L'art de croire             竹下節子ブログ

タグ:時事 ( 150 ) タグの人気記事

フランスでの反ユダヤ主義の高まり

2018年度の反ユダヤ主義犯罪の件数が前年比74%増だとメディアが騒いでいる。

フランスでは反ユダヤ主義は全政党のタブーだから、政治家の憤りも凄い。


でも、実際は、極左はパレスチナに於けるイスラエル政策への抗議から、極右は民族主義的ナショナリズムから、そして郊外団地に住むムスリム系の若者たちの不満のはけ口の発散と、反ユダヤ主義の温床は存続している。その「ヘイト」が匿名性の高いSNSで拡散する。

74%増は確かにすごい。

でも、少し驚いたのは宗教(信者、礼拝施設、墓、シンボル)を対象にしたヘイトクライム(被害届の数)の統計を見ると、2018年の74%増のユダヤ教は500件代で、イスラムに関するものは600件代で、5%減、キリスト教に関するものが1000件を超していて2%減という数字だった。

絶対数が違うし歴史的経緯も人口比も違うからこれだけでは比べられないけれど、聖像などが破壊されたカトリック教会の様子が映されたのは意外だった。

中東の話ではない。宗教戦争の時代でもなくフランス革命の時代でもない。

私は日本のいわゆる「マジョリティ」として生まれ育ったので、宗教や宗派対立に無関心だった。祖母が熱心に高野山にお詣りをして、母は鞍馬山にお詣り、父は禅宗の寺に通い禅の本ばかり読んでいた。で、父が亡くなった後はじめて父が継いだ家の宗旨である真宗のお坊さんたちとコンタクトができた。

そんなことを誰も疑問に思わない。日本でも明治政府の国家神道政策のせいで廃仏毀釈の時代があったことは知っているけれど、少なくとも私が生まれ育った時代の大都市核家族風の環境では、寺や神社やらに破壊行動やヘイトクライムがあったようなことは聞いたことがない。

二度の世界大戦の舞台になったヨーロッパでスケープゴートとなったユダヤ人社会のインパクトは、その後イスラエル建国や徹底したロビー活動も含めて、想像もつかないほどに大きい。

そしてそれにまつわる「タブー」の根深さも半端なものではない。多くのことがタブーであるからこそ、みんな分かっているのになかなか表立って分析しようとしない。

そこに「逆信仰告白」のような各種無神論イデオロギーが加わる。

死が生とセットになっているように、キリスト教無神論はキリスト教の一部で、ユダヤ教無神論はユダヤ教の一部なのにそのこともなかなか語られない。

ましてや、そのような何重ものベールに包まれ、偽善と建前とルサンチマンが渦巻く知識人や政治家たちの言葉ばかり読んできた日本人には深層にあるものが分からない。

中東や北アフリカのユダヤ人とちがって「ヨーロッパのユダヤ人」たちは、第一次大戦に先立つ時代、それぞれの国の本気の「ナショナリスト」だった。

ユダヤ系ドイツ人はドイツ人だったし、ユダヤ系フランス人はフランス人だった。

名前以外に「見た目」も実際は変わらない。いわゆる有色人種差別などとはまったく種類が違う。

ちょうど日本における戦後の「在日」差別とよく似た構造がある。

宗教的対立とこだわり(無神論も含めて)の強烈なヨーロッパだからこそ、それがもっと先鋭化し深刻な問題となっている。

哲学や学問の流れにまではっきり影響している。

それがまさかと思われたホロコーストにまでつながった。

語られない多くのことに首を突っ込むのはまるでパンドラの箱を開けるようなものにならないかと、少し、心配だ。


by mariastella | 2019-02-15 00:05 | フランス

「出産(procréation)とは宗教用語だ」 by パリ大司教

毎土曜日の朝のラジオでパリ大司教のオプティ師がインタビューに答えるのがとても興味深い。


インタビュアーは、この手の番組なら予想されるような予定調和的な質問をするわけではなく、むしろ、挑発的な質問の仕方をする。

つまり、今のフランスに当然あるような偏見(カトリックの高位聖職者なら教義に凝り固まっているだろう、とか、現実の社会を知らないだろう、とか超保守派と同じ意見だろう)を見越してむしろその立場から質問を繰り出すことが多い。

そしれに対して、オプティ師はとても自然体で、素直に誠実に答えるのだけれど、それが分かりやすくて説得力に満ちていて、すごい。


先日は、今の政治問題でもあるフランスでの「代理出産」を認めるかどうかなどの法案について聞かれた。

同性婚や同性婚カップルの養子縁組、人工授精などの合法化が問題となる度に、フランスでは、「カトリック保守派がそれは神のみ旨に適わないから大反対する」という具合にカリカチュラルに語られる。


そもそもパウロ6世が夫婦間の行為は「完全に人間的であるべきで、新しい生命に対し全面的に例外なく開放されている」べきだという回勅を出したのが1968年の7月で、フランスでは5月革命で新しい世代が今までの因習を打ち破ったばかりの最悪のタイミングだった。

要するに「避妊」そのものが「神のみ旨」に反するのだという時代錯誤な回勅だと一笑に付されてしまい、その奥にある意味は誰にも考えられずに封印された。

さすがに、フランスのカトリック司教会議は、「昔ながらの知恵が命じるところは,この特定の問題に関して,何が神のみ前における最重要な務めであるかを確かめることである。夫婦は時間をかけて意見を交換したうえで,自分たちの決定を下さなければならない」と言い方を変えたし、多くの神学者たちも産児制限について「夫婦は自分たちの良心に従って」OKだと宣言した。

