L'art de croire             竹下節子ブログ

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翁長知事の訃報で思ったこと。

これを描いているのは8/8。
沖縄県の翁長知事の訃報を聞いたばかりだ。

ネットを検索したら、翁長知事の生前のメッセージがたくさん出てきた。
夫人のこの代理スピーチも印象的だった。


これを聴くと、間違いなく、この三年間の翁長知事の戦いのストレスが死に至る病を誘発したんだろうと思う。彼はまさに戦場で倒れたのだ。

沖縄の問題を考えると、「いじめ」の構造だとか、本土の犠牲にされている、などという「不公平」「差別」に類する言葉がしばしば出てくるのだけれど、私は最近、つくづく分かったことがある。

これまで、この世の中の「不公平」とか「不公正」を見るとき、それを正さなくてはいけない、すなわち、不当に虐げられている人をそうでない人のレベルに引き上げなくてはならない、という思いがあった。
べトナム戦争で子供が米軍のナパーム弾に焼かれている時に、ハンバーグを食べている自分は加害者ではないのか、と罪悪感があった。
水も電気もないアフリカの僻地で水くみの重労働に従事する子供たちを見て、衣食住が足りている自分の暮らし方がやましかった。

でも、実は、これは自分の置かれている恵まれた状況と比べて不当だから正さなければならない、という責任感の問題なのではない。同情や共感や想像力の問題でもない。
私たちの多くが享受している「恵まれた」状況というのは、ダイレクトに、そうでない人に「犠牲を強いていること」の上に成り立っているのだ。
アフリカ人のすべてが、たかが今の私程度の「文明」でさえ享受できる日は来ないだろう。資源も足らないし、経済システムも回らず、地球が耐えられない。

「犠牲を強いられている人」の犠牲を解消するということは、さらにもっと弱い部分に新たな犠牲を強いるということに他ならない。

日本の基地問題がどんどん沖縄に集中していったのも同じ構造だった。

その負の連鎖を断ち切るには、安楽に暮らしている人の「恵み」の本質を切り捨てるしかない。
もっといえば、分配しなくては、連帯しなくては、という形ではなくて、今、弱い人、犠牲を強いられている人が平等な権利と自由を得られることを、望まなければならない

前にも書いたけれど、自由とは、他者の自由を侵害しない限りにおいて保障されるものだと普通は言われているけれど、本当は、「他者の自由を自らの自由と同じように欲する」境地にならない限り真の意味では達成できないものだ。

肩関節炎により私の右腕が「不自由」だった時期、私の左腕は「自由」を謳歌していたが、右腕の分も働かなくてはならなかった。けれども左腕は、自分の自由をやましいとは思わなかったし、右腕のために働くことに文句をいうこともなかった。
もちろん差別もいじめもない。
左腕は、右腕の復帰と自由を心から欲していた

日本が一つの体なら、世界が一つの体なら、人類が一つの体なら、どの部分も、他のすべての部分が円滑に動くことを欲するのであって、目指したり認めたりするのではない。

沖縄の人々の自由と人権と尊厳の回復をすべての人が「望む」日が来ますように。



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by mariastella | 2018-08-09 00:05 | 雑感

『沖縄スパイ戦史』とオウム真理教

先日、前に私が書いたブログに呼応してくださった小寄道さんが『沖縄スパイ戦史』を観てブログに感想を書いてくださった

今の時点でこの映画を見ることができないない私にとって貴重な記事でありがたかった。

陸軍中野学校から沖縄に派遣されて少年ゲリラを組織した「護郷隊」の元隊長らが、戦後、亡くなった少年兵の親たちに土下座して深謝して、死ぬまで毎年慰霊にやってきたという話に、私は「オウム真理教」事件の刑死者たちのことを思った。

沖縄では、陸軍中野学校エリート将校とはいえ、当時20代前半だったような若者が、軍国主義に洗脳されて多くの人を死に追いやる「戦争犯罪」に手を染めた。けれど、敗戦後に過ちに気がついて反省を深めていったのだ。

オウム真理教事件の首謀者や実行犯らの多くも、生き方に悩んだ若者たちで、当時のポストモダンの相対化の海に溺れて「最終解脱者」を名乗る教祖に洗脳された「優秀な」犠牲者だった。
犯行の凶悪性や反社会性はみな同じだったかもしれないが、その後どうやって過ちに気づいたか、反省や贖罪を実践しようとしたかという道はそれぞれ違う。
戦争犯罪で実際に死刑になった人たちもいるが、生き延びた多くの人もいる。
裁かれなかったことと赦されたことは違う。

