメ、やり直し」などと言ってダメ出しばかりしたと思い出を語っている。その熱心さのおかげで子供たちはみなしかるべき学歴を得て職も得た。イマドは士官学校に行って軍人になった。ムスリムだがリベラルで、イスラム・スカーフもつけず、娘も息子たちと同じように教育した。勤務先の小学校で豚肉を食べないムスリムの子供たちを他の子供たちと分けようとした校長にかけあって、子供たちを同じテーブルにつかせたこともある。

イマドが殺された時には、ルーアンの美術館に勤務していたが、ノルマンディから駆けつけた時に、尋問ばかりされて遺体との対面が翌日に持ち越されるなど、差別的な待遇を受けている。

テロリストのメラが住んでいたトゥールーズのゲットー化している団地を訪れた時、少年たちのグループがテロリストのことを「彼は英雄でイスラムの殉教者だ」というのを聞いた。彼女が被害者の母だと知って少年たちは謝罪した。

このことから、ラティファさんは、自分が何をするべきかを確信した。1か月後に「若者と平和のためのイマド・イブン・ズィアテン協会」というNPOを立ち上げて、困難な暮らしにあるムスリムの子供たちや青年たちを助け、異宗教間対話を含めてフランスの政教分離や共和国精神について教える活動を始めた。

フランス全土の学校や刑務所を回って、自分の体験談と共に、共生することの大切さ、努力の大切さを説いて回った。ムスリムが差別されているなどと考えてはならない、人生の扉を開くのは自分自身の決意と努力であり、フランスはそれに応えてくれるのだ、と熱っぽく語り、子供たちと対話を重ねる。

この活動を始める時、夫に、全国を回るので家を留守にすることが多い、家庭を犠牲にすることになるがそれでもいいかと尋ねた。ラティファを愛し信頼し支援する夫はもちろん彼女を励ました。子供たちの思い出話によると、子供の勉強などに妥協のないのはラティファで、子供の世話や料理や家事はすべて父親が引き受けていたという。

フランスにいるムスリムの家庭といえば、家父長的で女性が従属しているような先入観があるが、ラティファの家庭では、一貫して夫のアメドがラティファを支えていたのだ。

今でも、インタビューを受けるアメドさんは、最初に出会った時と同じように妻に夢中で妻を全面的に信頼し尊重し、疲れを知らない妻の活動を尊敬さえしている。

スーパーウーマンの影には、彼女を無条件に愛し盤石に支える男がいるのだ。先日触れたおしどりマコケンさんのカップルもそうだった。

(こういうカップルを見ていると、一般に、夫が妻にメロメロな夫婦は、妻がそれで満足するので長続きする。妻が夫にメロメロな夫婦は夫はそれだけに満足しないので破綻する確率が多い。長く続く夫の愛は妻を自由にするが、長く続く妻の愛は夫をますます縛るか、縛ることができないので苦しむかに向かう例が多いような気がする。どちらも互いにメロメロというのがもちろん一番いいのだろうけれど恋愛感情のなくなったカップルの方が多いかもしれない)

ラティファさんの精力的な活動は有名になり、ムスリムの若者が過激化するのを防ぐ功績で大統領から勲章までもらい、ドキュメンタリー映画もできた。イスラム過激派のテロリストに息子を殺されたムスリムの女性という彼女の言葉には説得力があった。

ムスリムなのに子供を体制側の軍人にさせるのは裏切りではないかという囚人の問いには、「私たちが軍人、警察、公務員など、この国を守る側、この国のために奉仕する側にならなければ、私たちは永遠に取り締まられる側、外側に留まることになるんですよ。あなたたちこそ、この国の理想を体現する側に回らなくてはなりません」と答えた。

この母は、息子の殺害者メラを憎んだり弾劾したりしない。「移民の子弟」である自分の子供たちをフランスで必死に善き共和国市民に育てたように、本気で、すべての移民の子供たち、貧困や差別や社会的ハンディのために道を誤る可能性があるすべての若者たちを自立した自由で正しい市民に育てたいのだ。