それでもフランスで「人工妊娠中絶」が合法化するにはそれからまだ数年を要している(1975年1月)。妊娠中絶が合法的でなかった時代には、「闇」の中絶やイギリスにわたっての中絶など女性に必要以上のリスクと負担があった。


今でも「代理出産」はヨーロッパの他国の女性と「取引」されることがあるし、フランスでも実際はインターネットでいくらでも不妊のカップルを助けるという名目で代理出産の候補者が見つかるらしい。TVが調査したのを見た例では、代理出産を請け負う女性は失業中のシングルマザーで、2万ユーロを要求していた。

で、オプティ師が言うには、そもそも「出産procréation」という言葉自体に宗教的含意があるという。

これが動物の生殖であればReproduction(再生産、再現、複製)という言葉が使われる。これはバクテリアが分裂するように、機械的であったり、2つの要素のフュージョンがあってもどちらかがもう片方を取り込んでしまう形となる。

Procréationは「pro + création」で、共にクリエイトするということで、何と共にかというと、「神」と共に、神の創造の業に参加するということだから本来宗教的なのだそうだ。

その前提に「人格」と「人格」のユニオンがある。それはフュージョンではない、コミュニオンである。

セックスとかセクシュアリティという言葉はラテン語のsexualis et sexusから来ていて、その語源はsecare (切り分ける)にある。(異説もある)

分けられていたものが一つに混ざるのではなく交わる。ヒトにおいてはそれは意識的な行為だ。動物の中にも、一生同じ伴侶と過ごす種もあるけれどその「貞節」は意識的な選択ではない。そしてヒトにおけるその「意識」というのは「愛」であり、人格と人格がコミュニオンをなすのは「愛」によってだけなのだという。

オプティ師は何度も各種のバクテリアの例を出した。世俗の臨床医師として11年を過ごした人の発想はおもしろい。


日本語は違うけれど、このprocréationreproduction の違いは英語でも同じだ。(ドイツ語では前者にあたる言葉の幅がかなり広くなる。)

クリエーション、創造が即「神の業」という意識下の刷り込みはロマンス語系ではかなり深いと言える(英語のこの言葉はフランス語経由で来た)。


でも、確かに、誕生とか死というのは、ヒトにおいてはどの文化においても「神秘」に属するのは間違いない。

それを思うと、確かに、特に斡旋業者や金銭の授受を伴う「代理出産」の合法化にはいろいろな論議を重ねることが必要だというのは理解できる。


政治家が、性的少数者や障碍者に「生産性」があるとかないなどと言っている次元にいては、その論議にすら参加できないのでは、という気がしてならない。


by mariastella | 2019-02-11 00:05 | 宗教

イタリアとフランスの喧嘩?

イタリアの右派ポピュリスト政権が内政の混乱から反政府派の注意をそらそうとしてか、フランスに対する暴言を吐いて、フランスが在イタリアのフランス大使を引き上げるなどと言い、まるで「日韓ですか」というような緊張関係を目にする最近の情勢。


でもイタリアとフランスの関係は日韓よりもずっと深い。

第二次世界大戦の敵味方がEUで結束したこと、歴史的にカトリック国同士で、大量の移民がフランスにやってきて、移民の二世、三世というのは完全にフランス化している。「混血」度も半端ではない。大都市や近郊ではイタリアにまったくルーツのない人を見つける方が難しいくらいだ。

サルコジも現役大統領だった時にイタリア人のカルラ・ブルーニと結婚した(カルラはその後フランス国籍をとった)。

ヴァティカンのロビーにもフランスは根を張っている。

言語的にもとても近いのでバイリンガルは普通。

経済的にももちろん緊密で、イタリアには二千以上のフランス資本企業がある。

「離婚」なんて考えられないのだ。


ヨーロッパのポピュリスト政権と言えば、難民がイタリアのように海からでなく地続きでやって来るハンガリーやポーランドが思い浮かぶけれど、この2国とイタリアに共通する利害関係はない。フランス、スペイン、マルタの3国との関係が経済的にも外交的にも最重要だ。


マクロン大統領はEUの理想を掲げてシャルルマーニュ(カール大帝)よろしく颯爽と登場したけれど、そして実際にEUを鼓舞したけれど、「国内の庶民」を軽視したツケが来て「黄色いベスト」運動で叩かれ、外交イメージは大きくダウンした。

EU理念でマクロンと強調するドイツのメルケル首相にも「政治的未来はない」ことはもうはっきりしている。


政治評論家のカトリーヌ・ネイがいみじくも指摘したように、現在のヨーロッパで一番EUの重要性を喧伝しているのはイギリスなのかもしれない。


今や、EUとは、イギリスが、「残りたくない、でも離れがたい」と、悶々としている機関なのだ。


by mariastella | 2019-02-10 00:05 | フランス

ローマ教皇とアブダビのイマムとの歴史的宣言

24日にアブダビで採択されたフランシスコ教皇とアラブ首長国連邦のグランド・イマムの共同宣言文書は歴史的な重要性を持つ。

いや、持たなければこの世界の未来はない。


今回ローマ教皇がはじめてアラブ首長国連邦を訪問したことは、40年前にヨハネ=パウロ二世が「鉄のカーテン」の向こうのポーランドを訪問した時と同じような変革と希望を思わせる。

冷戦の影に隠れていた金融資本主義と軍産コングロマリットが冷戦後のグローバリゼーションと共に世界の貧富の差を拡大し、贈賄と搾取と軍事政権のアフリカや中近東の危うい「バランス」が一気に崩れ、欧米の介入や干渉も相まって、旧植民地からの移民、難民がヨーロッパに大挙してやってきた。