「間違うことは人間的であり、自分の間違いに固執することは悪魔的である」と言ったのはアウグスティヌスだ。

「魔が差した」という言葉は日本語にもある。

アウグスティヌスは、間違うことは事態は悪魔の業でなく、人間性の一部だという。

私たちは誰でも迷い、間違い、騙され、判断を誤り、善悪の観念を失うこともある。それでも、「悪魔的」なのは、それ自体ではなく、その間違いに固執することだとアウグスティヌスは言うのだ。

オウムの教祖だった人物でさえ、家族愛に恵まれず、視覚障害者の全寮制学校で、弱視であるという相対的な力を発揮して同級生たちを支配してきたという生い立ちの中で自己肥大の妄想を育てていった。
「他者に優越して強く生きる」ことの誘惑はどんな状況でも存在する。

「よれよれになって足を引きずりながら正しい道を歩く方が、意気揚々と間違った道を行くよりもいい。」と言ったのもアウグスティヌスだ。

死刑執行であれ、戦争であれ、国家が殺人装置を制度化してはならない、とつくづく思う。

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by mariastella | 2018-08-08 00:05 | 雑感

ワールドカップから宗教を考える

ロシアのサッカー・ワールドカップで優勝したフランスチームは、カトリック雑誌からも「祝福」された。

「移民」出身が多いフランスチームは「六番目のアフリカチーム」などと揶揄されたが、選手たちが「フランス人」であること、それは普遍主義的共和国理念によって結びついていることと同義であると、しっかりとチーム全体で反駁していたのは好感が持てる。

カトリック雑誌もそれを踏襲している。


オリヴィエ・ジルーの腕には詩編23のダビデの賛歌「主は羊飼い、私には何も欠けることがない」というタトゥが刻まれている。

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ジルーは優勝したら頭を剃ると言っていたらしいが、7/22に三男の洗礼式があるので取りやめたという。

アントワーヌ・グリーズマンも右肩のイエスや聖母マリアのタトゥがある。教会で定期的に大蝋燭を供えるそうだ。

ポール・ポグバは規律を守るイスラム教徒。

スタジアムへの出入りに必ず十字を切るブレーズ・マチュイディはパリ・サンジェルマン・チームの元同僚で福音派キリスト教牧師のブラジル人マルコス・セアラから洗礼を受けている。


スポーツ選手にとっていろいろなジンクスが必要なのは分かるし、それぞれ「信じる」ものがあるのも不思議ではない。どんなに自力で努力しても、「勝負の神」の機嫌はまた別にある。


で、フランスチームがまとまっていたのは、それぞれがそれぞれの「信心」に堂々と従いながら、互いをリスペクトし、その上位に「フランス万歳、共和国万歳」を自覚的に掲げていたからだという。


フランスでは、大統領はもちろん、極右から極左まであらゆる大統領候補は公式のスピーチの最後を「フランス万歳、共和国万歳」で締めくくるのが習慣になっている。だからこのフレーズはフランス人にはなじみがある。


これさえ唱えていれば、「フランス人」認定と言ってもいい。そしてその「共和国理念」は自由・平等・同胞愛を普遍原理とするものだ。

同胞愛というのは「友愛」とも訳されるが、「きょうだい愛」であるが、別に血縁のことを言っているのではない。そこに「親」はない。つまり父権的関係を拒否してみんなきょうだいということで、「平等」とセットになっている。

なぜ親がないかと言えば、この「理念」がキリスト教由来のもので、親は創造神だけで、すべての人間は「同胞」でしかないからだ。

共和国主義はこの「見えない神」を「ないこと」にして成立したけれど、逆に、この「共和国理念」そのものを、「超越神」的に掲げてきた。

成り立ち上、それは「民族神」ではなく「普遍」神なので、肌の色や出身や宗教帰属や政治的立場の差を超えているというわけだ。


フランスチームのことをアフリカだと言って揶揄したのはイタリア人で、イタリアは今右傾化していることもあり、ナショナルチームにも「純粋」を志向する。

20年前にフランスが優勝した時は「白、黒、アラブ」と言われたが、他のヨーロッパチームはほとんど地元の「白人」だった。

今回のフランスは、「白、黒、アラブ」でなく「青、白、赤」の三色と言われる。もちろん共和国の三色旗の理念を表しているのだ。


20年経てば、他のヨーロッパチームにも「移民出身」選手が目立つようになってきた。

でも、ドイツチームのトルコ人選手は、ドイツが敗退したとたんに差別言辞を浴びせかけられた(まあこの選手はトルコのエルドガン大統領を支援しているかのように政治利用されているから複雑なのだけれど)。