ラティファさんが2016年末にカルカソンの刑務所の中で講演した時、路上で、カフェから走って出てきた一人の男に呼び止められた。彼女の顔はすでにメディアで広く知られている。男は、「イスラム・スカーフを喪に服するためにつけているなんて嘘をつくのはなぜだ」と聞かれたので「嘘ではない、怖くない。息子の死以来スカーフをつけている。」と答えると、「いつまでもこんなことを続けていると、今に見ているがいい」と脅された。男の眼はすでに尋常なものではなかった。ラティファさんは身の危険を感じた。


その男が、20183月、息子イマドが殺されてから6年経った時、カルカソンで憲兵を含む4人を殺害したテロリストとなった。それに気づいた時に、ラティファさんは思わず叫んだ。あの時、無理にでもあの男と対話していたら、ひとことが、一つの動作が、今回のテロリズムを思いとどまらせたかもしれない、男はまだ過激化の終点まで到達していなかったかもしれないと自問する。

男に殺されたベルトラム中佐と、6 年前にテロリストの命令に服せずに立ったまま殺された下士官の息子の姿がだぶるのだった。

ラティファさんの戦いは終わらない。

この6年の疲れを知らぬ活動で出会った子供たちや若者たちは実際に奨学金を得るなどの支援やアドバイスも受けている。その中には、彼女の熱意と涙を見なければひょっとして過激化した者もいたかもしれない。ラティファさんは結果的にメラを赦した。メラはラティファさんのような母を持てなかった。メラを赦すことと、メラも昔はそうであった子供たちに「母」のメッセージを伝えることは、一体だった。

もう戻ってこない加害者がいる。

もう戻ってこない被害者がいる。

被害者の家族がいる。

次の加害者と次の被害者を出さないため、彼らを救うために、戦う母親が、いる。





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by mariastella | 2018-04-06 00:05 | フランス

テロリストを赦すことができるか? --- 父の怒りと母の戦い

少し間があきましたが、これは前のこの記事の続きです。


2012年、3月、大統領選前のトゥールーズで、モアメッド・メラというイスラム過激派が、子供3人を含む7人を殺害するという事件が起こった。標的にされたのは軍人やユダヤ人学校の教師や生徒たちなどで、殺害の瞬間を記録公開するために撮影までするという残虐なものだった。

逃亡して閉じこもる犯人を追い詰めるまで、フランス中に衝撃を与えた事件だけれど、それが3年後のパリのシャルリー・エブド襲撃事件や組織的な無差別多発テロへのプロローグとなるとは、当時誰も想像していなかった。

このテロの犠牲になった人の家族のうちで、その後もメッセージを発信続けている一人の父と一人の母がいる。

父とは、メラに息子と孫2人を殺された男性だ。父でもあり祖父でもある。

息子はユダヤ人学校の教師で、孫はその学校の生徒だった。

2012319日、朝8 時、学校の前でメラが発砲し、3歳と6歳の 2人の幼い息子を守ろうとした30 歳のラビである教師ジョナタン・サンドレールも撃たれた。

ジョナタンは1982年ボルドーに生まれ、中学2年まではヴェルサイユ近郊の公立学校に通い、その後でトゥールーズのユダヤ人学校に通ってバカロレアを取得した後、イスラエルでラビ養成の学校に行った。フランスで結婚してからまたイスラエルに戻り、フランス人のラビ志願者を教える側になった。

2人の息子と1人の娘を得て、2011年にトゥールーズに戻って母校でユダヤ教についてのクラスを受け持つことになった。

ジョナタンの父のサミュエルは、事件から6年が経過した20183/21に『我々の子供のことを覚えているか?』という本を出したが、その中で、一度もテロリストであるメラの名を出していない。