そこで「イスラム過激派」と呼ばれるグループがクローズアップされ、テロが繰り返され、「十字軍」などという言葉が使われた。それを見ている日本人の中には「一神教同士が神の名で殺し合いをしている」などと単純かつ誤ったコメントをする人が出てきた。

実際は、もちろん宗教と宗教の対立などではない。

それでも、そのような誤解や宗教の利用を正すために、キリスト教とイスラムの指導者が世界の平和と共生のために「人類同胞」を掲げるこの宣言は、キリスト教とイスラムの関係だけではなく、現在の国際情勢にとってインパクトのあるメッセージとなっている。

そのユニヴァーサル宣言の「肝」は、

「信仰とは、信ずる者が他者の中に、支え合い愛し合うべききょうだいを見出すように導くものである」

という考えを、新しい世代への指針として述べたことだ。

神と、人類の同胞性を信じる者は、共に努力しなければならない。


「全ての人間を権利と義務と尊厳において等しく創造し、彼らにきょうだいとしてこの世に共に住み善と慈しみと平和という価値を広めるようにと呼びかける神の名において」

「神が全ての人、特に豊かな人たちに義務として支援するようにと呼びかけている貧しい人々、悲惨な境遇にある人、助けを必要とする人々、疎外された人々の名において」

「破壊と戦争の犠牲者となって安全と平和と共生を奪われた民衆の名において」

「神とそれら全ての人々の名において、オリエントとオクシデントのムスリム、カトリック教会、オリエントとオクシデントのカトリック信徒と共に」

「対話という文化を歩むべき道とし、共に協力することを実践とし、互いに対する知識を深めることをメソードと規準にする」(意訳です)

と宣言するばかりではなく、ふたりは、政治や経済のリーダーたちにも、寛容と共生と平和に適うようふるまうことを呼びかける。特に、戦争と、環境破壊と、今の世界が直面する文化とモラルの衰退を終わらせるようにと訴える。

知識人、哲学者、宗教者、芸術家、ジャーナリストには、正義の重要性、善、友愛(同胞愛)が全ての人の救済の要となるものだと確認し広めなければならない、と訴える。


もちろん宗教指導者だから、今の世界の危機的状況に、人間の良心が麻痺していて宗教的価値から遠ざかったことを見ている。「行き過ぎた個人主義や物質主義が人を神格化してしまい、超越的、至高の原理が物質価値や世俗価値にとってかわられた。」とする。


「宗教は決して人を戦争に駆り立てず、憎しみ、敵意、過激の感情を起こさせず、暴力や流血を誘うものではない。それらはすべて宗教の教えの逸脱であり、政治的利用である。」


教皇とイマムは、

「殺されるために、いがみ合うために、拷問されるために、従属の生を生きるために人を創造したのではない神への共通の信仰によって、」

それらを訴える。

「全能の神は、誰からも守ってもらうことを必要としていず、自分の名が人々を恐れさせるために使われることを望んではいない」と。

これらすべては、ある意味で想定内の言葉だ。

「多神教だから多様性」などではなく、万物の創造神の前では万物が同胞であると考えるなら、こちらの方が「まとまりがいい」。

だからこそ、明治政府は一神教をモデルにして士農工商を廃止して日本人をすべて「天皇の赤子」とする国家神道を採用したのだ。


グローバリズムの時代だからこそ、すべての人間が「地球」という惑星上の兄弟姉妹だと考えるのは「平和」を語る時に有効だ。


理想と現実は違う、というのはたやすい。アラブ首長国連邦は一応「信教の自由」があるのだけれど、自国のムスリムがキリスト教に改宗したりムスリム女性が非ムスリム男性と結婚したりすることはできない。ローマ教皇やイマムや居並ぶ政府の高官(王族が多い)たちがすべて「男」であり女性の姿がないことに異を唱えたくなるフェミニストもいるだろう。また、そもそもこの2人の権威に服するようなタイプの人が戦争やテロを指導しているとも思えない。それにみなが神の子で同胞だと言っても、旧約聖書によるともうごく最初の人間が、カインのアベル殺しのように、兄弟間でも憎悪や妬みが満載だ。


それでも、一部の過激派だのカルト宗教などが神の名、教えの名、教祖の名によってテロや戦争や拷問や弱者の迫害などを行う情況が今この世界にある限り、正義と平和と共生を要請する神の信仰をローマ教皇とグランド・イマムが宣言するのには歴史的意義がある。

そして彼らの「正論」を「正論」だと多くの人がまだ感じることができるかどうかが、世界の平和にかかわるような気がする。

だれが、いつ、どこで、だれと、その「正論」を宣言するのかということが、それに命を吹き込むのかもしれない。


そうあって、ほしい。


by mariastella | 2019-02-09 00:05 | 宗教

マドゥーロとフランシスコ教皇

仕事が遅れているので、フランスはしょうがないとしても「世界のニュース」は視聴しないように気をつけているのだけれど、どうしても気になるのはイエメンとベネズエラのことだ。

マドゥーロはどうなるのだろう。

私は何しろ藤永茂ブログの読者だから、トランプが支持する側には警戒する。ヨーロッパ主要国もフアン・グアイドの暫定政権を揃って支持している。ロシア、中国、トルコはマドゥーロ支持など、シリア戦争の代理戦争みたいな様相だ。ベネズエラに莫大な「石油資源」があるところも中東の利権と似ている。ヨーロッパではギリシャがマドゥーロを支持している。フランスはメランションなど極左はもちろんマドゥーロ支持。(関連の藤永ブログはこれとかこれ参照。)


もともとアメリカなどによる経済汚染から脱するための革命に成功して「石油」資本を人民に分配しようとしたチャベス政権だったけれど、「カネ」によって起こった革命がまたカネによって汚染されていく汚染のループは続いた。マドゥーロも政策を誤った。そこに暴力が必ずセットになってくる。