イングランドチームは、大英帝国っぽく、自分たちの多様性を誇っていたが、「あ、うちは出自や宗教などは多様だけれどカルチャーは一つです。イングランド文化だけです」とイングランド人がテレビで協調していたのは興味深かった。

前に、「クリケットをする国出身ならイギリス人認定」という記事を書いたが、 そういえば、サッカーもイングランド起源だよなあ。

で、「イングランド文化」と自称すること自体が、すでに「普遍主義」の対極にある。


全く別の話だけれど、最近の、タイの洞窟からサッカー少年たちとコーチが国際的な支援を受けて救助された事件を覚えているだろうか。


体力の回復した少年たち12人とコーチが7/25から見習い僧として、剃髪して、地元の寺で修業を開始したそうだ。

救助活動への感謝と救助中に亡くなった人の冥福を祈るためだという。

一生に一度は短期出家が推奨される小乗仏教の国だし、こうして共にトラウマを克服していくシステムがあるということ自体は悪くないと思うけれど、今回、少年12人のうち一人がキリスト教徒なので参加しないという。

タイでキリスト教徒なんてかなりマイノリティだ。

でも宗教と関係なくサッカーというスポーツを通して結びつき、洞窟の中でもその団結や一体感が支えになったからこそ、一人も欠けることなくみんなが生き延びることができたのだ。

で、そのアフターケアが突然、特定宗教の「伝統」とは。


他の少年たちが「短期出家」というセラピーから戻ってきた時に、このたった一人の「キリスト教徒」の少年は、またいっしょにサッカーを続けられるのだろうか。彼は彼で、「教会」の共同体からスピリチュアルなケアを受けているのだろうか。


なんだか気になる。


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by mariastella | 2018-07-30 00:05 | 宗教

沖縄スパイ戦史

リテラで読んだ『沖縄スパイ戦史』についてのインタビュー、興味深かった。

監督2人が女性で、決意のほどが伝わる話だった。
名前を出して資料を見せて発信している人々に対して陰謀論やフェイクニュースや勝手な誹謗をネット上で仕掛けてくる人にどう対応するか、という部分も考えさせられる。


その後、予告編を見た。


この映画、見てみたい。


お知らせ

先日10/28 の講座の案内、申し込みがここここにあります。
おみやげ用意していくつもりです。





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by mariastella | 2018-07-29 00:05 | 沖縄

LGBTと生産性と普遍価値

サイトの掲示板にこういう質問をいただきました。

こういうお返事を書きました。

普遍主義については、『バロック音楽はなぜ癒すのか』『聖女の条件』『アメリカにNOと言える国』という普遍主義三部作以来いろいろな形で書いてきたのですが、今最終校正中の本でも別の形でまた展開していますので興味のある方は是非お読みください。

お返事の中で、質問の中にあったLGBTについても触れているのですが、この話はなかなかこのブログで取り上げないので、少し話すきっかけになってよかったと思います。

私は何につけ論争を避けたいタイプなので、センシブルな話題をあまり取り上げないようにしていますが、掲示板でご質問くだされば
できるだけ誠実にお答えしますのでどうぞ。おしゃべりに加わってくださるのももちろん歓迎です。

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by mariastella | 2018-07-28 00:05 | 雑感

防衛省から防災省へ

今、仕事が立て込んできたのでまとまったことを書けない。

書きたいものはいろいろあって、

ワールドカップで優勝したフランスのサッカーチームにおけるライシテ

ミシェル・フーコーとアウグスティヌス

クリスチャン・ムービーとニーチェ

ジャン=マリー・ブロームのスポーツ社会学の続き

などについて少しずつ書いていくつもりだけれど、なかなか時間が取れない。

読む方も、まとまったものはなかなか読めない。

愛読しているブログには目を通している。

最近特に感動したのは、「ヒロシマの心を世界に」ブログの豪雨災害からの教訓シリーズで紹介された
無抵抗降伏論と防災省設置論だ。

リンクもするが、なるほどと思った部分をここに少しコピーしておこう。

>>自然災害による被害が大きいこと、それを軽減することを国家的事業の最優先事項の一つにしなくてはならないと、私たちが覚悟を決めて、政治を動かして行かなくてはなりません。<<