3/11からの3度にわたるテロを経て21日に射殺されたテロリストの「モアメッド・メラ」という名は、当時のメディアでも連呼されたけれど、その後、テロのある度に何度も何度も繰り返されて、、いわば21世紀のフランスのテロのプロトタイプのようになった。

それなのに、犠牲者の名は忘れ去られる、もう誰も覚えていない、とサミュエルは言う。

名だけではない。テロリストのメラ(フランスとアルジェリア二重国籍)については、その生い立ちからテロに至るまでの一挙一投足、考え方の変化までその生涯の全てが紹介されるし、テロがある度に蒸し返される。

一方で、被害者の名は忘れ去られるし、どういう生き方をしたかという思い出も想起されないし、どういう生き方ができたかという思いもめぐらされない。ゼロだ。

遺族はただ、事件のことが想起される報道の度に苦しまなければならない。

だから、サミュエルは、本の中ではメラの名を書かないことで、人間性を付与するのを拒絶したという。

それだけではない。共犯だったメラの兄の裁判を膨張した時に、メラの母親が息子ににっこり微笑みかけたのを見た時に、許せないと思ったという。

メラの兄は2017年に20 年の懲役、もう一人の共犯は14年の懲役の判決が下っている。

メラの母は、メラが立てこもったアパルトマンで結局踏み込まれて(官憲2人に重傷を負わせた後だが)射殺されたことに対して、不当な攻撃だとして訴訟を起こしている。

このこともある意味ですごい。

この母親が、テロの共犯のもう一人の息子の公判も支え、頬笑みかけて励まし、息子への愛を表現しているのを目の当たりにしたサミュエルが、自分の息子と孫を不当に、永遠に奪われた身で、愕然とした気持ちも分かる。

加害者の母と被害者の父。

どちらも、あまりにも人間的なリアクションではある。

(サミュエルの名誉のためにいうと、彼は別に復讐を誓っているわけではなく、平和の中に生きることを望んでいる。けれども、テロリストの母の微笑みに抱いた「不当感」を隠すことはできないのだ)

しかし、それとはまったく対極の反応をしたもう一人の「被害者の母」が存在する。

彼女はモロッコ人でムスリム。フランス生まれの息子をフランスのために戦う軍人に育てた。

イスラム・スカーフを常に被っているのは、イスラムのためではなく、息子の喪に服するためであり、それまでは一度も髪を被ったことはなかった。(続く)



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by mariastella | 2018-04-05 00:05 | フランス

復活祭と『宣告』とオウム真理教の死刑囚

復活祭、おめでとうございます。

Vénardさん、おめでとうございます。

加賀乙彦の長編『宣告』を、イエス・キリストが死刑宣告を受けて十字架刑に処せられる「受難」の復活祭前四旬節にようやく読了した。

先日も書いたが、本当に、「死刑囚」とか「余命宣告」と、キリスト教は「相性」がいいというか、キリスト教が力を発揮してくれるフィールドだ。


逆に言えば、キリスト教禁制の時代や国で多くのキリスト教徒たちが、信仰を捨てずに死を宣告されて壮絶な殉教を遂げていったのも、同じルーツだと言える。


社会的な罪があろうとなかろうと、人間の組織の大きな力によって抹殺しようとされる存在にキリスト教は寄り添ってくれる。


『宣告』の死刑囚たちの犯罪の動機を見ると、その多くは、単純な欲望充足の繰り返しがだんだんと深みにはまることが多いのが分かる。


夏には刊行される予定の私の新刊では、「神」「金」「革命」という三者、つまり聖なるもの、資本や富、暴力イデオロギーという三つがいろいろな形で偶像化されるメカニズムについて述べたけれど、その三つの周縁には、実は、ばらばらの境涯を生きる個人が日常的に欲望する多くのこと、食欲、性欲、憤怒、怠惰、見栄、嫉妬などが渦巻いて破滅のスイッチを押しているんだなあと感慨深い。