ファン・グイドの方は、混血(メチス)でありオバマ大統領にどこか似ている35歳で、カトリック大学の出身で、メチスが多くカトリックが大半のベネズエラにおいてある意味「マジョリティ」だ。

マドゥーロの方は、いわゆる「改宗ユダヤ人」でカトリックに改宗している。


そのマドゥーロが今の危機の状態への救いを求めてローマ教皇に接触した、と2/5のヴァティカンニュースが言っていた。フランシスコ教皇というと、ついこの前、パナマの世界青年の日で相変わらず熱狂的な人気を誇り、その後すぐにアラブ首長国に出向いて、信教の自由と対話で平和を目指すのが全ての宗教の使命だと熱弁したばかりだ。

ベネズエラのカトリック司教会議は去年の8月に、政府による反政府派への弾圧を弾劾している。政治犯の人権を守ること、拷問の禁止、そしてインフレにあえぐ庶民の困窮を救済する政策を求めている。

このような状況において、カトリックがどのように利用されるのかまた力になれるのか、『神とカネと革命』(中央公論新社)に新章を加えたくなるぐらい興味深く、目が離せない。


by mariastella | 2019-02-06 02:28 | 宗教

「黄色いベスト」とフランス貴族とカトリック教会

フランスの貴族のことを表す言葉に「青い血」というのがある。


「青い血」と「黄色いベスト」ではだいぶ違うように思われるけれど、実はこの二つを結ぶのが、カトリック教会とその「地方」性だ。

すでに『無神論』などで書いたことがあるけれどフランス革命前後のフランス人というのは、本気で神や教義を信じているかどうかというよりも、教会や冠婚葬祭や地域の互助が一体となっていて、「町内会」的結束を維持していた。そして「貴族」はそれをまとめるカトリック教会の経済的なパトロンでもあり、その教区に領地と城がある「町内会長」的な存在でもあったのだ。フランスの教会が歴史的にローマ教会に完全に従属しない自治権を持っていたこともそれに関係している。


フランス革命はもちろんこの「領地制度」と「教区制度」を無化することになった。

多くの城も教会も名目は共和国の手に渡った。けれども、それが政治的に財政的にもうまく機能せずに、結局は、貴族による城の買い戻しやカトリック教会(フランスの国教ではなくフランス人の宗教だとナポレオンは言った)の復活に至った。

で、19世紀に何が起こったかと言うと、が革命の推進者でもあった新興ブルジョワジーがまるで雨後の筍のように「シャトー(城)」を建て始めた。フランス語のシャトーとは、英語のキャッスルやドイツ語のシュロスなどとちがって、広い土地付きの「大邸宅」も含む言葉だ。ブルジョワジーは、領主ではなかったけれど、「貴族のような生活」に憧れた。貴族風の姓を「買う」者もいた。


今回「黄色いベスト」運動の中核になっている「地方の庶民」は、フランス革命前の困窮の中で、ブルジョワジーと共に、王侯貴族や彼らと結託する聖職者らを処刑したり追放したりした。(もちろん王党派についた例外の地域もある)

で、その後の世紀にブルジョワジーたちが富を蓄積して「貴族」のような生活をして城を建てまくっても、「庶民」たちはそれほどには反発しなかった。なぜなら、産業が発達し、経済が「成長」して、雇用が増えたことで、庶民もその恩恵を受けたからだ。

その状態は第二次世界大戦終結の時期まで続いた。

けれどもその後で経済は「金融経済」にシフトした。「投機」による富の蓄積だ。

20世紀終わりの冷戦終結がそれを加速して貧富の差を拡大したのは周知の事実だ。


フランス革命は「平等」を要求した。

真偽は別として、「パンがないならお菓子を食べれば?」的なマリー=アントワネットに代表される特権階級が苦しむ庶民と完全に別世界にいることが人民の蜂起につながった。

1840年の絶対王政のフランスで活躍したギゾーはプロテスタントの弁護士家庭出身だったが、1847年に首相になった時に、選挙権を求める民衆のデモに対して「選挙権が欲しけれど金持ちになればいい」と豪語して、1848年の2月革命を招き亡命を余儀なくされた。

「黄色いベスト」運動の勃発を招いたきっかけにも、マクロン大統領の「上から目線」がある。「努力すれば豊かになる、貧しい者は努力が足らない」式の金持ち(彼はまさに金融経済の勝ち組だった)の見下しが、庶民の怒りに火をつけたのだ。

それは「貴族」に向けた怒りではない。

襲われるのは銀行で、城ではなかった。でも、金融システムを倒す革命は王政を倒す革命よりもずっと難しい。


公には何の特権も有さないフランスの貴族階級に属するのは人口の0,2%(日本のカトリックの割合の半分というマイノリティだ)で、彼らはそういう歴史から学んだこともあるだろうけれど、自分たちのアイデンティティをキリスト教的な利自己犠牲と利他の精神に求めてきた。

貴族、カトリックというと「超保守」という偏見を持つ人は多いが、日本でも知られる「ノブレス・オブリージュ」という義務感や使命感が今でも生きている。それこそが、ブルジョワの保守カトリックと自分たちを分けるものだからだ。

フランスのカトリック教会自体も革命やら政教分離の歴史に学んできたし、カトリック教会全体も、第二ヴァティカン公会議以来、「布教」的言説を慎み、より普遍的な「弱者救済」の言説を繰り出すようになってきた。

「黄色いベスト」運動についてクタンスの司教が話しているのを聞いたが、この運動は教会と無縁ではなく、不平等社会への疑問を共有するのは教会の使命だと感じて12月の初めから積極的に関わっているという。購買能力や可処分所得のアップなどの要求、の底で一番切実に求められているのは、「労働における尊厳」と「霊的な助け」の二つだと受け取っている。