防衛省を防災省に、自衛隊を災害救助隊にすることについては、


>>⑤ 自衛隊より緊急度は高い――その理由を簡単に説明すると、それは死者数、さらに生活の激変を余儀なくされた「被害者」の数を見るだけで明らかである。まず、この73年間、外国の侵略によって死亡した日本国民はゼロであり、また死亡を含む生活の大激変という形での外国からの影響は、アメリカ軍基地の存在以外にはないと言って良い。対して、自然災害による死者数は膨大であり、東日本大震災の結果、未だに避難生活を続けざるを得ない人々の御苦労を考えただけでも、「防災」の重要性は自明である。結論として、「防災省」を実現しこうした被害を減少させるために、全国民が一致してその設置のために努力すべきである。

自衛隊以上の予算を――外国からの侵略がなかったのは、自衛隊があったからだという議論もありそうだが、予算面等で自衛隊と同じ「レベル」での災害対策をこれまでして来ているのかも検証した上で、現在のレベルを凌ぐ防災対策を立てることで、同様に、「防災省」があったから自然災害の被害が減少した、と数年後には言えるようになるはずである。

>>「自衛隊 ⇒ 災害救助隊」というパラダイム転換のための第一段階として、森嶋通夫氏の『日本の選択』の論理的帰結も加えて、次の三つの命題を説明しています。

(A) 軍隊としての自衛隊の適正規模は「ゼロ」である。

(B) 「国防」のための手段は、軍事力といった「ハードウェア」ではなく、外交や経済・文化等の分野における国際的な活動、つまり「ソフトウェア」ではなくてはならない。

森嶋氏は次のような提案をしています。論争相手の関氏や猪木氏が当時の防衛費について、GNP0.9%だったものを引き上げて3.4%にすべしとの主張を受けて、それでは、増加する2.5%をどう使うのかという点についてのものです。

  「これだけの金をタンクや飛行機やミサイルの購入に費消するのでなく、私が主張している広い意味での防衛費、すなわち文化交流や経済援助や共産諸国との関係の改善や、欧米諸国との間の貿易黒字差額の縮小用に追加するならば、単に共産固との関係だけではなく、アメリカ、EC、東南アジア諸国との関係も非常に良好になるに違いない。日本は積極外交をしやすくなり、ソ連は日本の仲介能力を評価し、日本はそれだけ安全になる。

  しかし、もし逆にこの2.5%で軍備を増強すれば、平和の風船は一挙に破れてしまうかも知れない。2.5%を算出する際の分母になる日本のGNPはそれほど大きいのである。」

(C) 人、知恵、金をこうしたソフト面に注入して国内では「防災省(仮称)」を創設し、防衛省は廃止するとともに、世界貢献をするために、国際的に活躍する「サンダーバード」のような組織を「防災省」内に創設する。

以上は、ここここここからのコピー。

このシリーズを遡って是非読んでほしい。
今も続いているから私もずっと読んでいくつもり。

被爆の地であり、今回の豪雨被害の地でもあった広島ならではの説得力だ。
本当に、今は地震や津波のリスクの方がずっと大きい日本で、弾道ミサイル防衛などをアメリカから買うよりも防災と災害救助に予算を回した方がはるかに「国防」になると思う。

そしてここで引用されている森嶋通夫さんってすてき。

無抵抗降伏論とはこんな感じ。

こういう経歴のこういう人がこういうことをせっかく言い残してくれたことに感謝しよう。
ただ、森嶋さんの比較文化的考察は、イギリスを起点にしているので、彼がフランスも視野に入れていたらもっとおもしろかったのにと思う。
日本人でアングロサクソンに片足を置いている人にはフランス的な感性や考え方がなかなか見えない。
私の場合のようにフランスに片足を置いている戦後生まれの日本人は、もともとしっかりと「アメリカ」の影響を受けているから、視角が少し広がってくる。森嶋さんとお話したかった。






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by mariastella | 2018-07-27 00:05 | 雑感

イラン情勢と、幸せのミクロコスモス

最近、元イランの海軍士官だった人とイラン情勢について話した。

トランプのイラン合意に伴う経済の困窮についてや水不足について深刻な話になったのだけれど、イランにいる彼の家族の状況を聞いて軽く驚いた。

もともと富裕層なのだけれど、今も何不自由なく暮らしているし、イスラム法を順守したこともないし、イランでの最近の姪の結婚式写真を見ても「イスラム共和国」っぽいところはみじんもない。家庭内、一族内の慣習がすべてに優先する。

アゼルバイジャンに近いところから数世代前に村中でイランに移住した部族の首長の家系だ。


私がフランスからイランの情報をウォッチングしているのはパリとテヘランが共同で運営するこの情報サイトだ。かなり突っ込んだ分析で多彩でいつも参考になるのだけれど、マスメディアはもちろんこのようなコアな情報サイトで得られる状況とも無縁で普通に幸せに暮らしている家庭もあるのだ。