キリスト教の七つの大罪というのは高慢、激情、羨望、堕落、強欲、大食、肉欲というもので、こんなものが「大罪」なんてなんだか大仰だなあ、と思っていたけれど、『宣告』の主人公の死刑囚(実在モデルがいる)が、死刑囚になるまで「堕ちていく」過程では、さまざまな「生き難さ」を一過的にカバーしてくれるさまざまな「遊興」への没頭があった。


「アプレゲールの高学歴プレイボーイの犯罪」として有名になった事件だそうだが、七つの「大罪」が「大罪」となるのは、エゴイズムへの耽溺、アディクションを構成するからなのだと分かる。

仏教が、何よりも、この世の快楽に「執着」してはいけないと強調するのも、同じ洞察なのだろう。

それこそ「罪のないちょっとした快楽」へのアディクションが人を蝕み、闇に落とす。


そしてこれも前に触れたが、オウム真理教の確定死刑囚が処刑場のある拘置所へ移送されたというニュースのことも考えざるを得ない。

これについて、週刊新潮(私はネットで読める)で短期集中連載の『13階段に足をかけた「オウム死刑囚」13人の罪と罰』というもの(これを書いている時点ではまだ2回)を読んでいると、なおさら胸が痛む。

彼らが逮捕されてからもう四半世紀以上たつ。

元気な若者が四半世紀以上も隔離されてきた。

「尊師」として教団のトップであった麻原以外の全員に死刑免除をして、じっくりと証言してもらって、彼らを生んだ社会の病巣について共に考えてほしい、という人たちもいる。

オウム真理教家族の会がそうで、家族が「出家」した時点でカルトの被害者の会を立ち上げた人たちの会だ。



1990年代のオウム真理教の特殊な話だけではない。

1970年代にも、日本赤軍として中東に渡ってテロの実行犯になった若者たちがいたし、21世紀のヨーロッパには、イスラム過激派のプロモーションビデオに洗脳されて改宗してシリアに出かけてテロリストとなった男女が存在する。

無差別殺人だとか残虐な殺人に手をそめた「人でなし」を抹殺してすむことではない。


「七つの大罪」とアディクションは誰にでも手の届くところにある。

だから、「悪人」を罰することで「悪」を消すことなどできない。

そのために、「悪人」がいるのではなく、「悪」をそそのかす「悪魔」がいる、という考え方がある。

エデンの園でイヴを誘惑した蛇、最後の晩餐でユダの中に入った悪魔。


悪魔のささやきに耳を傾けて誘惑に屈した人の「証言」をじっくりきいて、「その後」の生き方を共に模索する方が、すでに捕らわれて四半世紀も世間と隔離されている人を殺すよりも、次の犠牲者を救うことになる。


加賀乙彦が「悪魔のささやき」という言葉を使うのは、カトリック作家としての言葉だろう。私は『悪魔のささやき』という本を読んではいないが、この中で、彼は、獄中の麻原を訪ねて、彼の退行現象は詐病ではなく、完全隔離からくる拘禁反応から来たもので、外部と接触させれば「治る」可能性はあると言っている。

このブログで重要ポイントが引用されている。


この引用文で加賀が語っていることは、そのまま、『宣告』でレポートされていることと重なる。


人にはそれぞれ持って生まれた性向もあるし、拘禁状態や死刑宣告がどのような「病」をもたらすかということはケースバイケースだろう。

今のヨーロッパには死刑がないが、つい最近、40年近く服役している終身刑の囚人を「解放」するという試みが決まったようだ。その人が監獄の外の社会で生きていくための援助と見守りがなされるという。


死刑囚にしても、終身刑囚にしても、「隔離」と「病気」をセットにして先の見えない長い時間を拘置所員や監獄医に押しつけていく社会よりも、だれにとってももう少し希望を与えてくれるようなシステムを模索していくことは大いに意味がある。




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by mariastella | 2018-04-01 00:05 |



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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