「貴族」たちもそれに呼応する。

貴族はそのルーツが地方の「所領」にあるので、本質的に「地方の矜持」があり、「金持ちになる」上昇志向とは逆の価値観、他者への奉仕、そしてキリスト教に養われてきた「超越」志向があるのだ。

実際は、サン・ゴバングループのCEOピエール=アンドレ・ド・シャランダール、アクサグループのアンリ・ド・ラ・クロワ・ド・カストリ 、パリ空港のオーギュスタン・ド・ロマネ、Medef(経団連みたいなもの)会長のジョフロワ・ルー・ド・ベズィユーなど実業界のトップに君臨する貴族階級もたくさんいる。

(こういう人たちの中にはゴーンと同じくポリテクニックを経てミーヌ(国立高等鉱業学院)に3年在籍という学歴の人もいるのだけれど、Wikipediaにもちゃんとそう書いてある。やはりゴーンはポリテク内差別を受けているのだろうか…)


そして彼らの大半は、その「貴族の矜持」が名前と教育に張り付いているので自分の金に対して「清廉潔白」である確率が高いとされる。

今回カルロス・ゴーンに代わってルノーのCEOとなったジャン=ドミニク・スナールの家系はいわゆるフランス貴族ではないがヴァティカンによって「ローマ伯」の称号を代々受け継ぐ家系だ。

カルロス・ゴーンが同族企業のミシュランではどうしても出世できないと切りをつけてルノーに移ったけれど、スナールは、2011年にミシュランではじめて同族以外の出身のCEOの地位を獲得している。スナールは他の大企業でも働いていたが、コストカットや人員削減の非人間性と厳しさに耐え切れず精神的にまいっていた。そんな彼に(ゴーンの離反の原因になった)エドゥアール・ミシュランが連絡し、企業における互いの社会的見解が一致して友人となり、スナールはミシュランに移った。(その後でエドゥアールが事故死している。)ミシュラン家は地域に根付いたカトリック教会の庇護者としても知られている。従業員を守りたいという彼らの感性は一致していた。


こうなるとゴーンには太刀打ちできない世界なのかもしれない。

ゴーンはヴェルサイユ宮殿を借り切って結婚披露宴をしたけれど、スナール家には350年前から南仏に立派な農地やブドウ畑や城がある。王ではなくてローマ教皇から叙階される貴族の権威はヨーロッパの貴族同士のグループの中でも権威があるそうだ。

推定無罪とはいえ社会的には「汚点」のついたゴーンの代わりに、一点の染みもないこういう人材だってフランスは提供できますよ、というパフォーマンスになっているわけだ。

新興国アメリカを通して見ると、ただ、「アメリカン・ドリームの成功者である金持」と底辺で搾取されている「貧乏人」との格差が広がるというのがネオリベのイメージだけれど、ヨーロッパでは「金持ち」内でも、まだまだ「貴族」と「ブルジョワ」のメンタリティが互いのアイデンティティとして分かれているというのが実情らしい。

もちろん貴族は一枚岩ではなく、ほんとうに没落していたり、金のためにブルジョワとの結婚を重ねる人もいくらでもいる。けれども、ある程度の富を維持していたり、ビジネスでも成功するエリートたちは、キリスト教的な弱者保護の「建前」だか「義務」だかを意識化しているということだ。

一般に貴族の家庭は子だくさんで、しかもそのうちの半数以上が司祭職についたり修道者になったりするケースがあるけれど、あれは、別に「財産を散逸させないように分家を減らす」ためや「何人かを高位聖職者にして家族のために祈ってもらう」ためなどではなくて、子弟の教育の中に本気で「他者のために尽くす自己奉献の生活」を選ばせるような何かがあるからなのかもしれない。(親の「建前」が子供の「本気」になったことであわてる親たちがいないとも限らないけれど。)

では、イギリス貴族などと比べてどうなのかというと、とても違う。なぜなら他のヨーロッパの国の貴族は今でも「貴族」だからだ。フランスだけがフランス革命によって「公式の貴族」「社会学的に存在するカテゴリーとしての貴族」が消滅した。だからこそ、フランスの「貴族」たちのアイデンティティが「ノブレス・オブリージュ」に集約していくということだ。彼らは何でも「マキシマムなところを見せない」というフレンチ・エレガンスを守っている。財力や権力の誇示はもちろん、「自助努力」が大切、というのは彼らの美学に反している。

(このへんは、なんとなく、日本の武家社会で武士は質素に暮らして、豪商たちが絢爛と暮らしていたみたいな図式を想起してしまう。今はやりの断捨離とかミニマリズムとかはどうなんだろう。)


(ここで書いたフランス「貴族」の実態は、ソルボンヌの社会文化史学教授であるエリック・マンスィオン=リゴーのインタビューを援用したものがほとんどです。フランス革命以後のエリートの変遷の研究がおもしろく、文化や伝統の継承ヘの義務感というものがどういう表現をとるのかを見るのは興味深い。彼は博士論文を書くときに、フランス史の中でそれまで農民の歴史、労働者の歴史、聖職者の歴史、ブルジョワジーの歴史が書かれて来たのに貴族の歴史がほとんどないことに気づいたという。)


著書にAristocrates et Grands Bourgeois (Perrin,2007), L’Ami du Prince (Fayard,2011), Singulière noblesse : L'héritage nobiliaire dans la France contemporaineFayard, 2015)などがある。

c0175451_01140991.png

マンスィオン=リゴーはナント生まれの「普通の人」だけれど、エコール・ノルマル・シュペリユールを出たアグレジェで立派な「共和国エリート」である。彼の人柄にもよるだろうけれど、彼がエリート仲間でなかったら貴族たちがこんなに率直にフィールド調査に答えてくれたかどうか疑問だ。