逆にいうと、どんなに自由で豊かで安全そうな環境をうたっている国でも、目に見えない個々の家庭や個人のレベルでは、絶望的な貧困や孤独や虐待や搾取が存在しているのだろうという当たり前の事実だ。

そちらの方は忘れてはいけないと、時々スポットライトが当たるけれど、「ひっそり豊かに暮らしている」人の方は実はもっと目に見えない。


ここで「国や社会が危機的状況を呈していても穏やかに暮らせている一部の富裕層」というのは、汚職で潤っているとか弱者を搾取して財を成している人たちとかいう弱肉強食の勝利者のことではない。

昔から、自分たちの才覚と努力で、地道に安定のミクロコスモスを築いてきた人たちなのだ。そういう人たちは存在している。

「目立たないこと」が最大の危機管理なのかもしれない。

そしてやはり目立たないようにあちこちの人道支援に寄付している。

日本の東日本大震災の後もこの知人はずいぶん助けてくれた。

いろいろ考えさせられる。


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by mariastella | 2018-07-23 00:05 | 雑感

ワールドカップでフランスが優勝した(追記あり)

フランス国内ではフランスが勝つと予測した人が80パーセントを超えて、二度の優勝を示す二つの星の着いたユニフォームも早々と用意されていたから、これで負けたらどうなるのかと思っていたが、結局下馬評通り勝った。

それでも前半はぱっとせず、ハーフタイムでは勝ち越していたにもかかわらず相変わらず酷評コメントが流れていた。「死闘」を展開するクロアチアの迫力はなかなかのものだったけれど、結局はフランスは4人が4点を獲得するという層の厚さを見せて勝った。

準決勝には12歳の黒人のサッカー少年を連れて行き、決勝には傷痍軍人を同行したマクロンはクロアチアの女性大統領と終始にこやかにやっていた。男同士だったら少し雰囲気が違っていたかもしれない。

カップの授与式が大雨で、最初プーチンだけに傘が差されたことが印象的だった。
雨でずぶずぶの芝生に飛び込んですべってはしゃぐポグバなどを見て、これは水泳大会か、と揶揄していた人もいたが、あれだけ派手にすべっても楽しそうにしているのと、試合中には相手チームのファウルを誘発するために少し転んでも大げさに痛そうにする選手の姿のギャップがありすぎる。

1998年のブラジルとの決勝のようにきれいな勝ち方ではなかったけれど、最後までひやひやさせるという点ではファンを楽しませたのだろう。

今は更衣室でも選手たちがすぐにスマホを手に取って様子を撮影してインタグラムに放出するので、メディアもそれを流す。昔ならお宝映像ばかりだ。
マクロンもマリの傷痍軍人と共に入ってきてはしゃいでいる。クロアチアのような女性大統領だったら更衣室は無理だったろう。(フランスのスポーツ相は女性だ。軍隊相やスポーツ相に女性を配することで女性重視と《ぼくちゃんは男》という二つのメリットがマクロンにあるのかも)

モスクワは大雨でもパリは晴天でシャンゼリゼはすでに優勝を確信していた人々でいっぱいだった。

意外なことが一つあった。

1998年の自国開催での優勝の時にシャンゼリゼに来た人が、今回の方が人が多いというのだ。喜び方も派手だと。

理由を解説されてなるほどと思った。

1998年にはブラジル人もたくさんいたからだ。

そういえば当時パリ中にブラジル人があふれていた。

今回は、フランスの開催ではないから盛り上がりが前より少ないのかと思っていたけれど、確かに、モスクワでの決勝に、クロアチア人がわざわざフランスに来る理由はないから、フランスはフランスのサポーターのフランス人でほとんど埋め尽くされていたというわけだ。モスクワにも行きたいけれど、フランスに残ってみんなと一緒に感動や興奮を分かち合う方がいい、という人の心理が分かった気もする。

何にせよ、街行く人々の機嫌がよくなるのはテロの恐怖に戦々兢々としているのと違って喜ばしい。こういう時は、個人競技で天才プレーヤーがどんなに活躍するよりも、団体競技出の勝利というのは「エゴ」や「ナルシシズム」に取り込まれないで「同胞愛」「連帯」のカタルシスがあるのは喜ばしい。
チームが互いのエゴをどのように管理するか、ということは、トリオやカルテットなどで演奏する私にとっても切実な問題だから、考えさせられる部分もある。

もっとも、サッカーとはスタープレイヤーが月何億円という収入を得ている世界だ。
いろいろな意味で私には理解不可能な領域だ。
次期開催国にカタールが選出されるにあたって買収があったといわれ、取り消しの噂も出ているという。気の遠くなるような大金がどこでも動いている。

とはいえ、スポーツの国際大会は経済や愛国心だけではなく外交のツールでもある。

スポーツの世界選手権に往々にして世界大戦風なレトリックが使われるのは嫌だけれど、フランスはお得意のユニヴァーサリズムをちゃんと掲げることができるから羨ましい。監督は優勝後すぐのインタビューを「共和国万歳」でしめくくった。フランス万歳ではない。「自由、平等、同胞愛」の理念万歳ということだ。

実際は、共和国理念だけではやっていけないのでフランス軍隊の標語「名誉と祖国」の方がワールドカップの熱狂には透けて見える気がするが。
前にこことかここで書いた。
モスクワで観戦していたメキシコ人が、「フランスが勝って嬉しい。フランスには勝利する価値がある。普遍価値を擁している国だからだ。我々はみな普遍価値を必要としている」と言ったという。

フランスでは、憲法はいじられまくるが、「自由、平等、同胞愛」という福音書っぽい普遍理念と世界人権宣言はいじられない。

一夜明けた新聞には「永遠」という言葉が使われているのが目立った。1998 年の優勝の時も「永遠に」とあったそうだ。デシャン監督は選手たちに「君たちはこれで一生、一つだからね」と 言ったそうだ。その「永遠」はユニヴァーサリズムに担保されて居場所を獲得する。

追記:

16日も シャンゼリゼでの凱旋パレードなどがあったせいでニュースはずっとワールドカップ優勝関連ばかりだった。14日の軍事パレードでは、赤白青の三色を空に描くはずだった飛行機がガスを積み間違えて青の一部が赤になるという珍事(北朝鮮だったら大変だ)があったけれど、16日には、しっかりとトリコロールの筋が凱旋門の上に描かれた。

近年、フランス人が大通りを埋め尽くすというのは2015年のシャルリーエブドのテロの後の表現の自由のでも、去年の暮れのジョニー・アリディの葬儀など、いずれも「喪」にまつわるものだった。ジョニーのファンなどは、トランプの支援層のような保守的なリタイア層が目立っていた。

今回は、「世界チャンピォン」という「慶事」で、しかも若い世代が大活躍(アルゼンチン戦で活躍した22歳のバンジャマン・パヴァールの出身地は私にとってフランス屈指の思い出の町でもある)ということで、明るく希望に満ちたもので喜ばしい。

98年に掲げられたのが「ジダン、プレジダン(大統領)」と脚韻で、今回は
「リベルテ(自由)、エガリテ(平等)、エムバペ(19歳のスター選手)」という共和国の標語の脚韻になっていたのもほほえましい。

後、テレビのコメントで、ナショナルチームのヘアスタイルがみな一様に「普通」になっていたことが言及された。

サッカー選手はユニフォームで戦うが、ヘアスタイルは奇抜な人が多い。まるでヘアスタイルで個性や自由を表現しているようだ。
それが今回のフランスチームは全員、「普通の髪型」に代わっていた。
フランス人が監督の命令に従ってそんなことをするとは思えないから、これは自発的としか考えられない。
それが、すべての個性や自由はスタジアムで発揮するという今回のチームのマインドの現れだというのだ。

確かにデシャン監督は、個性的でエゴの勝ちすぎるスター選手たちを外した。
それでもポグバのように羽目を外す選手はいたのに、今回は全員謙虚で落ち着いていた。ヘアスタイルはその心境をものがたっていた、という。

そういえばそうだ。日本で言えば日本人選手が全員黒髪の短髪にそろえているようなものだ。今では奇抜なものが普通になっている。

団体競技が外からの圧力でなく自発的な一体感と自由の落としどころを見つけると、強さが発揮できるのだろう。98年はフランスチームが多様でも他のヨーロッパチームは白人ばかりだったけれど今はベルギーやドイツのような国も移民出身の選手を擁していていたのも時代が変わったとおもわせることだった。






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by mariastella | 2018-07-17 00:05 | フランス

1998年ワールドカップ優勝から20年のフランス

7/14付の記事に訂正と追記があります。)


1998年、フランスとクロアチアがフランス開催のサッカーワールドカップで準決勝を戦った夜のことを確か『からくり人形の夢人間・機械・近代ヨーロッパ(岩波書店)』に書いたと思う。パリのマジシャンの集まりに参加していた。フランスが勝つとクラクションが鳴り、通りが騒がしくなった。マジシャンたちは機嫌よく、私のためにだけいろいろなテーブルマジックを披露してくれた。非現実的な夜だった。(ここにも関連記事あり)