結果、研究はカリカチュアにも陥らず非常にバランスが取れている。

(うらやましいのはフランス語だ。私もフランス語でなら多様なフランス人にいくらでも答えてもらえるけれど、日本人に日本語で質問するといろいろハードルがあってなかなか難しい。)


by mariastella | 2019-02-02 00:05 | フランス

Mixedの「肌の色」

ネットで日々のニュースや雑誌を読むことができるので日本独特のように思われる話題につい目がとまる。

最近では世界ランキング一位となったテニスの大坂なおみ選手を起用した食品会社のアニメCMが、彼女の肌を「ホワイト・ウォッシング」したと言われて公開停止したという話に少し驚いた。

日清の広報は配慮が欠けていたとして大坂選手に謝罪したそうだ。


ホワイトウォッシュとは、映画業界で有色人種役に白人を当てたり、有色人種の肌の色を明るく白人化したりする人種差別としされる行為だそうだ。

白人が黒塗りしても差別になるし、黒人を白く描いても差別になる微妙な世界だ。

そのことについて前にこういう記事も書いた。

その点、日本のような国では最も問題になる「差別」は同じ肌の色の人間に向けられていることもあって、「黄色人種」をアイデンティティとして問題視する習慣はない。それに「黄色」といっても、あきらかに黄色い肌なら黄疸という異常だし、「白人」と言っても、アルビノ(白皮症)でない限り血の気があってピンクや赤ら顔だ。これはやはり社会的な差別や区別の「いろ」なのだ。

黒人の肌の色も実際はさまざまだけれど、確かにかなり濃い黒の人もいて、そういう社会ではアルビノが差別されるほど、やはり「黒」と「白」の対比は目立つ。


でも、ハーフというかミックスの場合はどうなんだろう。


私は前にオバマ大統領のことを書いた。

ここ

とか

ここ

黒人とのハーフである少女の似顔絵を描いた時の体験にも触れたことがある。


私は女の子の絵を書くのがうまく、女の子の生徒の連絡帳には必ずさらさらと似顔絵を描いて喜ばれる。で、黒人とのハーフの子供にも絵を書いたのだけれど、鉛筆書きで雰囲気や髪型や洋服を似せているので肌の色は無視した。日本のマンガでも日本人と白人を色で区別したものを見たことがない。それなのに生徒から「これじゃ白人みたいだ」と言われてあせった。「ホワイトウォッシュ」したわけではなく鉛筆書きだから色をつけなかっただけなのに。

試しに、ヘンリー王子妃のメーガンさんはどのように似顔絵で書かれているのか今回検索してみた。


これ などはあまりヘンリー王子と変わらない。いや、ヘンリー王子はかなり色白だから目立つけれど、男なんてハーレクインの世界ではいつも日焼けして浅黒いのがアウトドア風でいいとされているように、メーガン妃より日焼けしている白人などたくさんいるだろう。

白黒の場合は、これ など、色は同じのものがほとんどだった。


メーガン妃の場合、顔立ちやスタイルは、少なくとも日本人の目から見れば「白人」寄りに見えるから、わざわざホワイトウォッシュをして描く人もいないと思うが、私が似顔絵画家なら、なんだかもう炎上したくないので描きたくもない。


アパルトヘイト時代の日本人の「名誉白人」扱いだとか、「バナナ(外は黄色で中は白)」なんて話も不愉快で、こういう「どちらともつかない」立場への姿勢をもっとはっきりしてくればよかったのに、と思ってしまう。

そういえば、 不調で引退した稀勢の里に対して発せられる「日本人横綱だから」という言葉がプレッシャーになった、などという記事も最近目にした。


アメリカ国籍を取得してからノーベル賞を受賞した学者には

「(日本国籍の日本人ではないけれど)日本出身の…」とカテゴライズして、

横綱には日本国籍を取った外国出身者と区別する意味で

「日本出身の」と形容するのって、姑息だ。

往年の名横綱大鵬は白系ロシア人の父を持つ「ハーフ」だったけれど当時日本領だった南樺太生まれだから「外国出身横綱」のカテゴリーには入らないなどとわざわざネットに書いてある。

今は黒人とのハーフで身体能力の高いスポーツ選手たちが脚光を浴びている時代だけれど、「日本出身」で「謙虚で日本人より日本人らしい」などと逆差別めいた褒め方をされるような「黒人とのハーフ」相撲取りが登場する日は、はたしていつか来るのだろうか・・・


by mariastella | 2019-02-01 00:05 | 雑感

沖縄県民投票と2016年フランスの県民投票

沖縄の県民投票の「三択」問題について、「やむを得ない」というのは自民党案で、今回折り合った「どちらでもない」という選択肢は公明党案だそうだ。

「やむを得ない」という「賛成誘導へのバイアス」満載の選択肢が入った三択は、2003年に、大阪府で、人口6.2万人の高石市が人口79,1万人の堺市との合併を行うかどうかについての住民投票の時に前例があるそうだ。

結果、合併に賛成が18,1%でやむを得ないが7,6%、反対が74,3%だったという。この時も、合併が争点となった市長選が同時期にあり、合併推進派の現職市長を選挙で破った無所属の現市長(4期目)が「やむを得ない」の三択にもかかわらず住民投票も圧倒的に制覇したわけだ。

ということで、前に書いた記事にも追加を載せている。

近頃は二択によりトランプ大統領が生まれたりBrexitの国民投票で事態が悪化したりする例が多いのだからということで、二択は良くない、そもそも住民投票など良くない、と言う人もいる。