いろいろな国のサポーターたちがメトロにあふれかえり、今のようなテロの恐怖もなかった。振り返るとなつかしく、感慨深い。

ブラジルとの決勝の日は、私は日本にいた。録画した試合を早朝に見た後、ハワイに発つために成田空港行きのリムジンバスに乗ったら、フランス人が一人乗り合わせてフランスのスポーツ新聞を手にしていた。つい声をかけた。そのリムジンバスの中でフランスの優勝のことをフランス語で話すことができる喜びを共有したことを覚えている。インターネットも今ほど速報を流していない時代だった。

今年はその優勝から20周年ということで回顧番組がいろいろあった。4年ごとの大会だから、10周年というのがなく10年前には何もなかった。

で、あらためて、20年前の優勝の日のフランス人の熱狂ぶりをテレビで見ることになった。それから数年間、2年後のヨーロッパ杯も優勝したのでみんな機嫌がよかった。

フランス人がすなおに機嫌がいいのを見るのはめったにないのでこちらも気分がよかったのを覚えている。1999年の7の月の終末論どころか、1998年の7の月の「アンゴルモワの大王」はジネディヌ・ジダンのことだと言われたぐらいだ。

20年前のシャンゼリゼの熱狂をテレビで見ると、凱旋門に何度も「ジダン、大統領」とテロップが流れていたしみなが声を枯らして唱和していた。「ジダン、プレジダン」と韻を踏むからだ。ジダンはベルベル人でいわゆるアラブ人ではないけれど、北アフリカのマグレブ三国の出身であるのは確かで、当時のフランス・チームが「ブラック、ブラン、ブール」とよばれていたことのシンボルともなっていた。これも「B」で頭韻を踏んでいる。

そのためにわざわざ英語のブラックを使い、アラブを逆に読んだ俗称ブールを使っている。アラブ系の人気俳優が、優勝の夜を回想して、「あの夜、すべてのアラブは美しかった」とほほ笑んだ。

ただ印象的だったのは、当時のナショナルチームの補欠選手で、結局一度も試合に出なかった人が、疎外感を語っていたことだ。凱旋パレードでも自分が取り残されている感じがしたという。試合に出ないどころかテレビを見ていただけの人々があれだけ感情移入してまるで自分たちの手柄のように狂喜乱舞しているのに、ずっとチームと共に訓練しながらベンチにとどまった選手がフラストレーションをおぼえるというのはなるほどそうかもしれない。「連帯」の心理というのは不思議なものだ。

今のハイビジョンになれた目には当時のテレビ画面はぼやけて見えるものの、シャンゼリゼを埋め尽くす人々の興奮と幸福感は伝わってくる。

それに比べると、20年後の今は、テロの非常事態も警戒し、エッフェル塔の周りにも柵ができているし、セキュリティ・チェックは厳しいし、なんだか時代は悪い方に行っているような気がしてしまう。

そして、今回フランスがロシアでの第一次リーグを順調に勝ち進んでいた間も、解説やコメントはみな一様に辛口だった。こういう時、フランス人が自虐的で素直でなくて、文句ばかり言っているのはいつものことなのだけれど、なんだか、敗退した時のショックを減らすために防衛機制が働いているんじゃないかと思うほどだ。

それでも、決勝に進むころには町のみんなの機嫌がよくなっていくのが分かる。

そして、今のナショナルチームで最年少の天才プレーヤーと呼ばれているキリアン・エムバペだが、この人は、パリ生まれだが父はカメルーン出身、母親がアルジェリア人と、「ブラックとブール」のハーフなのだ。今のチームの「黒人」はフランス海外県出身どころかアフリカからの移民出身が主流なのだけれど、エムバペのようなハーフ(というかダブル)の活躍こそ、形だけの「多様性」の共存じゃなくて統合のシンボルだなあとも思う。その意味では98年よりも進んでいる。彼は19歳とは思えない落ち着きで謙虚でエムバペの父親も元サッカー選手だが、ジダンも「白人(スペイン系フランス人)」の夫人との間の息子たち(うち一人は1998年生まれ)がプロのサッカー選手の道に進んでいる。

一時ナショナリズムの真似事をしても、実はいろんな意味でもう国境のない人たちなのだ。

今回、1998年から20年ぶりとなるクロアチア戦、今回のファイナルを、ロシアのスタジアムで観戦したいのはやまやまだけれど優勝の瞬間はフランスにいて多くの人と感激を共有したい、というフランス人が少なくないのは意外だった。ロシアに行く金も時間もある人でもそういうからだ。やはり、「感動を不特定多数の隣人と共有」することで増幅させて盛り上がりたい、という欲求は大きいのだ。それは、別に「フランスだフランス人同士で」というのではなく、フランスの優勝をいっしょに喜べる人たちが最もたくさんいるところ、という意味だ。

クロアチアの観光地ドゥブロヴニク(アドリア海の真珠)で今バカンス中のフランス人も多いのだが、その人たちが、15日は目立たないようにひっそりと赤白のクロアチアのシャツを着てテレビを見ると言っていたのも笑える。

フランス人にとってファイナルを見るのに最高の場所はフランス、次がロシアのスタジアム、最悪がクロアチア、ということだ。

そういう意味ではサッカーの国際試合は悪くない。

日本ではサッカー自体の位置づけが違うし、監督の国籍でもいろいろ言われるし、「移民出身選手の活躍」なんて想像もできない。


(この記事は日本時間の16日零時過ぎの予約投稿なので、決勝戦は始まったばかり。終わって何か思うことがあれば追記します)


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by mariastella | 2018-07-16 00:05 | フランス

革命記念日と自衛隊(訂正と追記あり)

これを書いているのは革命記念日の前日。

結局、自衛隊の参加はそのまま維持されて、安倍首相の代わりに河野外相が出席するそうだ。(前の記事

朝のラジオでは、すでにフランスの親衛隊バンドと共演したことがある音楽隊の三宅 由佳莉さんが、行進の速度の変化やリズムの違いなどについて話していた。

今回の招待は日本だけではなく「アジア」を、ということでシンガポールも参加して、大統領(首相)が来るそうだ。シンガポールは米朝会談で脚光を浴びたし、フランスで軍事訓練を展開している(自国の空域が狭すぎるからだそうだ)など、けっこう関係が深いようで、日本とも、もちろん軍事協力体制の強化というものがある。

フランスのメディアでは自衛隊はもっぱら軍隊、と呼ばれているが、公称は自衛隊であり、軍隊放棄の憲法があるのに偽善的だと議論の的になっていることもコメントされている。
「偽善」を放棄して現状を認めて開き直るのか、「偽善」を本来の「善」に戻すのか、という二極と、看板だけでも「絶対平和」を掲げていることに意味があるという「偽善」維持なのか、こういう問題についてパレードの解説でコメントされるのかどうか興味がある。

日本の豪雨大災害の様子は、フランスの主要ニュース番組で今も毎日、報道されている。

NATOではトランプがヨーロッパの軍事費を増やせと騒いでいたが結局合意声明が出た。冷戦以降縮小していたような軍事費は中東情勢やロシアのクリミア併合以来増えている。

アメリカ一辺倒の日本が、一度も直接に戦争したことがなく伝統的に日本好きなフランスに近づくのは結構なことだ。でも、できる事なら「示威」行動の典型的な軍事パレードはやめてほしかった。ソフトパワーとしての三宅さんがどう使われるのか、どういう効果をもたらすのかには注目したい。

それにしても革命記念日がワールドカップのファイナルの前日であって、翌日ではなくてよかった。
スポーツ・ナショナリズムが平和な連帯ではなくて戦意高揚の力の誇示に利用されるのは絶対に見たくない。

(追記)TVで日本とシンガポールが横並びで更新している画像を見た。
日本の7人の陸上自衛隊のメンバーの二人が女性だったように見えた。シンガポール空軍も黒人女性が入っていたように見えた。(未確認)
こんなに少数なのにちゃんと女性を配するのはフランスからの提案があったのだろうか。今年はパレードでの女性の数を増やしたいという方針だったから。軍隊大臣も女性だし。
河野外相の扱いを見たかったのだけれど、シンガポールの首相がマクロンの右に立ってにこやかに話している姿が印象的で、TVでは河野外相はほとんど認識できなかった。写真で見ると、マクロンの左にブリジット夫人、その横にフィリップ首相、その横に河野大臣という順だった。もし安倍首相が来ていたらどういうポジションになっていたのだろう。
去年はトランプをずっと隣に立たせていたけれど、今年は、シンガポールの首相も、シンガポール軍の行進が終わったらマクロンのそばから去っていた。警察関係の行進の時は内務大臣が横にくるなどマクロンの近くに 進むグループに合わせてこまめにマクロンのそばに立つリーダーが変わっていた。
まあ、去年はなんといっても、若いマクロンがトランプにフランスを印象付ける示威がメインだったのだから、去年が例外ということなのだろう。

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by mariastella | 2018-07-15 00:05 | フランス



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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