また、三択で圧倒的な「反対」票が得られなくなるぐらいなら二択のままにして、一部の県民の投票権を奪う安倍政権を悪者のままにしておいた方がいいのではと言う人もいる。

上の記事の追記ではフランスの例について触れた。

フランスではEU憲法批准についての国民投票が2005年にあったのだけれど、与野党が揃って賛成を促したのに、ふたを開けると反対票の方が多かった。テレビでは賛成派の放映が71%を占めていたのに、結果は「反対」が54,68%になったのだ。

それなのに結局別のルートで別の形でいつのまにか批准されてしまった。結論ありきだったのだ。

もともと議会での批准だけでOKの国もあったのだから、「じゃあ、聞くなよ」と誰もが思った。

さて、ナント空港では規模が足りないのでノートルダム・デ・ランドに新空港を造ろうというプランは1960年代に遡る。その後石油危機などいろいろあって、農家の立ち退きなどの手続きは進んだけれど、エコロジストに反対されて、すったもんだした末に、2007年にようやく正式な建設が決まった。けれども、予定地の「不法占拠」も続いたので、ついに2016年に県民投票が実施された。

ロワール・アトランティック(Loire-Atlantique )県の有権者数は100万人近い(96万7500 人)。ナント空港の移設に賛成か反対かの二択に51%の県民が投票した。その結果55,17%が賛成したのだ。

けれども県庁所在地のナントではその差はたった100票に過ぎなかった。ナント空港の経済効果を失いたくない人が多かったからだろう。

そして「当事者」であるノートルダム・デ・ランドでは投票率が75,04%と高く、結果は「反対」が73,57%、賛成が26,43%だった。市長による投票結果発表に市民たちは歓呼の声を上げた。

でも、ともかく、「県」のレベルでは「賛成」。建築業者や観光産業などの経済効果が期待される。

この投票で「県民」の同意が得られたとして建設は強行されるはずだった。

でも、「不法占拠者」たちは去らず、戦闘態勢を敷き、交通も遮断した。

で、その後政権が変わり、2018年1月、今からちょうど1年前に、空港建設の「中止」が決定された。

うーん、こういうフランスの例を見ていたら、直接民主制とか住民投票っていったい何なんだろうと思ってしまう。

例えば、今度の辺野古埋め立てに関する投票でも、たとえ「賛成」という「民意」が出ても、結局中止される可能性があるのか、「反対」という「民意」が明らかになっても、結局「全力で」決行されるのか。

ノートルダム・デ・ランドの「投票」を決めたのは政府で、辺野古の賛否を問うのは沖縄県の主導だという違いはあるし、日米地位協定などの「外交」や「軍事」のかかわるものと、大きなインパクトがあるとはいえ民間の一空港に過ぎないものとの間には大きな背景の違いがある。

黄色いベスト運動は11度目の「土曜日」に突入し、対抗グループも登場し、各地での議論も盛んに行われ始めた。マクロンが市長たちだけではなく黄色いベストの一市民の質問にも直接答えるシーンも見られるようになった。少なくとも「次の質問どうぞ」などとスルーすることは、ない。




by mariastella | 2019-01-29 00:05 | 雑感

ウィルソン大統領と100年前の雪の日

ケインズがウィルソン大統領のことを愚鈍な田舎者のように見ていることでイギリスとアメリカの関係をあらためて考えさせられる。やはりラジオ番組で聴いたことから覚書を続ける。


それまでのヨーロッパでの国際条約はフランス語で書かれていた。この第一次世界大戦のヴェルサイユ条約ではじめて英仏語で書かれた。けれどもそれは英語というよりアメリカ語であったらしく、イギリスにとってはそれがショックだったのだそうだ。

思えば、アメリカにとってもこの世界大戦は思いがけないチャンスだった。アメリカから見たヨーロッパは、ナポレオン戦争が終わってから20世紀のはじめまで大体「平和」な情勢だとわれていたからだ。ヨーロッパが二手に分かれて戦った時も、アメリカはどちらかに加担するというスタンスではなかった。どちらも軍需景気の「商売相手」だと思っていたからだ。所詮対岸の火事。


けれども、1917年初めにドイツの潜水艦がアメリカ発の貨物船団をすべて沈めた後で、アメリカも「参戦」することになる。その時初めて、アメリカの「価値観」によって世界を作り直そうという野望が生まれたのだ。そのことに英仏は驚いた。

アメリカの「参戦」は「広報戦」でもあった。広報委員会が作られ、アメリカの存在感を宣伝した。1918年の12月にウィルソンが来る前にはソルボンヌの教授なども動員されてウィルソンをもちあげる講演が開かれた。50万枚の写真がばらまかれた。

それまでにアメリカ大統領が国を出たのは20世紀初めにルーズベルトがパナマに行っただけで、ウィルソンは初めてヨーロッパ、フランスにやって来た現職大統領だった。彼はアメリカで女性や子供の労働を軽減する法律を作るなど、人権や平和、世界的軍縮も訴えていた。

それまでの「外交」というのはリーダーたちが蚊帳の中で行うものだったがウィルソンの登場ではじめて「表の外交」が演出されて民衆は熱狂したのだ。フランスには「ウィルソンマニア」という現象が起きた。

すべての人がアメリカの与えてくれる「新しい世界」に期待した。今日からちょうど100年前、1919128日、ウィルソン夫妻は雪の降るランスのカテドラルを訪れて、戦争の惨禍を目の当たりにした。


ウィルソンの「14箇条の平和原則」にはレーニンに対抗できる社会主義的公正が盛り込まれていた。8条目にはアルザス・ロレーヌはフランスに返還されるとしても19世紀にフランスがその地方にフランスが与えた損害はフランスが支払うべきだとされていた。しかしフランス軍は、ほとんどもうドイツ語しか話せないアルザスに、まるで占領軍のように入った。もっとも、ボルシェビキ革命を恐れていたアルザスのブルジョワたちはそんなフランス軍を歓迎した。クレマンソーはウィルソンに、アメリカが参戦する前にフランスは最初の3年で150万人を失ったのだと強調して強硬姿勢を貫いた。

ウィルソンは「近代ユニヴァーサル・フリーメイスン」と呼ばれた。膨大な数の手紙がウィルソン宛に送られた。

「チョコレートをちょうだい」、「船いっぱいのおもちゃを持ってきて」と頼む子供たちにとってのウィルソンはサンタクロースだった。

フロイトはウィルソンをキリストだと分析した。ウィルソンは熱心な長老派信徒で、神を父と呼ぶ。神を父と呼ぶということは神の子であるキリストと自分を同一化している、ウィルソンの14条はモーセの十戒なのだ

高邁な原則とは裏腹にみんなが自国の利益と報復ばかりを主張する空気が支配していた。

結局、救世主のように迎えられたウィルソンは半年後にこそこそと帰った。上院を説得する必要があったからだ。結局自分の言い出した国際連盟にも加盟できなかった。

このパリ講和会議の時代のウィルソンについて、イギリス人が残したコメントとフランス人が残したコメントを比べるのはおもしろい。日本の外交団はクレマンソーやロイド・ジョージやウィルソンについてどのような記録を残したのか知りたくなった。今からちょうど百年前の1919年のパリこそは、あらゆる国の国民性やあらゆるリーダーの人間性を観察するのに最適の場所だったかもしれない。その後の世界で何がどのように起こったかを考えると、学ぶべきことは少なくない。


「ポツダム宣言」でさえ「つまびらかに承知をしているわけではございません」などと言っている場合ではない。


by mariastella | 2019-01-28 03:18 | 雑感

ケインズの「平和の経済的帰結」その2

(これは前の記事の続きです)


第一次世界大戦の講和条約において最も微妙で難しかったことは、そもそもドイツ側に「敗戦」の自覚がなかったことだろう。国土がボロボロになったのは1914年のベルギーと、後はフランスだった。ドイツはいわば「侵略先」で敗れたのだから国内のダメージはなかった。戦後に軍隊がベルリンに戻ってきたときにも、歓呼で迎えられたという。石炭資源も豊かで、軍需産業は潤っていた。ドイツは「ヨーロッパのモンスター」だった。

そんなドイツに対して、フランスは報復の感情もあったし、何よりも、そのドイツの経済力をフランスの復興資源にしようとしたのだ。とはいえ、中には、そもそも軍需産業を支える工業が悪いのだからドイツの工場をすべて閉鎖して完全な農業国にしてしまえ、そうすればもう戦争はない、という極論も存在したそうだ。でもそれでは賠償を求められない。フランスの産業を復興させるにはドイツの産業をつぶしてはいけない、というジレンマがある。

高齢で先を見通せないクレマンソーはドイツの支払いでフランスは癒されると単純に考えた。

1924年から本格化したアメリカ財閥(モルガン商会)の介入などはまだ視野に入っていない。

結局、ドイツはひどいインフレに襲われ、庶民が窮乏する。

それを見た英仏はケインズの言っていたことを想起し、罪悪感に苛まれる。

日本でいう自虐というかméaculpismeの誕生だ。Mea culpaというのはラテン語の回心の祈りで、思いと言葉と行いとで罪を犯したと言って三度胸を叩くときに唱えられていた言葉だ。(第二次大戦後は親独ヴィシー政権のメアキュルピスムが有名だ。)それがヒトラーの台頭を許したという面はあるだろう。

ケインズも、ドイツに賠償を求めること自体は正しいと思っていた。しかしドイツの返済能力の問題と同時に、政治的には不可能だと考えた。経済と政治との関係がまだ彼の中で定かではなかった。

結果的にはケインズの考えは正しかった。

経済協力はあっても、賠償金請求は途中で放棄するべきだった。

その代わりに、余剰のあるアメリカが積極的に援助すべきだと思っていた。

(ある時点で借金をチャラにするというのはユダヤのヨベルの年、アフリカの債務帳消しまで、昔からいろいろな社会に存在する生存の知恵でもある。)

でも、ヒトラーの全体主義政権が生まれ、第二次大戦ではヨーロッパ中に戦禍が広がり、ドイツは焦土と化した。

第二次世界大戦後のフランスの臨時政府の大統領になった社会党のレオン・ブルムはケインズのことをフランス・ヘイトだと決めつけていた。前回の記事にも書いたけれど、ケインズはもっとずっと両義的な人だった。

これらすべてのことが、「学習」されて、第二次大戦後に独仏が石炭鉄鋼同盟を結んで今のEUにつなげ、もう大陸ヨーロッパでは二度と戦争がないようなシステムを創ったのは正しかった。

でも、ケインズがヨーロッパだと言い切ったロシアとはソ連時代の冷戦の後も緊張関係が続いているし、イギリスのヨーロッパ入りとグローバリズム、それが転じて今のアメリカの自国第一主義やBrexitの問題、そして中東やアフリカからの移民問題など、ヨーロッパの問題は尽きない。

経済と政治のリアル、そして倫理と哲学の関係がもう一度広く問いただされずにはおれない状況もある。

ユーラシア大陸の反対側の出来事だ、となど言っているような場合ではない。


by mariastella | 2019-01-27 00:05 | 雑感



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